印象に残っている偉人の名言は?
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私は、枝雀師匠のが一番しっくりくるけど…。
落語で知っているわけなのです
竜田川と、崇徳院は百人一首モチーフの
もっとも有名な落語だと思うけど…
この話だけ聞くと、恋愛モチーフと
思わせておいての、その実は
実父の鳥羽天皇から疎まれ
院政で実権を握られたお飾りの
悲劇の天皇だったり
後の保元の乱で大敗して讃岐に
流されたり…。
保元の乱(ほうげんのらん)は、保元元年(1156年)7月に皇位継承問題や摂関家の内紛により、朝廷が後白河天皇方と崇徳上皇方に分かれ、双方の衝突に至った政変である。崇徳上皇方が敗北し、上皇は讃岐に配流された。この朝廷の内部抗争の解決に武士の力を借りたため、武士の存在感が増し、後の約700年に渡る武家政権へ繋がるきっかけの一つとなった
また、崇徳院は日本三大怨霊だし…
日本三大怨霊とは一般に菅原道真・平将門・崇徳天皇(崇徳院)を指す言葉である。 歴史学者山田雄司は、菅原道真・平将門・崇徳天皇が三大怨霊とみなされるようになった背景には、江戸時代における読本や歌舞伎などが大きく影響を与えているとしている
今は讃岐に流され、懐かしい顔々とも
別れてはいるけど、最後には権力の中枢に
返り咲いてみせるぞ…という意味が
込められている…とする説もあるらしい
たった31文字の短歌の背景が
こんなにも波乱に満ちていいものか…
嗚呼、名もなき蜘蛛の一生が
こんなに波乱に満ちていいものか…。
ちなみに百人一首でのランキング
ぶっちぎりの1位はマンガでも
有名なあの一首だとか…
そして、落語でも有名…
千早振る 神代も聞かぬ 竜田川
唐紅に 川括るとは
在原業平朝臣
不思議が多かった神代の昔にも聞いたことはありません。
こんなふうに竜田川の水面に紅葉が真っ赤に映って、
まるでくくり染めにしたように見えるなんて
これ、大元の意味です
千早振る(ちはやふる)が
1000年の昔を振り返っても
…という意味の枕詞で
神、神代、もしくは宇治にかかる
唐くれないとは…
で括り染めというのが…
染色法の一つ。布の所々を糸でくくり、そこを白く染め残して模様を出す染め方。また、その模様。絞り染め
一面に唐紅なわけではなく
そこはかと水面が見えている
(括り染めの技法で白い染め残しがある)
…と表現する事でベタ塗りではない
陰影を表現した…とまで言われる句
竜田川は見た事ないけど
絞り染めの川面ですか…
なんだかステキそうです
でも、竜田川の方は…?
関取の竜田川が贔屓にしていた
ちはやに何度もアタックしているが
体よく振られてしまう
(ちはや振る)
それでは妹芸者の神代にと
言い寄るが、ちはや姐さんが
ダメなものは、あちきもダメで
ありんす…と言う事を聞かない
(神代も聞かぬ)
竜田川関
竜田川は体を故障してしまい
田舎に隠居して豆腐屋をして
生計を立てていたが、ある日
みすぼらしい女乞食が
おからを恵んでくれ…と訪ねてきた
みすぼらしい乞食が実は
自分を袖にし続けていた
ちはやだと知って
意地悪しておからを
くれてやらなかった
ちはやの方も、昔は
自分が袖にしていた男に
おからすらもらえないほど
落ちぶれたと絶望し
入水自殺(水に潜る)して
しまう
そして、水に潜った
ちはやの本名が
『とは』だった…という
まぁ、そういう話なのですが
在原業平朝臣には申し訳ないが
この落語を聞いて以来
間違えなくなりました(;´∀`)
今日もなげーな…
トップテンを紹介するつもりだったが
そんな恐ろしい事は止めておきます(^▽^;)


