今日は絵手紙の日 | 化け猫の住処

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絵手紙?

 

いや立春、立春!!

 

ちなみに何で…

 

2(ふ)  3(み)

→  文の日

絵手紙にした理由か

よく分からんが

 

大江山いく野の道も遠ければ

まだ「ふみ」もみず天橋立

 

和泉式部の御息女

書かれた和歌だとか

 

小式部内侍

(こしきぶ・の・ないし)

 

 

和泉式部といえば、最初の夫である

橘道貞(小式部内侍の父親)

離婚した後の、冷泉院の皇子である為尊親王や

その弟の敦道親王との華やかな恋愛を描いた

和泉式部日記』で知られる、

平安朝を代表する女流歌人の1人です

紫式部日記』の女房批評にも

男にだらしないところがあるけれど、ちょっとした言葉にセンスがあり、歌にも趣がある

という内容で名前が登場しています。

そんな名女流歌人の娘である小式部内侍も、

母親に似て幼い頃から歌の才能に恵まれていました。

 

しかし「2世」であるがゆえに、

彼女の歌は「母親が代作しているのだろう」と

噂が立ち、あまり評価されなかったといいます。

お母さんからの代作の使者は来たの?」と

からかった四条中納言をギャフンと言わせた歌

 

小式部内侍母の和泉式部とともに中宮彰子に仕えていましたが、

(中宮彰子…藤原彰子と言えば、紫式部が仕えていた人として有名)

 

後に和泉式部は藤原保昌と再婚し、丹後国(京都府)へ

下っていきました。

 

そんな時、都で歌合せが行われる事となり

歌を詠む事になった小式部に、中納言・藤原定頼が

次のような質問をした

 

丹後にいるお母さんに、代作を頼む使者は出したの?

 お母さんから代作の文を持った使いはまだ来ないの?

 

その時、即興でこの歌を詠んで

軽薄男を黙らせた…とか?

 

 

大江山 いく野の道の遠ければ

まだふみも見ず天の橋立

生野と、行く

と、踏みの掛詞が

見事な作品

 

大枝山の生野行く道は遠いので

まだ、踏み(行った)事も無いし

お母様からの文もありません

 

歌を詠まれたら、返歌するのが

しきたりだけど、あまりにも

素晴らしい出来で、藤原定頼は

狼狽えて、そのまま逃げてしまったとか

 

そんな才気溢れる女性歌人なのに、

代表作がコレしかないのは、

病気で20代で夭逝したからだとか

 

佳人薄命なのね…(´・ω・`)

 

 

 

 

これは、檀「ふみ」さんだけど

 

 

柴門ふみではないわよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

文は、メールで済ませます

 

けど、小式部内侍の話してたら

 

 
こういう絵葉書、送ってみるのも
面白いかな…と、思いました( ´∀` )
 
小式部内侍って、現代だと
こんなイメージになるのかな?(*^▽^*)
 
 
檀ふみ(若い頃)だそうです( ´∀` )
 
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