久しぶりの更新がまたこんな内容・・・。

最近あまり日曜が休めなかったが、今日は家で仕事&競馬中継観戦。

夕方、日テレの「バンきしゃ」を観ていて唖然。
福島以外はまだ10分の1程度しか義援金が当事者の手元に届いていないんだと~!?

アホか!

罹災証明書の作成なんかどうでもいいじゃね~か!
認め印でもいいから判子が必要?
流されて何もないから避難所にいる人が大多数なんじゃないのか!?

驚いたのは、「血判(この場合、拇印の事を言っている)じゃダメですか?」と尋ねる年寄りに返した役所の人間の受け答え。

「ダメ」。  ・・・。

悪気なく言ったんだろうが、
・・・、モノの言い方を知らんバカ者が!

教えてやるよ。
人としてそんな時はこういう風に言うの。
「ゴメンね。なんとかしてあげたいんだけど、ボクらは決められた事をお伝えするしかできない仕事なのよ。現場の声として必ず上に伝えるから、勘弁してね」

とにかく、この場合は役人の言葉が正論とも言えないのはもちろん、たとえそれがいかなる正論であっても、相手方の事情や感情、全体の状況を一旦省みてそれを汲む努力を全くせずに言葉を吐くバカ者には本当に困りものだ。



身ぐるみひとつになってしまった人達への支給が銀行振込だとか、その為に印鑑が必要だとか、もう、行政バカと役所バカの救いようのない人間性の欠如と想像力の無さには、情けなくて笑うしかない。


義援金、アタッシュケースか白いデカ布に詰め込んで、さっさと現ナマを避難所にいる皆さん中心にくばりやがれ!!





震災関連の話ばかりになってしまうが・・・。

自分にできること。


決してバラ一族ではないのに、独り身で半世紀生きてしまった自分。
一方で、幼くして震災で住む家と両親を失い、孤児院に行くしか術を失くしてしまった子供達。

これの合体って有りかも、なんて不埒な考えが頭をよぎる。
自分はこれまで、世の中に何も残せていないのだから、せめて今、・・・なんて。


孤児院を不幸と決めつけるつもりはこれっぽっちもないが、この考えってどうなんだろう?


・残り人生の自分の生きがいに子供を利用しようとしてる。

・人並みの教育を施せるほどの稼ぎと将来がない。

・授業参観に行ったらお爺ちゃんと間違われ、子供がイジメられる。

・母親役がいない

・上記から、そもそも養子縁組みを法律的に許可される条件を満たせていない。



やっぱりダメか。


それでも、半分真面目に方策を考えようとしている自分がちょっと怖い。
世界各国から日本への支援の声が数え切れないほど挙がっている。

そんな報道を見る度に、有り難くていちいち目を潤ませている自分がいる。

しかし、放射能漏れの問題が早急な解決をみない限り、汚染物質を自国に入れるわけにはいかない各国政府は、いずれ日本を産業的に鎖国状態に追いやらざるを得なくなるのは明白だ。
そうなった時、我々日本人は世界中の誰をも恨むわけにはいかない。
結果として、長きに亘り原子力発電政策を黙認し、その恩恵に授かってきた国民として責任を負わなければならないのだろう。(それは、一歩間違えば、原子力を容認しているどの国の国民にも言えることではある)

実際、原発問題の早期解決は難しく、拡散はしばらく続くらしい。というか、半減期数百年なんていう放射性物質もあるのだから、この時点で早期解決など、既にまやかしではあるのだけれど。

そもそも、安全神話などというものは原子力に限らずこの世のどこにも存在しないと、そろそろ人間は知るべきだ。
それこそ人間の驕り。
栄枯盛衰、盛者必衰というではないか。

話は急に手近になるが、自分は人間の作った物一切を100%は信用していない。
ビルなどの建造物、エレベーター、高速道路、線路、飛行機・・・。
ましてや日本のそれらは、どれもこれも高度経済成長期の勢いに任せて開発されたイケイケの産物。
いつどのような形で崩壊してもなんら不思議のない、どれも砂上の楼閣にしか思えない。

人間の無限の能力、可能性を決して否定するつもりはないが、一方で人間というものの無知・無力さ、ちっぽけさも同時に謙虚に受け止めなければならない時代に入っているのではないか。


それにしても、土中深くに埋めて数万年も待たなければ人体に影響を及ぼす放射線の消えないゴミを生み出すような危険極まりないエネルギーを、いけしゃあしゃあと推進してきた(している)日本を含む世界の政治家どもと、それをあまりに無頓着に容認して来た(過ごしている)我々のなんたる愚かなことか・・・。

今そこにある危機。

それは紛れもなく我々自らが招いたものに他ならない。