桃太郎日本の昔ばなし、「桃太郎」の話を聞いたことがありますか。
話のあらすじは、こんなふうです。
ある日のこと、おばあさんが、川で洗濯していて、とても大きな桃を
拾い上げました。
桃から生まれたその子は「桃太郎」と名づけられました。
大きくなった桃太郎は、そうです、三匹の家来、犬、猿、雉を引きつれて
鬼が島を襲い、鬼が村人から奪った宝を持ち帰りました。
聞いたことがありますよね。
でも実は、この話には続きがあるのです。

桃太郎は、それからは英雄として有名になりました。
その素晴らしい評判は、宮廷でも知るところとなり、桃太郎はそこで働く
ことを命じられました。
居(すまい)を都に移し、桃太郎のそこでの生活が始まりました。
忙しさのあまり、親元に戻る暇はありませんでした。
それまで親切で働き者だったおじいさん、おばあさんは、桃太郎が鬼の
宝を持ち帰ってからというもの、すっかり欲張りになってしまった感が
あります。
自分でも気づかぬうちに、性格が少しずつ変わってしまったのでしょう。

ある日のこと。おじいさんは、山で大きな李(すもも)を見つけて、家に
持ち帰りました。
赤ん坊がそこから出てきたので、「李太郎」と名付けました。
見る見る大きくなり、たった数ヶ月で背の高い立派な男の子になりました。
おじいさんは、この次男坊に再度鬼の宝を取って来させる、またとない機会
と考えました。
おじいさんは、李太郎に、鬼が島での桃太郎のことを話してあげました。
桃太郎にあったことのない李太郎でしたが、兄がどんな人か想像できました。
でも、桃太郎とは違って、李太郎は、人と争うのが嫌いな心優しい少年でした。
欲張りおじいさん、おばあさんに鬼が島に行くように言われても、李太郎は
直ぐに「はい」とは言いませんでした。
おじいさんは、いらいらして、何度も何度も言いました。
「李太郎、鬼が島に行って、桃太郎のように宝を取って来なさい。」
おばあさんが団子を作ると、二人は李太郎がどうにかして一刻も早く出か
けるようにしむけました。
鬼が島への道中、李太郎は犬に出会いました。
他の二匹の仲間と桃太郎に仕えたあの犬です。
「桃太郎のように鬼が島に行くところなんだ。手伝ってくれたらお団子をやるよ。
ついてくるかい。」
と李太郎は聞きました。でも犬はまったく関心を示しません。
「むかし桃太郎に仕えたけど、有名になって、宮廷で良い仕事についている
のに、僕にはおばあさんが作った団子しかくれなかった。
君も同じでしょう。もうあんなことする気にはならないな。」
李太郎は、猿にも雉にも会いましたが、結果は同じでした。
結局、一匹のお供もなしで一人で鬼が島に行くことになりました。

陸を越え、海を渡り、やっとのことで鬼が島に到着しました。李太郎は、
もうヘトヘトでお腹はペコペコです。
持ってきた団子も全部食べてしまい、食べるものは何も残っていません
でした。
ふと周りを見ると、熟した果実がたわわになっている木が目に入りました。
手を伸ばして一つ食べてみました。何と美味しいことでしょう。
李太郎は、次から次へと食べてしまいました。
果たして幾つ食べたのでしょうか。しばらくして、食べるのを止めて、
ほっと一息しました。
すると、頭に襟巻きを被ったきれいな女の子が、こちらを見て、近づいて
来るではありませんか。
「あの、ここでは見なれない方ですが、はじめまして。
私、杏(あんず)と申します。」
「どうも。僕は李太郎です。ここに着いたばかりです。はじめまして。」
「頭に角があるところを見ると、あの木になっている鬼の実を食べましたね。」
「角。僕の頭に角。変なことを言わないで下さい。」
「あの実を食べると頭に角が生える、ということを知らなかったのですね。」
李太郎は、女の子が何のことを言っているのか信じられませんでした。
半信半疑、手で頭を触ってみました。
何だ。頭の上にあるのは何だ。李太郎が聞き返そうとすると、杏が言いました。
「ほら、私にもあるでしょう。」と頭にかぶっていたものを外しました。
「いつの日のことか、この辺で道に迷ったことがありました。
暑い日のことで、喉が渇いて、あの実をつい食べてしまいました。
そして、こんな姿に。」
杏は、とても姿、顔立ちのよい女の子ですが、頭に角が二本生えていました。
「それからは、あなたたちの言う鬼と一緒にここで生活しています。
鬼たちも大方の祖先は、かっては普通の人間でした。
ところが、鬼の実を食べて、角が生えてしまい、人間社会に戻ることを
あきらめたのです。」
「鬼が人間だったなんて初耳だな。てっきり鬼はけだもので、
子供を捕まえたり、宝を盗んだり、悪いことばかりしていると思っていた。」
「それはまったくの誤解です。ここの人たちはみんな心やさしい働き者です。
それに、平和に暮らしています。」
李太郎は、杏の話に意を決しました。
心を静めて、勇気を振り絞って、杏に聞きました。
「桃太郎のこと聞いたことあるかなあ。数年前、この島に来たんだそうだけど。」
「知らないはずがありません。あの悲惨な日のことは忘れようがありません。
桃太郎と三匹の家来、犬、猿、雉が、この島に襲ってきたのです。
私たちの社会をめちゃめちゃにしました。
家々を破壊し、多くの同朋を死傷し、私たちの汗と涙の大切な宝物を奪って
いきました。桃太郎こそ、私たちの憎き敵(かたき)です。」
「鬼は、残酷で醜いけだものだと思っていましたが、あなたの話で、そうでは
ないと言うことが、はっきりわかりました。
僕たちの住む社会ではまだ、鬼はけだもの、と思われています。
そして、鬼を退治した桃太郎は、今や英雄です。」
李太郎は、大きく深呼吸をすると、最後の勇気を振り絞って言いました。
「言いづらいことですが、実は桃太郎は僕の兄です。
あなたが兄を憎む気持ちはわかります、でも信じてください。
僕は、正義をかざし、正義を守るふりをして戦うような人間ではありません。
この島に来たのも、兄と同じようなことをするよう、親に仕向けられたからです。
兄のようなことをする気はまったくありません。
鬼が悪者ではないとわかったからには、もう家に帰るつもりはありません。
僕の頭にも角が生えていることですし、僕は、ここの社会の一員になりたい
と思います。
あなたとみんなが受け入れてくれるなら、是非この島で暮らしたいと思います。
そしてあなたと共に鬼社会の理想郷を築きたいと思います。」
李太郎は、桃太郎が兄である、という事実を正直に話しましたが、杏と
心やさしい島の人たちは、李太郎を受け入れてくれました。
李太郎と杏は、まもなく恋に落ち、永久(とわ)に鬼が島で幸せに暮らしました。