「確か……王族には、『地』の素質の人間が向いてるんじゃなかったかな?
よかった。これで私も安心して、君に『国王代理』を任せられる」
「や………やめて下さい、アレク様!
変なからかい方をなさらないで下さいよ!
と言いますか、あなたの場合、その言葉がおそらくはかなり本気でいらっしゃるというのが、からかわれる以上に嫌なのですが?!」
アレクの手を逃れたサイラスが、眉根に気弱そうな、それでも強い警戒の篭った皺をつくり、本をしっかりと胸に抱えて、アレクに向かって叫ぶ。
その彼の近くに、再び歩み寄りながら、アレクは肩をすくめた。
「嫌だな、人聞きの悪い。
でも……たとえ本気でも、問題は無いだろう?
君は『地』の素質を持っている上に、冷静さでは優秀とされる『水』の素質を持っているんだ、きっと私以上に、いい『国王』になれると思うけどね?」
「ああ、あんな事教えなきゃ良かったっ……!!
本当にやめて下さいよ、アレク様?!
ぼく、『国王代理』なんて引き受けませんからねっ?!」
「いい考えだと思ったんだけどな?
私と君とは偶然にも、髪も同じ金色だし、目も同じ青色だし………」
「似ている点を列挙しないで下さいよぉ!!
んもぅ、アレク様ぁ!!」
サイラスが、最早悲鳴と呼んでもいいだろう金切り声を上げ、いつも以上の勢いで、金色の髪を掻き毟る。
宙に舞った、その髪の一房を、器用に指先で捕まえて、自分の髪の毛と比べながらニヤニヤ笑っているアレクをみていると、俺にはサイラスの肩書きに、「総司令官代理」に続いて「国王代理」が加わるのが、そう遠くない未来の話に思えてならなかった。
こっそりと肩越しに振り返ってみれば、マーカサイト総司令官もまた、苦々しい表情で額に手をやっている。
うん。
これは、間違いないな。
後は一体、何日「国王代理」の肩書きが付かないでいられるかの勝負、って所か。
俺が笑い声と、震える肩とを必死で抑えていた時、マーカサイト総司令官の咳払いが聞こえてきた。
別に、俺の笑いがばれた訳では無いようだった。
「……さて、これで一通り、素質は判った訳ですな。
それで、一体どうすれば、練術が廃れた時代の我々――おっと、陛下方が、練術を使えるようになるのですかな」
長机の周囲に固まる一同をぐるりと見回して、マーカサイト総司令官が、やはり少々未練がましい様子でリーヴァイに訊ねる。
それを受けて、リーヴァイは少し曲者めいた笑みを浮かべ、首を軽く傾げた。
「己(おれ)も、練術士だった訳じゃないからな。
一般的な教え方しか出来ないとは思うが」
「一般的な教え方……と、申しますと?」
「己の親父が、己と兄貴に教えてくれていた方法と、学校で練術士の爺さんが、己たちに学ばせた方法さ。
まず、第一段階としては、そうだな…………」
リーヴァイは一旦言葉を切って、握り締めた手をテーブルの上へと出した。
まるで、手品でもするかのような、演技がかった調子で、彼がその手を開く。
―――その掌の上で、小さな竜巻がくるくると渦を巻き始めたのと、彼が再び口を開いたのは、ほぼ同時だった。
「………しっかりと、思い出す事かな。
人間も、この世界に働きかけるに足る――そして、動かすに足る存在だって事を」
――――そうして。
頭をヴルカン城の客室塔へと戻して。
俺はイアンを前に、腕組みをして唸り声を上げた。
「うーん………
でも、まさか思ってもみなかったな。
練術の出発点が、あんな阿呆らしい精神論だったなんて」
「ピノ様……失礼を承知で申し上げますが、そんな事を仰っているから、なかなか練術を使えるようになれなかったのではないですか?
ピノ様は僕たちの中でも、デイヴィ様に次いで2番めに強い、練術の力をお持ちでしたのに」
「うん……同じ事をリーヴァイに怒られたの、今思い出したわ。
ま、今は多少なりと使えるようになってるから、いいけどさ」
ベッドの上に両脚を乗せ、それを抱え込んで軽く体を揺すりながら、俺は再び、小さな唸り声を上げる。
俺たちの練術訓練は、練術素質の検査を受けた直後から始まった。
まずは、例の精神論を初めとした、練術の基礎を。
これには書庫から大量の文献を取り寄せたサイラスも、リーヴァイの助手として加わったのだが、それはまぁ、どうでもいいだろう。
練術について、それが「既に廃れた術式」としか知らなかった俺は、練術というのは燃やすものの無い所に炎を燃え上がらせ、乾いた所から水を湧き上がらせる、荒唐無稽なものだと思っていた。
今まで俺たちの目の前で、リーヴァイがかましてくれた練術が、やたら規模の大きいものだったという事も、その考え方を助長しているだろうけれど。
だが、いざ習ってみると、それは以外にも理に適った部分を備えていた。
生き物の体に備わっている「燐」は、練術の炎を起こす一助にはなるけれど、人間の手でそこから「発火」を起こす為には、往々にして火薬や艾、灯心など、「火を点けるに適したもの」が必要となってくる事。
何も無い所から「水」を生み出すには、空気の中の水分や、土の中の水気を引き出すほか無く、それが無い場合は自分の体の中にある水分を使うという、かなり危険な芸当をしなくてはいけないという事。
「風」や「地」は、「働きかける相手」がほぼ無限にある分、働きかけるこちらがちゃんと注意しなければ、術が暴走して酷い事になりかねない事、等々……
それらを学んだ後、それこそ俺たちにとっては雲を掴むような気分の実践訓練が始まって。
夢見た「空を飛ぶ」事は、まだまだ大して出来ないものの、俺は、「高い所から飛び降りて空中で制止する」事ぐらいは、どうにか完璧に出来るようになっていた。
そして――「風」の中でも「空気」に作用する事の出来る俺は、「空を飛ぶ」以上の大変な術まで訓練する事になった。
それが、「夢渡り」の術だ。
「夢渡り」とは、夢を介して誰かの記憶や「過去」の中に潜り込むという、俺としては「これぞ練術」と言いたくなるような、「荒唐無稽」な術だった。
この、堂々としたプライバシー侵害方法と呼でもいい術は、かつては「空気」の素質を持つ「英雄」が、敵の弱点を掴んで行動を起こす機を計る為に、使っていた術らしい。
俺は、イアンが今さっき言った通り、練術を習った面子の中でも第2位の「力の強さ」を有していた為、訓練をすれば「夢渡り」を使えるようになる、とリーヴァイに言われ、この術の訓練を自分から申し出た。
理由は勿論、決まっている。
「敵に勘付かれる事の無い密偵」になる為だ。
相手に勘付かれる事無いままに、プロメテウスから軍事情報を――何よりあの将軍から、オートマトンの情報とあいつの「不滅」の理由とを、盗み取ってやる為だ。
その為なら、俺はどんな訓練だって受けるつもりでいるし、今も実践をしつつ、訓練を続けている。
アレクもこの術を練習しているらしいが、リーヴァイによると成功させられる確率は、俺の何倍も低いらしい。
しかも、「空気」の傾向が弱い人間がこの術を使うと、悪くすると夢の中に閉じ込められ、植物状態になりかねないそうなので、マーカサイト総司令官が率先して、彼が「夢渡り」を訓練するのを止めているそうだ。
―――俺としては、アレクが使えるという「空気中や体に発生する静電気を集結させる」術や、「空中に現れた雷雲に作用して、雷を落とさせる」という術の方が、よっぽど派手で格好いいと思うし、
何より、俺が彼に勝つ事の出来る唯一のポイントになる訳だから、あまりアレクに「夢渡り」を練習して欲しくは無いのだけれど。
今回だけは、あの四角い総司令官を応援したい気分だなぁ。
俺がその思いと共に、額を押さえてため息を吐くと、イアンが小さな声をあげて笑うのが聞こえた。
何だか、見透かされているような気さえした。
「それでも、僕を含めてみんな、この時点で練術がそれなりに使えるようになって、良かったです。
ピノ様の『夢渡り』の成功率も、上がってきたと聞きますし」
イアンがそう言った時、不意に俺の背後から、ノラの声が聞こえてきた。
さっきまで平和そうな顔をして寝ていた、あの鈍いタイクーン型ガジェットは、どうやら今度はうなされているようだった。
「う……うーん………
リ、リーヴァイ様ぁ………
大変ですぅ…………ピノ様が起きないんですぅ………
こ、これが『夢渡り』の後遺症なんですかぁ………
早く、早くどうにかして下さいぃ………」
………この野郎。
思いっきり縁起でもない夢見やがって!
殴り飛ばしてやりたいが、それで起きられて、「ああー、ピノ様ご無事でよかったですぅ!」などと、静まり返った真夜中のヴルカン城に響き渡る声でも上げられた日には、堪ったものじゃない。
俺は拳を握り締めて、怒りを内側へ押さえ込むと、ノラに向けていた眼をイアンに戻して、再度深々とため息を吐いた。
「まぁな……狙った夢は、まだ上手く見れていないけど、とりあえずいつもプロメテウスの巨大将軍と、『国崩しのイージス』、それとオートマトンの事を考えて寝るようにしてるよ」