「塞翁が馬」


青島幸男の直木賞受賞作、「人間万事塞翁が丙午」(読んでないが:笑)でも有名になった、中国の故事からきている言葉だ。


言うまでもないが、良い事が悪い事の前兆にも成り得るし、その逆もまた有り得る、といった意味である。



今、望まない環境や憂うべき事態に直面していても、時を経て振り返れば、「ああ、あれがあったから今の自分がある」と思える時が必ずやって来るものだ。

逆に、絶好調な出来事に浮かれて周りが見えなくなり、気がつけばいつの間にかどん底に陥って後悔するなんてこともある。


自分にとって、何がいい事で何が悪い事だったのかなんて、極端に言えば、人生ゲームセットの瞬間までわからない。

たとえば、人に先んじられて焦ったり羨んだりするのも人間の感情として避けられないが、一時の環境や社会的ポジションなどの違いで人と自分を比べ、一喜一憂しないように戒めなければならないと思っている。


今の自分を知る人から見れば信じられないかもしれないが、実際何事に限らず、中途半端な天賦の才のみにおもねって努力というものを軽んじ、人に逆転されて痛い目をみる側だった。(10/11の欄、参照)(笑)


政治家の逃げ口上によく使われる言葉だからあまり使いたくないが、「粛々と」「淡々と」自らの信ずるべきところを邁進する人には、結局最後は色々な意味でかなわないことが、この歳になると痛いほど身に染みてわかる。

大事なのは、幸・不幸にかかわらず、いつ訪れるかわからない来るべき時を泰然と迎えられるように、日々、人としての力を蓄えながら過ごすことだ。

結局は他者との比較ではなく、人生、自分との戦いでしかないのだから。


間もなく半世紀を生きようとしている今、これまで以上の困難や絶望、逆に運が残っていれば信じられないラッキーに出逢うことがあるかもしれない。

その時にジタバタしない自分でいられるようになることが、今後の人生目標だ。

そして、死に際にくだらないギャグか下ネタを一言飛ばし、周囲の笑いと顰蹙(ひんしゅく)をかって旅立つのが理想でもある。


※また長くて支離滅裂な独り言になっちまった。
反省・・・。