とても素敵な人が出てくる映画。
細やかで、でも包容力があって、家庭的で。
こんな彼女なら私もほしい(´▽`*)アハハ
おっと、できるだけあらすじ言わないで書くことにしてるから、ここからは発想をとばす。
ある人から聞いた言葉で、「道親」っていうのがある。
血が繋がってない、道ですれ違った子のことも見守る、頼もしい大人であろうじゃないかって考え方なんだって。
ま、こんな言葉紹介しといてなんだけど、私はそれができてなかったな。
仕事もせずにフラフラしてる、そんな大人は子どもの教育に悪いって思ってた。
・・・・違うな。
私が無遠慮に触れられたくなかっただけ。
無職だった頃は、できるだけ子どもを遠ざけてきた。
無邪気に傷つけられるのが怖かった。
病気に逆らってでも頑張りたいと思える仕事に出会って、いろんな人の手を借りながら強引に道を切り拓いて。
やっと少しだけ顔向けできるようになったような気がする。
丸腰でいる怖さは、今も忘れてない。
他のだれかが同じ状況でも、あんたはダメな人間だ、なんて思わないのにね。
どうして自分にだけそんなに冷たいんだろう。
でも子どもの頃を振り返ってみると、普通じゃない大人は結構好きだったような。
説教くさい主任や生活指導の先生は私を変わり者扱いしたけど、図画工作のいつも変なシャツ着てる先生はすごく可愛がってくれた。
友達のお父さんで「氷持ってって、みんなの背中に一個ずつ入れてこい」とかっていつもイタズラをけしかける人が居たけど、その人も好きだった(´▽`*)アハハ
他の大人は知らない中学生である私に声なんかかけてくれなかったけど、スカートおじさんはすれ違うと「こんにちは」って言ってくれた。
子どもは普通じゃない大人と相性がいいのかもしれない。
だって普通の大人は勉強しなさいとか言うもんな。
赤点取ったら怒るもんな。
良い普通じゃない大人は子どもを緊張させない。
ちょっとつっこみどころがあるのが安心。
私もそう思ってたはずなのに、勇気が持てなかったな。
いろんな境遇の人が居るだろう。
こんなはずじゃなかったと思う人も居ると思う。
今だから思うのかもしれないけど、そのコンプレックス、弱みだけでもないかも。
自分らしく生きて普通じゃなくなるなら、普通じゃなくて結構。
幸せな普通じゃない人でいたらいい。
いろんな人が居るんだって、子どもに見せるのも教育なんだってさ。
なーんて。
あらすじ避けて書くの難しいねー。。σ(´┰`=)