3.11
あの日から二年。
もう二年、まだ二年。
人それぞれ違うと思う。
あの日、目を疑った現実に
何を言葉にすべきか、どう行動すべきか、俺はわからんくなった。
現地に足を運んで、微力ながらお手伝いさせていただいて、
お話しさせていただいて。
それからも、『葉桜』という曲をうたっていいのかということも悩んだこともあった。
人間だから、日々の自分の生活に一生懸命になることは当たり前。
それぞれが、それぞれの人生、精一杯生きとるんやけん。
やけど、ふとしたとき、
自分に何かできるなと思ったとき、目を向けよう。
そこには今も沢山、やることがあるはず。
正直、この二年。
国は何も出来とらんと思う。
あっちゃこっちゃいったりきたり。
国を動かす人が精一杯になるべきことは、一生懸命になるべきことは、
与党になるためだけのことやなく、足の引っ張り合いすることやなく、
ちゃんと手を挙げて国を一つにすることやないんかな。
…なんて、思うこともあるけど、
自分達一人ひとりにも何かできることはあるはず。
まずは隣の人を大切にしよう。
そしたらそれが連鎖して、きっと東日本にも届くはず。
力の有り余っとる人は直接いって直接何かできることをしよう。
いや、まずは考えよう。
この日を迎えることで、何かを考える、
まずはそれが大事。
答えは人それぞれやけんね。
俺もまたいつか、気仙沼に行きたいと思う。
今日という日、今一度、考えよう。
3.11 失われた多くの命、お悔やみ申し上げます。