昼食をすっかりたいらげて、神宮寺がそろそろ帰ると言い出すと同時にザア…と雨音が響いた。

「うわマジかよ。嶺亜傘貸してくれ」

窓の外をひきつった表情で見やりながら神宮寺がそう言った。傘はどこにしまってあったっけ…と嶺亜が記憶を掘り起こしていると呼び鈴が鳴った。

「玄樹!なんでお前…」

教会のドアを開けると、息を弾ませた玄樹と岸くん達がいた。神宮寺が驚いて目を丸くする。

「あー良かった。途中から降ってきて焦った焦った」

岸くんが頭を手で拭きながら汗だくで息を整え、颯は何か袋のようなものを抱えていた。郁はぜえぜえ言いながら「全力ダッシュして腹減った…」とぼやいている。

「なんだおめーら!!おめーらもれいあんとこ遊びに来たのか?ギャハハハハハハハハハハ!!!」

栗田の問いに、岸くんが苦笑いをする。

「そうしたいのは山々なんだけどさ…」

そう答えた時にやっとびしょ濡れの谷村が青ざめながら現れる。嶺亜は彼のこの得体の知れない暗さが今更ながらに苦手だ、ということを自覚した。

その谷村と目が合う。

「…」

何か言いたそうな目だった。だが嶺亜はそれに気付かないフリをして玄樹に向き直った。

「どうしたの、玄樹?今日は一日勉強で缶詰だってさっき神宮寺が言ってたけど」

「それが…」

息を整えながら、玄樹はここに来た理由を話す。

全て聞き終えると、嶺亜は混乱した。それは神宮寺と挙武も同じで、彼らの表情にも戸惑いの色が濃く宿っていた。

「…どうして…」

「どうしてと改めて問われると返す言葉もないけど、とにかく俺たちは何かをせずにはいられないっていうか…なんか出来ることないかなっていうか…ああもう上手く言えない、颯頼む」

もどかしさに頭をくしゃくしゃ掻きながら岸くんは隣の颯にバトンタッチをする。それを受けて、颯は抱えていた袋の中身を手近な椅子の上に置いた。

「それ…」

背分村民話集、背分教之伝…それに見覚えのない古いノートや絵の類いまであった。

「岩橋病院の地下で見つけたものだよ。色々あったけど関係ありそうなものだけ持ってきたんだ」

「ここにもなんか手がかりになるものがあれば、って俺たちは思ったわけ」

どこに持っていたのか、おにぎりをかじりながら郁が補足説明した。

ようやく嶺亜は思考が追いついた。つまりはこうだ。この村が抱える呪いについて知った彼らはそれを断ち切ることが出来やしないかと書物を読みあさり、関連の資料を探した…そしてここへやって来た。玄樹も勉強を放ってまで来たということは彼らに同意したのだろう。

だが嶺亜は冷静になればなるほど、彼らにかけるべき言葉に躊躇いが出る。何故ならば…

「残念だが君らが得た情報だけでこの村にかけられた呪いがどうにかなるなんて絶対にない」

自分ではない誰かの声が、嶺亜の脳裏に浮かんだセリフを代弁した。

それは挙武だった。

100年以上、誰も何もせずにいたと思うか?それこそありとあらゆる試行がされたことだろう。でもどうにもならないことは一目瞭然だ。現に俺はこの雨がやめば今夜も化け物になってこの村を徘徊する」

そう断言した後、しかし挙武は少しばつが悪そうに視線をそらしながら独り言のように呟いた。

「だがまあ気持ちだけは受け取っておく。よそから来た奴らがこの村の暗部に真っ向から向き合ってくれるなんて思わなかった。やっぱり君らは相当な変わり者だ」

嶺亜には、それが挙武にできる最大限の感謝の表現なのだと感じた。

それは嶺亜も同じだった。よもやよそ者にこの村が抱える全てを知られるなんて思ってもみなかったし、しかも彼らは騒ぎ立てて畏れるどころかこうして親身になってどうにかならないかと思案してくれている。それが自分の中の何かに火を灯した。

だから嶺亜は言った。

「教会にも色々資料があるから見せてあげる。気の済むまで調べて」

教会の資料倉庫に嶺亜は岸くん達を案内した。それから父に了承を取りに行く。

「かまわん。好きにしろ」

以前なら、村の人間にも勝手に見せることすら許さなかっただろうが、嶺亜はなんとなく父はそう返事すると思っていた。彼もまた、何か思うところがあるのかもしれない。

「分かった。ありがとうお父さん」

部屋から出る際、嶺亜は一度だけ父の方を振り返った。

父は窓の外の雨を、無表情で見つめていた。