お金持ちになりたい、という漠然とした希求はある。

まあ誰でも持っている望みだろう(笑)。

日々の支払いに困らない暮らし、

できれば「お金のために」仕事に出ないで済む暮らし。

そういうものへの憧れはある。

 

仕事に出ないで済む暮らし、というのは一長一短だろう。

仕事につく、というのは社会と関わりを持つ、ということでもある。

全く世間と関わりを持たないでいると、人間は間違いなく錆びる。

人と関わる、というだけでなく、外界と接触を持たないと、

人間はなんのために自分を生かしているのかを見失う。

 

ロビンソン・クルーソーのようにたった一人でも、

生きていくために幾つもの作業をしていれば多分人間は生きていける。

引きこもって自分の好きな情報とだけ向き合っていても、

人間はある程度まで生きていける。

ただ、それらの情報が更新されずに過去の記録とばかり向き合っていたら、

またはわずかでも自分を更新できる、変化させられる情報に触れなければ、

人は緩やかに、鬱や認知障害に陥っていくだろう。

 

とはいえ、そういう間接的な前提以外にも「就職」には問題がなくはない。

「我慢する」ことと得られるリターンに乖離がある場合はある。

順応が容易なこと、難しいことは人によってずいぶん違う。

しんどいけど生きていくためには仕方がない、というギャップは、

案外比較が難しいものでもある。

自分は一旦転職を経験したおかげで、その比較ができるという幸運を得た。

転職後の方が得るものが多い、というさらなる幸運も得られた。

 

だとしても、もしもに備えてのお金はあるに越したことはない。

資産の持ち分を作ること、増やすことは、やり方を知ればできる。

何事も、知ることとそれを実行に移すことで得られる。

もう少し早くに始めていればもっと得るものが多かったかもしれないけど、

それでもしないよりはマシだったな、と今は思う。

 

 

 

ここで、例えば「今手元にある蓄えを倍にしよう」という目的を持ったとする。

これはあくまでも例えだ。一千万とか一億とか、一定の金額でもいいと思う。

 

 

 

1、大事なのは、まず稼ぐこと。その中でも雇用されるのは難易度が比較的低い。

自営、起業に比べると組織内でサラリーを得るのはまず「楽」ではある。

ただしそれを劇的に増やすのは難しい。

同環境下での資格取得、出世は楽ではないし、リターンも見合うほど多くない。

(達成感や承認欲求の充足などもあるので勧められない、というほどではない。)

その意味では生業を続けながらの副業、自営での起業はリターンが見込みやすい。

雇用上の各種保護が無くなる代わり、得られるリターンは増やしやすいと言える。

関連することではあるけど、納税などの制度を知ることも重要だ。

節約や投資よりも、まず収入の増加。

ここを増やすことが資産形成の大前提だ、と言える。

 

残念ながら、自分は絶望的なまでにものぐさなので、この道が選べない。

以前ならそれを選ぶ気力もあったかもしれないが、今はする気も起きない。

とはいえ、資産を増やすならここを経ないと大きな回り道になるのは間違いない。

 

 

2、そして、支出を減らすこと。なくて済むものを見極めること、でもある。

インフラなどで同じサービスなら、価格の低いものに乗り換える、

自分に合ったサービスを選んで過剰なものを減らしていく。

「余剰の価値」が自分の満足につながることもあるから、

安易な切り捨ては勧められないけど、なくて済むものは意外と多い。

 

見直しといえば、人間関係もまた重要な要素だ。

ここであえてこれについて考えるのは、

自分が転職とともに環境変化を経験したから、でもある。

 

 

人との関わりを損得で測るのは感心しないことのようだが、大切なことでもある。

交友関係は、今回のように生活スタイルが変わると自然に変化する場合もある。

基本的に、友人や親戚など人間関係を安易に切り捨てない方がいい、とは思う。

人間関係もまた、「人生という資産」の大切な一つだからだ。

 

…ただ、明らかに負の影響を与え続ける相手、というのも存在はする。

悪意はなくても結果的に邪魔をされる存在、というものもあり得る。

職場にそういう存在がいる場合は、転職も選択肢に加える必要があるだろう。

それらを織り込んだ上でなお継続して勤務できない、というのはよっぽどの事だが。

 

大事なのは、嘘をつかないことだと思う。

どんなに表面上の利益を生み出す相手でも、

信用できない相手と長期的な付き合いはできない。

いずれにせよ、損得「だけ」で人間と付き合うのはいいこととはいえないが、

それは自分が納得できる範囲だから、という大前提はあるべきだろう。

自らの変化や成長も考えると、ごく短期で見極めるのが難しい事柄でもある。

 

逆に言えば、信用される自分であることには最善を尽くすべきだと思うが、

そのために嘘をつかねばならないのなら、決断すべき時もある、と言える。

正直に向き合って、それでもダメなら離れる、という場合もあると思う。

誠意は持つべきだし敬意は最大限に払うべきだけど。

 

ただ、「つかねばならない嘘」が「自らの社会性」を補佐する場合もある。

その意味では、全ての我慢を放棄すべきとは限らない。

「本当の自分」を求めすぎて、自堕落で反社会的な存在になってしまうことは

あまり容認できたことではない、とは思う。不可能だとまでは言わないが、

それが認められるようになるには数億程度の蓄財では間に合わないだろう。

…逆にいえば、十分にお金持ちならゴリ押しはできるかも知れない。

ゴリ押しができるくらいの十分な金額、というのはまず常人に稼げない金額だが。

 

 

3、そして、貯めることと増やすこと。ここに、使うことを加えてもいいと思う。

カウントが難しいが、自己投資というのも重要な要素だと思うし、何より。

「貯める」という行為は「貯蓄に資産を費やすこと」だと思うからだ。

3−1、「貯蓄は消費のスタイルの一つ」だと個人的には感じている。

普段そう認識しないだけで、銀行預金というのもある種の投資だからだ。

銀行の投資活動によって得られた利益から諸経費を差し引いたのが利子だ。

他の投資に比べると元本が保障されていることは大きいし、

それによって利金の幅が大きく制限されることも弁えておかなければならない。

 

3−2、例えばさまざまな銀行に預金して利子を得る代わりに、

その銀行に株式投資をして(上場していればだが)配当金を得ることもできる。

かつては預金の金利が高く、相対的に配当金額も低めだったが、

ゼロ金利時代である現代では、株式投資の方が遥かに利金の可能性が高い。

株式投資なら銀行に限らず様々な業種に投資し利益を受け取れる。

幾分リスクが少ない社債などを購入して利金を得ることもできるだろう。

リスクが少ない分、リターンも目減りはする。

 

ただし、金融資産は価格が非常に流動的で元本の保証がない。

今年のように大きな社会変動があったときには資産価格が激しく上下する。

数%の利金を得るために(一時的にでも)数十%の評価損を抱えることもある。

再度上昇する希望が持てれば保持するなり買い増すなりすればいいが、

いつまで経っても下落したまま、という場合もある。

いつ売ればいいのかは、誰も教えてくれない。自分で決めるしかない。

(それを決めてくれる、という人は間違いなく詐欺師だと思った方がいい)

 

どのみち、株式投資で増やせるお金の額にはそれなりに制約がある。

売買で利益を得るには相当な勉強と研究、そして少なからぬ幸運が必要で、

「頑張れば誰でもできる」ものではない。計画もほとんど立てられない。

配当や利金の収入はそれより確実で見通しも幾分は得やすいが、

それでも今年のように減配、無配が起きる事態は避けられない。

それをある程度まで避けられたとしても、得られる利益は年5%程度。

それ以上を目論むのは(詐欺を除いても)損失の可能性が劇的に増す。

 

そして、追加投資しない前提で元金を倍にするには、複利の恩恵を得たとしても

年利5%でさえ15年はかかるのだ。それも、5%が維持できたらの話だ。

単利で淡々と積み上げる20年よりは早いが、劇的とは言えないだろう。

「たった5年で資産が倍に」などという夢のような話は、幸運によるものだ。

誰もが得られるものではない。まさに夢だ、というしかないだろう。

 

また、実際はいずれの利金にも2割程度の税金がかかる。

税込みだと年利4%弱になるので、達成できるのは約18年後になる。

それも含めて考えても、5%の利益はそこそこハードルが高い、のでもある。

…ちなみに、「5年で倍」にするには税引でも年利15%。税込なら19%(笑)。

「誰にでもできます」というやつは絶対詐欺師だ。それこそ宝くじのようなものだ。

 

 

 

3−3、ついでに言ってしまえば、宝くじというのはギャンブルに近いもので、

これを買うのは(楽しみの一つとは言えると思うが)投資とは言えない。

原理的にそもそも資金源(購買代金)から諸経費を引いたものを分配してるだけで、

なんの生産も流通もしてないのだから分配総額が増えるわけがない。

得する人に対して損する人の方が圧倒的に多くなる仕組みなのだ、そもそも。

勉強も頑張りも無縁のものだ。高額当選の確率だって落胆するくらい低い。

楽しみのために購買することはありだと思う。

でも、当たることを(投資と同列に見て)期待するのは間違っていると思うし、

寄付のためだと考えるなら、購買金額をそのまま寄付に使った方がいいとは思う。

 

 

閑話休題。

3−4、稼ぐことと増やすことに関わる「投資」の一つに不動産という選択肢がある。

オーナーになって家賃利益を得るというのは稼ぎに近いし、

利益に見合う物件の選択や整備などは投資に近い。利益率も相応に高めになる。

上記ではあえて述べなかった「レバレッジを効かせる」点においても、

住宅ローンでの優遇が得られるメリットもある。

 

ただ、初期資金はそれなりに必要だし、維持管理にもコストはかかる。

勉強しなければならないことも、とても多い。損失のリスクも結構ある。

ローンを組むための準備も少なくない。まず金融機関との関係樹立が前提になる。

自分の工夫で利益を伸ばすことも可能だが、それなりに手間のかかる手法だ。

起業と同じく、やる気のある人に向いている手法だろう。

というか、分野が違うだけで不動産業というのは起業に近いと考えるべきか。

これも、あまり自分では手を出す気になれないでいる分野だ。

 

 

 

3−5、また、MLM、という選択肢も世間にはあるようだ。

雑にいえばマルチ商法だが、個人的にはあまり乗り気にならない。

むしろ友人が始めようとしていたら引き留めたい、成功したことはあまりないが。

いわゆる一般的な起業、副業「以上」のリターンを得るよりも、

長い目で見るとそれに伴う損失の方が「遥かに」多いように感じる。

紹介販売というのは、個人資産としての「人間関係」に依存するものだからだ。

 

不特定多数に働きかける一般的な事業と違い、

個人資産である人間関係に依存するMLMは損益がそれらにダイレクトに伝わる。

しかもMLMというのは基本的に財務、経営基盤が非常に脆弱なものがほとんどだ。

事業主として被るリスクがとても高く、またそれを顧客に被せてしまいやすい。

「今必要とは言えないものを薦められて割高に買い続ける事になる」というのが

「顧客」側の感覚になりやすく、それを止めるには付き合いを断たざるを得ない。

それらが続くと、従来持っていた交友関係には毀損が生じやすくなってしまう。

売り上げを重視しようとすると、一過性の売り逃げに近い「交友」も増えやすい。

 

 

「そういう付き合いをする人」という社会的な評価は、

長い目で見ると自身にとってのデメリットが非常に大きいのではないだろうか。

 

実際、MLMで社会的に成功して恵まれた生活を送っている、という人は、

少なくとも業界関連の人々の間でごく少数いる(のか?)と感じるだけで、

普通に企業で成功している人たちよりも人数が多いとはとても思えない。

「業界」の外から見ていると都市伝説のようにすら見える(苦笑)。

少なくとも、自分の周りでMLMに関わってそうなった人は一人もいないし、

結果的に疎遠になってしまったりといったデメリットの方が遥かに多い気がする。

 

 

 

…閑話休題。これらを振り返ってみると、

結局お金を儲ける、増やすには自分のやる気と手間がまず1番に必要で、

2番には学ぶ気持ちと根気がものをいう、ということになるんだと思う。

3、4がなくて5に「続ける」こと。退場したらそこでおしまい、

でも、続けていたらいずれ挽回の機会がある、そう言っていいと思う。

 

残念だが「楽して儲ける」ことはできないのだ。

株式保有、売買などの「楽な」儲け方では得る金額が少なく、

大きく儲かる方法では自分の工夫や注力が不可欠になる。

そして、損失の可能性もまた、儲けの可能性に大体比例してついて回る。

選び方によっては、損失の可能性の方がうんと高くなってしまうものすらある。

そして、儲け話のふりをした詐欺だってたくさんあるのだ。

それを避けるためだけだって、学ぶことは不可欠になってくる。

 

 

怖いといえば、怖い、かもしれない。

自分が始めて今も続けているのは株式や社債などの「増やす」投資だが、

これは投資額の割に得られるものが決して多くない。

それでも、しないよりはマシではある。続けることで学んだことも少なくない。

何より、これらの投資に関わることで、それまでと違う視点で社会が見えてきた。

かつては「お金儲け」なんていやらしいことのように考えていたけど、

お金というものが、善意や好意も含めた世の中を回しているものなのだと実感した。

お金というのは、貧者から奪うためだけのものではないのだ、と。

 

ある意味では、投資するのも社会に関わることの一つ、と言えるかもしれない。

働き者でも、怠け者でも、社会に関わることはできる。

もしも日本人の全てが投資に積極的になる時代が来たら、

俺はたちまち貧乏人に逆戻りするだろう。今だって貧乏だけど(笑)今以上の。

でも、現状ではそうなっていない。それくらい、投資は参加者の少ない場所だ。

多くの人が知らない社会との関わり方に、幸運にも触れることができた。

自分で選んだことではあるけど、それがいい結果に結びついているのはありがたい。

 

幸いにも、あんまりお金のことで苦しまずにすみそうな程度にはなった。

全く社会から隔絶して暮らせるほどではないし、

今の仕事を放り出していいご身分でもない。

でも、転職後の経験も含め、辞めてもなんとかなるな、という気構えはできた。

(実際にやめても食べていける、とは書いていない(笑))

 

でも、今の自分に見合った程度に社会と関わる機会を得たこと、

ある程度までは不安から解放されたことはありがたかったな、としみじみ思う。

少なくとも、あんまり頑張れないものぐさな自分にもできることがあった、

というのは自分にとって大きな励みになったな。

 

 

できるだけ、これからもコツコツと続けていきたいな、と思う。