「オレらの人生ァ――少なくともオレの人生ァ、この戦争でプロメテウスをぶっ潰して丸く収まって終わる訳じゃねェ。
この戦争ァ、オレにとっちゃ超えなきゃなンねェ波の1つに過ぎねェんだよ。まァ、ちっとばかしデカ過ぎる波だがな。
――この波を乗り越えたら、オレァ南の海に戻るぜ。
ドレッドノートはまだ消えちゃいねェって事を、粋がってあちこちで潰し合ってやがる連中に判らせて、
今の混沌状態をどうにかしてやンのさ。
ドレッドノートの皆の力と――この、練術の力でな」
そうしてデイヴィは一度話を切ると、それこそパフォーマンスのようにして、指を一発鳴らした。
―――パチッ!
指の音だけではなく、火の粉が弾ける激しい音がその指の間から聞こえてくるや否や、
ラーンが深々と息を吐いて、首を軽く左右に揺すりながら額を押さえる。
相棒にも呆れられる子供じみた示威行為をやった、その当の本人は、
押し殺した声を上げて自慢げに笑うと、今も白い煙が残っているその指先で、
上着と同じ深いワインレッドをした帽子を軽く直してみせた。
「……この時代の海賊で、こんなモンを使いこなせンのは今の所、オレぐらいだろ?
風で相手の船の動きを狂わせてやるだけでも、向こうにとっちゃァ大打撃の大混乱モンだ。
オッサン、お前ェがタロスで使った砲台を自爆させる術も、どんなに時間がかかったって習得してやるよ。
――オレはな。『戦争の勝者』程度で終わるつもりじゃねェ。
もう一度ドレッドノートを、大陸一の海賊団に戻してやらァ。
ありがとうよ、オッサン。お前ェの練術の教え方も、ばっちり覚えたぜ。
この戦争にけりをつけて南の海に帰ったら、オレも皆に教えてやるつもりだ。
まずァ……とりあえずヴァンガードの連中を叩き潰してやらねェとな。
あいつら、オレらがいねェのをいい事に、南の海である事ねェ事吹聴して、調子付いてるみてェだからよ」
「……ああ、ヴァンガード海賊団か。
おれも、奴らの事はスループ船の連中から聞いている」
上機嫌が一転、あからさまに不機嫌そうな様子でデイヴィが一発舌打ちすると、
ラーンもまた、先刻とは質の違う苛立ちを纏わせたため息を吐く。
そういえばすっかり忘れていたけれど、俺たちがヴルカンに着いてすぐにドレッドノートの生き残りを迎えに行った時、
ヴルカン海軍の兵士が―恐ろしくドジで、盆暗な兵士だった―、南の海がドレッドノートの不在で群雄割拠の状態に
陥っている事に関し、「ヴァンガード海賊団が云々」と言っていたっけ。
あの兵士はその海賊団について、「中規模の大きさをした力をつけつつある海賊団」としか言っていなかったが、
ラーンはもっと詳しい情報をドレッドノートの残党たちから得ていたようで、
まだ何ヶ月も前の事でもないというのに遠い昔を省みるような気分でそれを思い出していた俺の前で、
ラーンが今度は忌々しげに舌を打ち鳴らすのが聞こえてきた。
「連中は、やはりそれなりに力をつけてはいるようだ。特に、頭領が厄介な奴だと聞いている。
奴らの頭領は『G・G』と呼ばれる女だそうでな。
南大陸の獣人族の血が入っている所為か、獣人族が使う『獣術』とかいう妙な術式を使って、
他の弱小海賊団を制圧しているらしい。
とはいえ『血が入っている』というだけだから、毎回上手くそれを発動できる訳でもないそうだが」
「ケッ、上等じゃねェか。
奴の獣術とオレの練術、どっちが勝つか勝負してやらァ。てめェの分ってモンを、よくよく判らせてやるよ。
―――あァ!!」
と、デイヴィは急に凄まじい大声を上げると、両手で帽子ごと頭を抱えた。
菫色の目が大きく見開かれ、肌が忙しく赤くなったり青くなったりと変化していく。
今度は一体何事かと、揃って固まりかけた俺たちではあったが、
彼はただ単に、ヴァンガード海賊団の団長以上に憎たらしい相手の事を思い出しただけのようで、
デイヴィは大股にリーヴァイへと歩み寄ると、彼のマントに掴み掛かってこんな言葉を吐いたのだった。
「おい……よく考えたら、ハーマンの野郎も練術使えるようになってンじゃねェか!!
素質が『地』だからって油断できねェぞ……何てことしてくれやがるんだよ、オッサン!!」
「いや、急にそんな事を今更、己(おれ)に言われてもな。
今回、己らはヴルカン軍に協力する代わりにこの戦争に参加させて貰えてるんだから、
まさかハーマン軍長だけ仲間外れにする訳にもいかんだろう?」
「チッ、あんな野郎はぶいた所で誰が気にすンだよ」
「ヴルカンの重臣勢が気にするだろ。あと本人も」
「………チッ」
「―――デイヴィはまだ、我が国と事を構えるつもりで居るんだね」
――そして。
彼より5つ年下の俺でも判る常識をリーヴァイから諭されて、
デイヴィが我儘なガキそのものの表情で3度目の舌打ちをした時、ふとアレクが呟くような声でそう言った。
何処か、彼には似合わぬ「殊勝さ」さえ漂わせているように聞こえるその口調に、
デイヴィがリーヴァイの陰からアレクを睨みつけ、フン、と鼻を鳴らす。
「……前にも言っただろうがよ。
この戦争中は一時休戦、てめェらと馴れ合うつもりはねェってな。
てめェはとんでもねぇ国王様で――椅子の上でふんぞり返って偉ぶるようなクソ野郎じゃねェ事はオレも判ったがよ、
所詮うちとてめェン所は、オレのずっと前の代から戦り合ってる敵同士なンだ。
そもそも、国と賊とが通じ合える筈もねェ……ハーマンの野郎は特にそうだろうよ。
てめェも結局はそうなんだろ?これが一段落ついたら、またオレに砲台を向けてくんじゃねェのかよ」
「……そうか」
「……ケッ、わざとらしく寂しそうな面ァしてんじゃねェよ。
そういう面してッ時のてめェが一番胡散臭ェってのは、オレだってもう判ってンだぞ。
甘ェ振りして、こっちをもう一度丸潰しにしようとでも考えてンだろ。ろくでもねェ」
「………」
――デイヴィも、初めて「ヴルカン王」としての彼じゃなく「アレク」としての彼と行動を共にしてみて、
彼の事を「見直し」ている部分はあるのかもな。
わざとらしいほどぶっきらぼうにそう吐き捨てて、再び前に向き直るデイヴィの背を眺めつつ、
俺はふと、そんな事を思わざるを得なかった。
一方のアレクは無言のまま、顔を軽く俯かせている。
その彼を横目で見遣って、ラーンが頭痛でも起こしているような顔つきで再び額を押さえ、
それに合わせるかのようにうちのタンポポもまた、不必要なせわしなさで首を巡らせていた。
「……デイヴィ。
腹が立つのは判るが、今この男と事を荒立てた所で何も得が無い事ぐらい、お前も判らん訳では無いだろうに」
「そ、そうですよぅ、デイヴィ様ぁ!そんな事を仰るのはよろしくありません!
アレク様はデイヴィ様のご船団を、お助けになって下さった方なんですよ?!
それどころか国を背負われている身だというのに、危険をご承知で私たちと行動を共にして下さっているのに、
そのアレク様の真心を疑い申し上げるなんてぇ」
………いや、「行動を共にしている」という点に関しては、俺は一切感謝しちゃいないし、
むしろ全力で今からでも丁重にお帰り願いたいんだけどな。
人の横で、脳味噌に咲き乱れた花を全面出しにした言葉を相変わらずの大声で口にしているノラを横目で見遣り、
俺は「両方」の意味を込め、デイヴィにもノラにも聞こえるように、声付きでわざと大きく息を吐き出してやった。
確かに、今アレクと揉めた所で、プラスになる事は何1つ無い。
だが、アレクサンダー・ヴルカンという人間の言動を、馬鹿正直に受け入れてはいけないという事は、
今や俺の横に居るタンポポ頭以外の全員が承知している事実だろう。
大体、アレクだって馬鹿じゃない。
デイヴィがアレクと、否、ヴルカン王国と馴れ合うつもりが無い事ぐらい判っちゃいるに違いないし、
ノラの阿呆なフォローなんて、必要がある筈も無かった。
――まぁ判っている上で、牙を立てられる相手には、それが鋭い刃であれ毒の実であれ、
お構い無しに飛び掛って牙を立てるのが「ヴルカンの若獅子」ことアレクなのだろうけど。
不意に頭の中でもう1人の俺がそう囁き、続いてデイヴィの言葉が――
――「そういう面してッ時のてめェが一番胡散臭ェ」という言葉が、頭の中を駆け抜けていく。
そうして、俺はこっそりと目を滑らせると、今も団栗目玉をさらにでかくしているノラから目を逸らし、
自分の反対隣に居るアレクを見遣った。
………想像通り。
そう心の中では呟いたものの、体というのは正直で、俺はシャツの下の腕が軽く粟立つのを感じる。
アレクはまだ、顔を俯かせていたのだけれど――デイヴィが今彼から顔を逸らせているからだろう、
彼はすぐそれと判る「企み」の笑みを唇に浮かべ、デイヴィの背を見つめていたのだった。
「――でも、この戦争が終わったらっていうのも、ちゃんと考えておかないといけないのよね。
まぁ100年200年やり続ける、って言うんなら話は別だろうけど」
枯れに気付かれまいと、俺が慌ててアレクから目を逸らした時。
ふとドリーが、ひょい、と肩をすくめ、聞くからに軽い口調でそう言った。
リーヴァイが苦笑気味に声を立てて笑い、ドリーの頭を軽くポンポンと叩く。
「やめてやれドリー、縁起でもない。
自分の次の、そのまた次の代にまでこの戦争を引っ張るなんざ、国王陛下にとっては悪夢もいい所だろう」
「そういう可能性もある、って話よ!
とりあえず、リーヴァイとしては今後どうしたいの?また放浪生活に戻る訳?」
「そうだな……また何処かの国に素性がばれて、追い回されるのも面倒だが、
1つの国に協力して、人間練術兵器扱いされるのも馬鹿馬鹿しい。
いっそ、この際ぐっと足を延ばして、北大陸にでも行ってみるか?
あそこは滅多な事が無けりゃ人間は立ち入らないようだし、精霊族なんて連中が住んでるらしいし。
今まで見た事の無い連中と一緒にのんびり暮らすってのも、いい余生の送り方かもしれないぞ」
リーヴァイが指を一本立ててそう提案すると、ドリーは眉を大きく下げて唸り声を上げた。
つまらなさそう。
その顔ははっきりと、そう言っていた。
「そりゃ、枯れる所まで枯れ切ってるリーヴァイはいいかもしれないけどね。どうせなら東大陸の方に抜けたら?
あっちは練術文化尚華やかなる地域じゃない、リーヴァイなんて『ただの大きな人』で済むんじゃないの」
「うーん、それもありだろうけどなぁ。
話に聞いているだけだが、どうも東大陸の竜族とはそりが合わなそうな気がするんだ……何でも、
他民族を完全に見下してるって噂じゃないか。
そんな連中の所にいたら、『ただの大きな人』じゃなく『無駄にでかい上に練術を使う生意気な人間族』っていう
扱いをされそうな気がするんだが」
「―――!オレにいい考えがあるぜ、オッサン!行き場がねェんならうちに来りゃいいじゃねェか!
ドレッドノートは来る者拒まずだ、親子纏めてうちで面倒看ようじゃねェか!」