そんな極端な長男贔屓(あくまでも推測)の中、育てば親になった時の弟贔屓は凄まじくて。母方の母(わたしから見れば祖母、わたしのギャンブルの師匠?)も気に掛けるくらいの状態。父親は左官職人で職人気質の口より先に手が出るタイプで、わたしだけでなく母親にもビンタが日常?の状態も、父が弟に手を挙げた事は一度も見なかった。でも母親に手を挙げてるのは見てて。まぁ、物事がそこそこ理解出来る幼稚園くらいの頃に見た光景がトラウマになって記憶に残ってる。赤ちゃんの頃も保育園の頃も母親には手を挙げてたんだろうけど、記憶に残ってるのは、物事がある程度解る様になってから初めて見た一発目だと思うがね。わたしなんかは当時の寺内貫太郎一家の西城秀樹の如く何度も土間に突き落とされたり、根性焼きをされた事すら有った。根性焼きされた時は、毎日火傷の跡を見てた記憶も有るし、跡が消えてもここにタバコの火を押し付けられた記憶を反芻してた。だからといって父親を恨む感情は無かったかな?恨む、という表現が違うというべきか。当時は自分で言うのも何だが素直で良い子で、今じゃ見る影も無いが、当然還暦迎えたジジイだから。で、わたしが父と逆に弟との格差に悩んでいる中、耳にしたのが、父は女の子が欲しかったという話で。誰からか忘れたけど、その話を聞いて、わたしが女の子に生まれたらこんな差別受けなくて済んだのに、っていうのが芽生えてわたしがMTFになるきっかけになったという説。とにかく父の暴力が怖かったというか、機嫌を損ねたのは、わたしが男に生まれたから、というのは確実に心に刻まれた。だから性的にストレートでも、自分が男である嫌悪が先立って、こんなモンスター?が生まれた。当然家の中で頼りになる、味方になってくれるのは母親以外に無いのだが、その母親も父の暴力に遭うわけで。頼りにはするも頼りにならない現実も有るし、当時母親だって30になって無いからね。父とは10歳差だし、母親も我慢するしかない関係の上に、若いからストレスになるのも今なら解るわけで。ストレスの対象を弟に向ければ、父の耳に入れば自分に帰って来るわけで。当然ストレスの対象はわたしに向くわけで。どっちかと言えばのんびりしてるわたしの行動の遅さに母親のストレスが乗ってわたしに向けられる事が多々有って。何度も言うが、当時まだ30手前だからね。しょうがないよね、と。でもわたしに取っては地獄の日々だった。