こんにちは!バレエ講師・ピラティスインストラクターの藤本 寧です。
今日は、バレエの歴史を少し書きたいと思います!
今でもフランスではバレエが盛んではありますが、最盛期はルイ14世の時だったのかもしれません。
ルイ14世が5歳(1643年)で即位した時には、お祝いに5時間にも及ぶバレエが上演されるぐらいに、この頃のフランス貴族の間ではバレエが盛んだったのです。
そして、バレエは宮廷内の男性だけの独占物でもありました。
ところで・・・
ルイ14世は子供のころからバレエを習っていましたが、なぜ、習うようになったのでしょうか。
それは、当時、貴族の嗜みとして、「乗馬」、「フェンシング」、そして「ダンス」があったからです。
乗馬やフェンシングは分かりますが、なぜダンスが貴族の嗜み???
これは、信仰的な意味合いが含まれており、宇宙には大いなる力があり、それを地球上に呼び寄せ・・・云々・・・www
ルイ14世はバレエがとても好きで「夜のバレエ」で太陽神アポロンとして主演を自ら演じていました。
(ちなみに、ルイ14世が「太陽王」と呼ばれるようになったのもこの作品が謂れになります。)
1661年には王立アカデミーという名のバレエ学校を創設しました。
みなさんがよくご存じの足の「5つのポジション」は、この頃に作られます。
作ったのは、ルイ14世のバレエの家庭教師であるピエール・ボーシャンです。
また、ボーシャンは舞踊譜を初めて作った人でもあります。
1670年、ルイ14世が32歳の時にバレエから引退すると、それまでの宮廷内でのバレエから一般市民へ広がりをみせてきます。
そして、職業ダンサーも誕生し、さらにフランスのバレエは栄えていきます。
1700年にはバレエの教則本「舞踊術、あるいは記号、絵、記号による舞踊記述法」がラウール=オージェ・フイエによって出版されます。
タイトルから察するに、舞踊譜で書かれた教則本なのでしょうね!!!
1713年にオペラ座にバレエ学校が誕生します。
これが、バリ・オペラ座バレエ学校という事になります。
1715年、ルイ14世が他界します。
死因は壊疽。糖尿病だったのか、何かしらの感染症だったのか、はたまた動脈硬化だったのか・・・。
死ぬ間際は、左半身が真っ黒だったそうです。
ルイ14世は、医者から言われた「歯はすべての病気の温床である」という言葉を信じで、全ての歯を抜いたそうです。
もちろん、入れ歯などない時代ですから、物が咀嚼して食べられず、いつもお腹を壊していたので、しょっちゅうトイレに行っていたそうです。
そして、臭かったとか・・・(;'∀')
ルイ15世の時代に入ってもバレエは栄えていきます。
1760年には、ジャン=ジョルジュ・ノヴェールによりバレ・ダクシオンが提唱され、それまではオペラの"おまけ(?)"のような存在から、独立して演劇として確立されていきました。
そして、1789年5月5日からはじまったフランス革命は、バレエにとって、大きな転換を迎えるといっても過言ではありません。
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〜 レッスンスケジュール 〜
【長後校】
☆ピラティス→第二・四土曜日 9:30〜10:30
☆バレエ→第二・四土曜日 11:00〜12:30
【市ヶ尾校】
☆ピラティス→第二・四水曜日 19:30〜20:30
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