創造主神クリシュナは精神世界に存在しています。


そしてクリシュナも精神的な存在であり、それは、全知全能(チット)、永遠(サット)、至高至福(アーナンダ)、と言われています。


それからクリシュナは精神次元の中に物質次元を創造し、私たち生物や宇宙に存在する全ての物質世界(マーヤー)を創られたのです。


元来、私たちの魂はクリシュナの分霊(ママイヴァーンシャハ)であり、その質においてもクリシュナと同質である、全知全能(チット)、永遠(サット)、至高至福(アーナンダ)、を備えているのです。


その、本来純粋なる魂の質性が、物質次元に誕生する事により、肉体がもつ本能、欲望、衝動の三つの影響を受けて、感覚欲望に突き動かされてしまうのです


更にもう一つ、私たちを突き動かす根源的な肉体の欲望を超えたやっかいな無意識と言うものがあるのです。


これを未顕現意識と言い、それがトリグナ(無知、激情、徳性)と言われるものなのです。


このトリグナの存在は、哲学を学ばなくしてはその存在にすら気付かず、宗教の段階の知識では輪廻のカルマからは逃れられず、魂の最終目的地であるクリシュナの郷には到れないのです


このトリグナは、その人が気付かないうちにその状態に置かれていると言う、厄介なものなのです。


それは、生きていく場面場面における反応として表われ、また日日の習慣として積み重ねられた性質として備わり、そして生涯その生き方を通して魂に刻み込まれた根性として焼き付けられ、来世の輪廻の種となってしまうのです。


先ずはこのトリグナのメカニズムを知り、いろいろな生活の場面場面における自分のグナを自己観察しいろいろな事象における自分の観察されたグナの性質を自覚し、それを認識したうえでの正しい方向を目指した行動をする生き方こそ、トリグナを超えた欲望に囚われない、自己覚醒(ブラフマ・ブータ)の境地となるのです。


ここで大事なことは、最初にも記述しておりましたが、これら肉体から発せられる本能、欲望、衝動は、人間が生きてい行く為に与えられた必要な性質であり、そのグナの特性自体には善悪と言うものは根本的には無と言うことです。


たとえ無知のグナであったとしても、たまには緊張をほぐす為に酒を飲んで酔いしれ、全てを忘れる無知の状態になる事も、時としては必要なのです。


また、生活向上の為に目標に向かって奮闘努力する激情も、大事な生き方でもあるのです。


これらグナの状態を自己がはっきり認識して、自覚を持って主体的にグナを活用する姿勢こそが、トリグナを超えた生き方と言えるのです。


そして肝心な事は、その目標が精神的修行の為になっているか、そしてどの程度で行動しているかの程度問題があり、行き過ぎず緩み過ぎずの中庸のバランスも大事な要素になるのです。


このトリグナを自覚し認識し、自己の精神的発展の為に、無知、激情、徳性の特質を積極的に適所に駆使する生き方こそ、トリグナを超えた生き方と言うものなのです。


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覚者よ我を観よ 智者よ真理を聴け 勇者よ我と共に学べ


これからはインド哲学バガヴァット・ギーター の時代です。

バガヴァット・ギーターはマハト・ガンジーが座右の書としたものです。

私は宗教団体には一切入っておません。

全て独学でギーターを身につけました。

私の主義は人を集めず、布施を求めず、去る者は追わず

私はその人の、独立個人、自尊独立を尊重します。

人生の意義を知り、本当の人間としての幸せを掴んでください。

バール・クリシュナ・フミオ