手紙を渡したその日から、
もう逢うことはないのかもしれないあの人を
頭の片隅に残したまま、
なんだか落ち着かなくなったんだ。
渡した手紙には
一言も好きだなんて書いてはいないけど、
精一杯に社交辞令を並べた私の
隠しきれない本心は、
添えた会社の名刺裏に
小さく書き落とした
携帯番号とメールアドレスにあった。
秋の夕方はあっという間に暗くなり、
長い夜は
その時間をたくさんもて余しているはずなのに、
唯一欲しかったあの人からの便りは
二晩過ぎても届かなかった。
三日目の夜は月曜で、
通勤電車の窓越しに光る
携帯電話の着信ランプは、
ずっとずっと待ち望んでいた
まだ知らないメールアドレスからの便りだった。
通勤電車の騒音に負けないくらいに
私の心は波打って、
その鼓動は
あの人への想いの全てだった。
こんなにも待ちきれないくせに、
ふいになんだか怖くなってしまった私は、
あの人から初めて受け取ったそのメールを
しばらく開くことが出来なかったんだ。
おそるおそる覗いた
メールの件名には、
大好きなあの人の名字と
「!」マークが一つだけ。
やっとの思いで開いたメールには、
あの人らしい飾らない優しさと
何てことはない気さくな返事が記されていた。
溢れる幸せと
隠しきれないトキメキを
胸いっぱいに抱えた私は、
降りたホームの人混みなんて
これっぽっちも気にならなくって、
思わずスキップしたくなるような
秋の涼しい夜だった。
「今日は月が綺麗ですね!」
私が寝る直前に
あの人らしくもない
ロマンチックな「おやすみなさい」をくれた。
文学的知識とは疎遠の私だったのに、
この秋空にはおぼろな雲で
月なんて全く見えなかったのに、
今でもふと、
月夜の空を見上げてしまう癖を私につけてくれた人。
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