きっちり約束したわけではないけど、親ガチャについて書こうかな?って書いていたので、暇な時間が出来たので、書いていこうかな?って。まぁ、親ガチャ1と題したので、続編が有るというか、1時間おきに1時間休憩だから休憩の時間切りになるけど、半生記のつもりで書いていきます。親ガチャって世間を揺るがす犯罪やそれに匹敵する『親の顔が見てみたい』レベルの騒動を起こした時がきっかけで言われていたのか、明らかに10年くらい前の造語で、普段の話の中でも基本自分を卑下する方で使われる。わたしはまだ犯罪者ではないが、いつ犯罪者になって親ガチャを探られたり報道されるかは分からないけど、一般的に片親や共働きで親が家に居ない家庭に育った人間の犯罪についてとやかく言われる。当たり前だが毎回片親だからって全員犯罪に走るわけでもなく、親が宗教にのめり込んでお金を家に入れないからって犯罪者に全員がなるわけじゃないし、結局片親だからって全員犯罪者になるわけじゃない、という言葉が出て終わる。だったら親の話はしなくても良いのに、と思うが、あまりに酷い犯罪だったり特殊な犯罪だったりすると本人だけに原因や責任を求めないで、他に責任を求める人間を探そうとするマスゴミの悪い所が出ているだけの話。なんならスクープとして、お涙頂戴の話に持ち込めたら週刊誌も売れる、という事だろう。結局、商売として売りたいだけの話で。犯罪は個人の責任だが、別に犯罪者の話はするつもりは無い、わたしの話。そもそも両親しっかり居て、母親は専業主婦で家に居ても、犯罪者になる人間はなるし、本当に悪い人間だけが犯罪者になるわけじゃない、そこが重要。だから今までちゃんと社会生活していても、犯罪者になる人間は居るし、育ちどうこうが犯罪に関係するわけじゃない。わたしの話をするまでに、ここは解って貰いたい。つづく。