ランの家の周辺に着いた。
住所は聞いていたが実際はどこにあるかわからなかった。
表札があるわけでもなく、住宅地図があるわけでもなし。
日本のようにきっちりあるほうがすごいことだ。
今回同行している師匠の彼女のAteがランの苗字から家を
探してくれたり、ランのNanayの携帯番号は聞いていたので
連絡を取りつつ家を探した。
そしてたどり着いた場所。
それがランの生まれ育った家。
何千キロと離れたこの場所からランは日本に来たのだ。
まずは挨拶と思ってはいたのだが、どれがNanayかわからない・・・
それもそのはず、その家には20人近くの人がひしめき合っていた。
大半は子供だったが、なんとかランのNanayに会って挨拶もできた。
ランのいとこが昔、日本にいて日本語が少しわかるらしい・・・
そのため、ランの要請で家に派遣されていた。
しかし、いとこの家はすぐ近くなのでほっといても来ていたであろう。
なんとか意思疎通ができることがわかったため、僕は一人で
その場に残り、師匠達は彼女の実家へと向かった。
さて、取り残された僕ではあったが当初の予定通り、ご飯を
振舞ってもらった。
始めはみんなで食べようと遠慮していたのだが、後日師匠から
聞いた話では、ゲストが優先で食べるのだという。
出てきた料理は、たまごスープのようなものと、ブタの角煮のような
もの、フライドチキン、テラピアのバーベキュー、ライス。
こんなにたくさん出てきて、きっとご馳走なのだろう。
ブタの角煮のようなものは、日本人好みの味でとてもMasarapだった。
どれもMasarapだったので一通り食べた。
食休めの後は、やっぱり写真。
日本人なら逃げていくのであろう。
しかしそこはフィリピン人、ポーズをとったり、ごく自然にファインダーへ
写りこんでいる。
ランへのお土産でもあるので、ランの家族に並んでもらったり
家を写したり、町並みを一通り写すことにして、僕はいとこと共に
ランが育ったその町をぶらつく事にした。
~~ つづく ~~