…こんな夢を見た。 


出張で、地元から少し離れた土地に行った。 
先輩(P -としよう)に随伴してお施主と打ち合わせのための訪問。 
私は30代に入ったところか、先輩とさほど年は離れていない。 
社用の白いバンを運転する。季節は晩秋から春先にかけてか、長袖を着込んでいる。 

私たちは、ハウスメーカーの営業職なのだ。

お施主はW-様、40代の男性で訪問時は奥様不在、息子のY-くんが遊んでいる。 
Y-くんはまだ就学前の大人しそうな子だ。 
建屋は一般的な二階建て。

南の窓が広くとられ、リビングダイニングが広々としている。
施工はほぼ住んでいるが屋内は合板むき出しで、フロアと壁のクロスはまだ未施工。 
天井の照明はまだ仮設のものか、明々と屋内を照らしている。 
外はうす曇りか、明るいが青空は見えない。 

テーブルセットを持ち込み、引渡し前の確認事項をチェックしているのだが、 
なぜか私は一冊のハードカバーを携えている。 
書店でかけてもらったと思しき紙カバーは黒字に銀の模様が印刷されており、 
細かい市松だったか、斜めの格子柄だったか。だから表紙は見ていない。 

タイトルも、作者の名前もわからない。事実に即した小説であるようだ。 
これまたなぜか、仕事をしながら読み進めている。 
叱られるそぶりもないのは何故なのかわからない。 

その場には、もう一人立ち会っている。唯一の女性、K-さんとする。 
年恰好は自分たちに近い、30代くらいだろうか。 
スッキリした顔立ち、明るい髪は肩のあたりでまとまっている。 
ジップアップのジャケットはオフグリーン。フードの裏はグレーか彩度低めの紫か。 

他の人より印象が多いのは、多分私が彼女ばかり見ていたからだろう。 
彼女は、これからW-様と同居することになっている。 
と言っても、同棲とか婚姻ではない。 
彼女は、狐なのだ。夢の中では化け狐、という言葉を使っていた気がする。 
妖狐の眷属なのであるらしい。ただし、生活を共にする、というのではないようだ。 
離れが用意されるのか、天井裏に住み着くのか、もっとスピリチュアルな方法か、 
その辺はよくわからない。目の前にいる彼女はごく普通の女性だが。 

そして、K-さんは自分にとっても知った人であるようだ。 
私は寂しさを感じているように思われる。 
彼女をY-邸に迎えるにあたり、漏れや手落ちがないかのチェックに我々は来たのだ。
狐を住まわせると家運が上昇する、ということらしい。座敷童のようだが、狐だ。 
私から見て右手、窓の側に彼女は座っている。差し向かいはW-様で、 
私の向かいにはP-先輩がいる。私はメモを取りつつ、本を読み進める。 

古典とか古文書とか、研究所の類ではないようなのだ。

小説、それもどうやら新刊だ。 
この場にいる中に、著者の縁者がいるわけでもない。 
だが、目下の課題に見落としがあるとしたら、この本がそれを解決する、と 
私は考えている。そして。 


「長年一つの家に憑く狐は、次第に餓える(かつえる)。力が次第に衰えていく。 
 それを回復するにあたっては、年に一度、新年の夜に河童の生き血を飲むこと。 
 両者は共に想いを交わしていること。」 
…これだ。私は声を上げる。 


ーあの、ちょっとすいません。ここに、こういうふうなことが書いてあって。 
 今読んだばかりでアレなんですけど。 
ーどれどれ、あー、うん、それで 
ーあの、実は私河童でして。 
ーそうなの? 

どうやら先輩は私が河童であることを知らなかったらしい。 
私の方は隠していたわけではないようで、興味の問題であったようだ。 
そもそも狐狸妖怪が普通に人とまぎれて暮らす世であるらしい。 
ただ、妖怪としての立場を返上するようなこともあるらしく、 
それを「離れる」と称している様子ではある。 

ーまだ、離れてはないです。 
ー税区分どうなってるの?あ、とりあえず免許見せて。 

手渡した運転免許には河童としての写真、本籍のある河川などが記載されている。 
私は、本のその一節の結びのくだりを読む。 
「それを知ったのち、『清ではもう解決済みだよ』と訳知り顔で知らされた』」 

私を含めた受け入れを、W-様は喜んで受け入れてくださる様子だった…。


目覚めてから思えば、年に一度W-邸を訪問すればいいようにも思われるのだが、 
なぜか夢の中の自分は「これで離れずに済む、共に暮らせる」と考えていた。 
…W-様の奥さんは、ついに出てこなかった。