まどろみを振り切って不快な目覚めをどうにか緩和した挙武は、辺りを見回して自分の位置を確認した後すぐに自宅に向かって歩き始める。

嶺亜が来ないことは予め分かっていた。昨日倒れたと聞いたから恐らく自分を迎えに来るのは無理だろう。

「自分が丈夫な方でないことは分かってるくせに、なんだって無理をしたんだ」

本人がそこにいるかのように、皮肉を飛ばしてみたが虚しくこだましただけだった。

この時期、目覚めて嶺亜がそこにいないことなどあっただろうか…子どもの頃は、嶺亜から知らせを受けた大人が来てくれていたがここ数年は専ら嶺亜の役目だった。

嶺亜は、普段は飄々としていて煙に巻く性格のくせに教会の任務に関しては忠実で完璧だ。本人もそれを認めている。

自分の存在意義だから

まるでそう言っているかのようだった。生まれてすぐに捨てられた自分が、村の救世主であるという意味…

挙武はこの時期…村にかけられた呪いが挙武を覚醒させている間は嶺亜が自分の居場所や行動を把握していることも知っているが、挙武の方からは全く分からない。今、嶺亜が起きているのかどうかすら分からなかった。

だから挙武には嶺亜が何を考えているのかも当然分からない。どうして彼の存在意義である任務が遂行出来ないくらい、体調管理が出来ないくらいに無理をしたのかも。

何かが壊れようとしているのか…?

壊したのは、あの連中か?それとも…

空を見上げる。憎たらしいくらいに晴れている。その青を引き裂くかのように鳥の群れが空を泳いでいた。

「何クソ真面目な顔してんだよ、挙武」

ふいに話しかけられ、細めていた眼を声のする方向に向けると神宮寺が立っていた。そこで気が付いたが今自分が歩いているのは岩橋医院の近くだった。

「新しいギャグを考えてただけだ」

そう答えると、神宮寺が笑う。彼のひどい寝癖にどっちがギャグか分からないなと挙武も吹き出した。

「お前の方こそ、こんな朝っぱらからこんなとこで何してる?散歩かラジオ体操か?」

「んなワケねーだろ。昨日のアレでババアの怒り買って使いに走らされてんだよ。嶺亜の様子を見て来いってよ。冗談じゃねー。電話ででも聞けよって話だぜ」

不満タラタラで、神宮寺は愚痴る。大声で笑うと尻を蹴られた。

「てか嶺亜とお前が一緒に歩いてないとこ見ると、あいつの体調相当良くねーみてーだな。ババアもすげえ心配してたぜ。嶺亜様がお倒れになったらこの村の存続に関わるとかなんとか…んな大層なもんかね」

「お前も知ってるだろう?嶺亜はこの村の救世主だ。何せ俺の化け物化のタイミングをピタリと当てる。救世主と言うより超能力者だな」

「超能力者ねえ…ほんっとにこの村は信じらんねーことだらけだぜ。記憶失ってなきゃ大騒ぎしてただろうな、俺」

神宮寺がこの村に迷い込んで来た時のことを挙武はぼんやりとしか覚えていない。地震があって、そこに生き埋めになっていて岩橋医院に運ばれた。目覚めると自分に関することを何もかも忘れていたという、まるで漫画のような話だ。

玄樹に紹介されて話してみれば、不思議と馬が合い今では数少ない心の開ける友人だ。嶺亜同様、村の人間は自然と挙武と距離を置くから挙武もまた、人に対して一定の距離を置くクセが付いていた。だが神宮寺はそんな自分にも臆することも遠慮することもなく懐に飛び込んできた。不思議な性格だ。

神宮寺とくだらないことを言い合って、じゃれあっている間は自分が呪われた化け物であることを忘れることが出来る。この時間は何よりのリフレッシュだった。

それと真逆に、嶺亜といる間は常にそれが念頭にある。もっとも向こうも同じことを感じているだろう。

だから挙武は嶺亜と必要以上にコンタクトを取ることはない。顔を合わせると自動的にこの村を支配し続ける呪いが嫌が応にも脳裏を支配するからだ。

だがこの時期は目覚めるとそこに嶺亜がいて、その嶺亜に連れられて棺桶で眠りにつく。ずっと切り離せない存在となる。それがお互い辟易する。

「…がさ」

神宮寺の神妙な声で、挙武は思考を遮断する。会話に集中するよう自分を呼び戻した。

「岸くん達がさ、今朝はやたら地下室から出てきたがらねーんだよ。昨日は飯食ったらすぐにでも出たい出たいっつって一緒に資料館とか学校とか見て回って遊んでたんだけどよ。教会まで一緒に行ってくんねーかなーって思ったんだけど当てが外れた。おかげで今一人でいるワケ」

「ふうん…まあ変った連中だったからな。嶺亜を気に入るような変な奴もいたことだし」

「栗田だろ?あいつ昨日は教会に泊まり込んで嶺亜の看病したんだと。ババアがそれ聞いて殊勝な若者だって褒めた後に俺に嫌味言ってきやがったけどな」

「へえ…それでか。嶺亜はご満悦だろうな。あいつも気に入ってたみたいだから」

そうなると、ちょっとからかってみたくなるのが悲しい性だ。挙武は神宮寺と共に教会に向かうことにした。