読んでいた本を閉じた谷村は、自分以外の四人…岸と郁、神宮寺と玄樹が机に突っ伏したり椅子に座りながら仰向けになって寝入っていることに今更気付いた。

「…」

起こす理由もないし、トイレに行きたくなったから谷村は図書室を出る。

校舎はシンプルな作りだった。二階建ての木造建築…図書室が一番奥にあり、その隣が56年教室、そしてその隣が34年教室そして調理室。それらを通り過ぎて一階へと続く階段がある。降りてすぐのところにトイレがあったのを思い出した。

用を足して、ふと校舎内を探索に出かけた颯のことを思い出す。ちょうど読んでいた本のことで話したかったから谷村は彼を探すことにした。迷う作りではないし、すぐに見つかるだろうと思ったから何も考えずにとりあえず徘徊した。

谷村は鉄筋コンクリートの校舎でしか学んだことがないから、木造校舎というのは変に異次元に迷い込んだようで落ち着かない。まるでテーマパークのアトラクションの建物の中を歩いている感覚で現実味がない。

だけど卒業制作のモザイク画や記念の手形なんかは懐かしさがあった。ふと通りかかった壁には『第89回生制作』と記されたちぎり絵が掲げられていた。

89回生…」

谷村はさっき読んだ卒業アルバムを記憶の引き出しから開ける。確か、嶺亜たちの代だ。

記憶力には自信があった。そこに記されている卒業生の中に直筆であろう嶺亜と挙武の名前があった。玄樹は一つ年上らしいから88回生だ。

「…られたらしい。通りかかった人が羽生田家に連絡を入れてくれて教会まで送られたそうだ」

どこからか、神妙な誰かの声が聞こえてきた。すぐ側の少し開いたドアの上を見やると『職員室』とあった。

「昨日も具合が悪くなったと聞いた。この時期に嶺亜様の身に何かあっては村人皆の生死に関わる…神父様ではもう代わりはできないだろうな。『声』を聞くことができるのは嶺亜様ただ一人だけだから…」

「だが日没前に背分神社に挙武様を棺に納めることなど誰にも出来るだろう。御印の期間は数日だ。それさえ過ぎれば…」

「それこそ神父様が許すまい。役目に背けばまたどんな形で呪いが災いを呼ぶか分からんからな」

気付けば谷村は気配を殺してその会話に聞き入っていた。彼らの声色から何か緊急事態であることが窺い知れたし、それに嶺亜と挙武の名前が出てきたからだ。

「しかし何故嶺亜様はよそ者と一緒にいたというのだ?教会で安静にしていれば倒れずに済んだものを」

「いや…村の救世主である前に嶺亜様もまた年頃の青年だ。たまには自分の役目を忘れていたかったのだろう。皮肉にも、こんな時期にだがな…」

「確かに。お気の毒ではある。それは羽生田家の挙武様も同じ…彼の場合はまた別だが…」

「そういえば…そろそろ命日か…。あれは悲惨だったな…今思い出しても震えが来る。御印の呪いがあれほどまでに凄まじいとは俺もあの時までは半信半疑だった。5歳の子どもであれだ、二十歳になられた挙武様では何人犠牲が出ることやら…」

「何人、なんてものでは済まされないだろう。村人全員同じ目に遭う。そうならないために嶺亜様が『声』を聞いて我々に知らせてくれるのだ。救いは残されている」

「それこそ皮肉な救いだ…呪いの主は何故嶺亜様に『声』を授けたのだろう…」

そこで谷村はミスを犯した。聞き入るあまり、ふいに遠慮のないでかいくしゃみが出てしまった。

「誰だ!?」

反射的に、谷村はもう無我夢中でその場から逃げた。自分のどこにそんな力が隠されていたのかは知らないが、職員室とその隣の部屋の間にある廊下から外に出た。後で冷静になって考えればきちんと説明さえすれば別に逃げる必要などなかったのだろうが、その時の谷村にはそこまで思い至る余裕がなかった。

追ってこられるかもしれない、と恐怖に駆られてとにかく走って走って走った。

そうして気付けば谷村は古民家の前に立っていた。