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天平勝宝4年4月9日に奈良県にある東大寺にて大仏様開眼供養が行われたことにちなんで記念日が設けられております
開眼供養も何も、目を閉じてるじゃん…と
今まで思っていたのですが、よく見ると
薄目開けてこちらを見てますね…
怖ッ!(;°-°;)))コワ…
大仏さんってそういう人(?)だったんだ…
クイズ!松永久秀が戦いで燃やしちゃったものって何?
答えはなんと東大寺のアレ!
織田信長をして『ワシはお前を結構気に入っておる
常人なら成し得ない3つの大悪を犯した悪党だ
主家を裏切り、将軍を殺し、大仏を焼き討ちにした』
…の、焼き討ちされたのが、奈良東大寺の大仏と
いうのは通説ですね…
ちなみに、手に持ってるのが『平蜘蛛』という茶器
コレに爆薬を詰めて、爆死自殺したというのが通説です
南都焼き討ちでも一度燃やされてるそうで
何度も焼き討ちされるので、薄目で見ないと
心配なくらい、人間不信になっちゃったかな…?
南都焼討(なんとやきうち)は治承4年12月28日(西暦1181年1月15日)
平清盛の命を受けた平氏軍が、東大寺・興福寺など奈良(南都)の
仏教寺院を焼討にした事件
平清盛(演:松山ケンイチ)
平氏政権に反抗的な態度を取り続ける寺社勢力に属する大衆の討伐を
目的としており、治承・寿永の乱と呼ばれる一連の戦役の1つである
治承・寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん)は、
平安時代末期の治承4年(1180年)から元暦2年(1185年)に
かけての6年間にわたる国内各地の内乱であり、
平氏政権(平清盛を中心とする伊勢平氏正盛流)に対する反乱である
一般的には「源平合戦(げんぺいかっせん、げんぺいがっせん)」
「源平争乱(げんぺいそうらん)」、あるいは
「源平の戦い(げんぺいのたたかい)」などの呼称が用いられる
ことがあるが、この呼称を用いるのは適当でないとする議論がある



