「なぁなぁ、あの場所知ってるか?」

仕事仲間との飲み会の席で、加島君に同僚の西君が突然そう切り出した。
昔は結構な観光名所だったが、すっかり寂れてしまった今はちょっとした心霊スポットになっている場所だ。
夜「肝試し」と称し、興味本位で訪れた者は必ずといって良いほど「何か」体験出来るらしい。
噂は知ってはいたが、加島君は行った事がない。
だが、成り行きで今度の休みに一緒に行く事になってしまった。
但し、日中に。
怖い話は好きだが、自分が怖い目に遭うのは別なのだ。
これだけは絶対に譲れなかった。

そして休みの日。
加島君と西君ともう一人の同僚山口君は、車で一時間半の所にある件の観光地に出掛けた。
着いてみるとそこは確かに人気もなく、崖に面した展望台の2、30m下では、荒波が打ち寄せて白い飛沫を上げている。
気のせいか、潮風がやけに冷たく感じた。
相当な賑わいを見せていた筈の茶屋も今は傍らにひっそりと佇むばかりで、当時の面影は微塵も残っていない。
茶屋の前の自販機もぼろぼろに錆び、半ば打ち捨てられたようになっていた。

「じゃ、ちょっと探索でもしてみっか」
西君の提案で崖下に向かって行ってみる事にした。
三十分も歩いただろうか。
崖下の探索は呆気ない程何もないまま終わった。
崖下から戻って茶屋の近くにあるベンチに腰掛け、一息入れる。
「何にも起きなかったな」
「やっぱ昼間に来てもダメなのかな」
そう話す西君達だったが、酒の勢いもあったとはいえ、加島君にしてみれば本来気の進まなかった「肝試し」である。
その上実は崖下に降り始めた直後、加島君は何者かに足首を掴まれていた。
二人にそれを訴えたが、気のせいだと軽く流されてしまっていたのである。
それもあって、とにかく早く帰りたいという思いで一杯だった。

「何か喉渇いたな」
山口君が座っているベンチの背後にある自販機に目をやる。
潮風やら波やらで錆び付いていて今にも倒れそうなそれは、どう好意的に考えても稼働しているようには思えない。
「まぁ、ものは試しって事で」
山口君はベンチから立ち上がると自販機の前に立ち、ポケットから百円硬貨を取り出した。
投入口に硬貨を押し込もうとするが、中が既に詰まってしまっているのか、全く入っていかない。
「やっぱダメだわ」
そう苦笑いしながら、またベンチに腰掛けたその時だった。
――ゴトッ
突然自販機から何か大きな音がした。
一瞬、ビクリと身を竦めたが、きっと気のせいだろうと三人はそのまま他愛もない話を続けた。
――ゴトゴトッ!
再び大きな音が自販機から響く。
さすがに黙っておれず、西君が自販機の様子を見に行った。
見た目には特に変化はない。
もしかして何かの拍子にジュースが落ちてきたのかもしれないと、取出し口に手を入れた西君の顔に疑問符が広がった。
そこから次々と取り出されたのは、ごつごつとした握り拳大の石が三個。
その後も取出口を弄っていたが、それ以外何も入ってはいなかった。
「誰か悪戯して入れたんだな、きっと」
ベンチに戻り、山口君にそう言って西君は笑う。
――ゴトゴトッ
自販機からまた「あの音」がした。
今度は山口君が確かめに行くと、先程と同じように取出口に石が三つ入っている。
「お前、さっき取り忘れたんだろ」
そう言って笑う山口君に西君はムキになって「絶対に全部取った」と言い張った。
そういう事が二、三度続いた後、「まぁ、もう帰ろうや」と、加島君は二人を宥めるようにしてベンチを立った。
音がして自販機を覗く度に石が三つ出てくるなんて、まるで自分達の人数に合わせているかのように思えて、加島君はとにかく気持ち悪かったのだ。

「いってーな! 何だよ!」
駐車場に向かって歩き出した途端、後ろから西君の怒鳴り声がした。
加島君と山口君が振り返ると、頭をさすっている西君と目が合った。
その途端に西君は酷く戸惑ったような表情を浮かべた。
聞けば後頭部をゴツンと殴られたような感触があったという。
てっきり加島君達がふざけたのだと思ったが、自分が最後尾だと気付いて困惑したのだと。
狐につままれたような思いで再び歩き出して間もなく、山口君が明後日の方向を指差した。
「あれ、何だ?」
指が示す先には、ぽつんと小さな祠があった。
展望台の陰に隠れて見えてなかったのか、それまで加島君達はそこにそんなものがあるという事に全く気付いていなかった。
好奇心で見に行ってみたが、何の変哲もないどこにでもあるような祠だ。
花や供物もなく、今は誰も世話をしていないようである。
一通り見たが、特にこれといったものもなく、三人はまた駐車場へと向かうため踵を返した。

「いてっ!」
今度は山口君が声を上げた。
西君同様、頭をさすっている。
同じように後頭部に何か衝撃を感じたと言うのだが、ここには自分達三人以外誰もいない筈。
――と、その時。
「危ないっ!」
西君が大声を上げると同時に素早く身を屈めた。
その瞬間西君の上を越えて、何かが風を切るような音を立てながら、凄い早さで加島君の耳スレスレを掠め去った。
自販機から出てきたものと同じ、あの石だ。
「な、何だよ、あれ」
呆然としている三人に、石はまるで次々と襲い掛かるように飛んでくる。
「どっから飛んできてんだよっ!!」
半ば怒った西君が、石の飛んでくる方向を見定めようと辺りを見回した。
西君の目線が止まる。
石は祠から飛んできていた。
ついさっき、祠を見た時には石などどこにも身当たらなかった。
石どころか、何もなかった筈だ。
だが、石はそこから三人目掛けて飛んでくる。
祠の中から突然「フッ」と現れ、三人に向かって一直線に飛んでくるのだ。

加島君達は夢中で駐車場まで走った。
一体何が起きているのか、訳がわからない。
でも、とにかく早くこの場を立ち去らなければマズい。
ただその思いだけに支配されていた。

何とか車まで辿り着き、西君は慌てて鍵を取り出した。
「早くっ!」
「何やってんだよっ!」
「ちょっと待てってば!」
二人に急かされるものの、焦りで指が縺れて上手く開けられない。
漸くどうにか鍵を開けると、みんな我先にと乗り込んだ。
だが、今度は車がなかなか発進しない。
「早く出せよ!」
そう加島君が後部座席から身を乗り出した時、運転席で西君が悲鳴を上げた。
必死に足元を指差している。

アクセルとブレーキの下、握り拳大の石がしっかりと床に刺さるように置かれていた。
どちらも踏めないようにされていたのである。

それ以降、加島君達は二度とその場所へは近付いていないという。




原典:超-1/2010 寂れた名所