Bakit?-Pampanga003

ランの家の周辺に着いた。
住所は聞いていたが実際はどこにあるかわからなかった。
表札があるわけでもなく、住宅地図があるわけでもなし。
日本のようにきっちりあるほうがすごいことだ。

今回同行している師匠の彼女のAteがランの苗字から家を
探してくれたり、ランのNanayの携帯番号は聞いていたので
連絡を取りつつ家を探した。

そしてたどり着いた場所。
それがランの生まれ育った家。
何千キロと離れたこの場所からランは日本に来たのだ。

まずは挨拶と思ってはいたのだが、どれがNanayかわからない・・・
それもそのはず、その家には20人近くの人がひしめき合っていた。
大半は子供だったが、なんとかランのNanayに会って挨拶もできた。

ランのいとこが昔、日本にいて日本語が少しわかるらしい・・・
そのため、ランの要請で家に派遣されていた。
しかし、いとこの家はすぐ近くなのでほっといても来ていたであろう。
なんとか意思疎通ができることがわかったため、僕は一人で
その場に残り、師匠達は彼女の実家へと向かった。

さて、取り残された僕ではあったが当初の予定通り、ご飯を
振舞ってもらった。
始めはみんなで食べようと遠慮していたのだが、後日師匠から
聞いた話では、ゲストが優先で食べるのだという。

出てきた料理は、たまごスープのようなものと、ブタの角煮のような
もの、フライドチキン、テラピアのバーベキュー、ライス。
こんなにたくさん出てきて、きっとご馳走なのだろう。
ブタの角煮のようなものは、日本人好みの味でとてもMasarapだった。
どれもMasarapだったので一通り食べた。

食休めの後は、やっぱり写真。
日本人なら逃げていくのであろう。
しかしそこはフィリピン人、ポーズをとったり、ごく自然にファインダーへ
写りこんでいる。
ランへのお土産でもあるので、ランの家族に並んでもらったり
家を写したり、町並みを一通り写すことにして、僕はいとこと共に
ランが育ったその町をぶらつく事にした。


~~ つづく ~~