BALLPACKER -80ページ目

 唐突ですが、世の中、妥協って必要なんです。歳重ねるほどそういう思いが強くなってきます。

 ユニフォーム作る時も妥協が必要です(ヤッパリその話しかいw)。

 妥協することを覚えるまでは、とにかく自分の主張を通すことに必死でした。言われる方からしたら半分クレーマーみたいだったでしょう。

 ま、言いたいこと言うのも結構疲れるモノで、そういった経験の繰り返しで妥協を覚えていった訳です。

 でも、それはそれで結局着ることの無いユニを増やし、湯水のように小遣いが減っていくはめに・・

 今日、先日購入した復刻ユニに番号を入れて貰うべく某大手スポーツ店に行ってきました。今回は"妥協するハードルを少し上げる"との意思のもとに。

 でもですネぇ~そしたらマぁ~話の通じないこと噛み合わないこと。説明したり業者とも連絡取ってもらったんですけど結局、注文せずに帰りました。

 向こうからすれば『知ったか面の素人が!』って思ったかも知れませんが、私からすれば『お前らスポーツ店のマーク担当だマーク業者だ言ったってデザイン無知で事務作業するだけの受け付け係じゃねーか!俺からすればお前らが素人じゃ!こっちは(F○ckなレベルだが)デザイン学校出て(社会舐めてた時期で即行辞めたけど)デザイン会社勤めてたんだよ!腐っても鯛じゃボケぇ!』って気持ちでしたよ。堪えましたけど。

 この世の中、妥協も必要ですが譲れないものも在るのです。


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 夏も終わろうかという今、ヒストリック・アロハ(中日)について書こうと思います。


 このアロハはユニフォーム物語でお馴染みのコラムニストの綱島理友さんが制作されたアロハで、歴代のユニフォームの図柄もふんだんにちりばめられています。


 採用期間が1974~1986年と長かったユニフォームに至っては、1974~1980年採用のフルボタンタイプ(ビジター)と1981~1983年採用のヘンリーンネックタイプ(ホーム)の2種類を描くことでマイナーチェンジした事も表現され、細かなディテールにこだわるユニフォームマニアにも堪らない一品となっております(出来ればホームで優勝を決めた1974年、ビジターで優勝を決めた1982年を考慮して逆が良かったけど)。ちなみに描かれていない末期はプルオーバータイプ。


 歴代ユニフォーム以外にも球団史を表す様々な図柄が描かれております。


 一つだけ気になるのは山田監督時代の”WIN THE GAME! WIN THE DREAM”袖章。正直、中日球団史において殆ど印象に残ってないものですし、他の図柄に比べてなんか浮いてるんです。


 でも実はこれにはワケがあり、当初は星野監督時代の”HARD PLAY HARD”の袖章を図柄として採用するつもりだったのですが、その意匠権が別の所(解る人には解ると思います。)にあり断念したと綱島さんから聞いた覚えがあります。で、その代わりに”WIN THE GAME! WIN THE DREAM”の袖章が。ま、代わりにするなら他の図柄でも・・って気もしますが(笑)


 このアロハが発売されて既に何年も経っていますが、先日、待望のオールドユニが発売されたこともあって今回は球団史繋がりでヒストリック・アロハについて書いてみました。
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