馬鹿の語源って知ってる?
一番有名なのが、項羽と劉邦の時代
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時代で行くと、中国史の
秦の始皇帝が亡くなり
劉邦(漢の高祖)が、
ライバルである、項羽を打ち破り
中国統一をするあたり
紀元前205年くらいかなぁ…
かなぁ?…というのは
項羽と劉邦が争っていた時代は
『楚漢戦争』と呼ばれてるらしいのだけど
果たして、この時代のいつなのかは
確定できない…って事に起因する
そもそも、なかったという話もあるし
あ、前振りごめんなさい
『鹿を指して、馬と言う』の話
これは、秦の始皇帝亡きあと
子の、胡亥(コガイ)が二代皇帝に
即位したのだけど、実際には
宦官である、趙高(チョウコウ)が
実権をにぎっていた訳ね
その、権威を示すエピソードとしてあるのが
この話
鹿の絵を指して、『これは馬ですね?』
…と、皇帝に確認する
皇帝は、バカなこと…と、一笑に付するが
家臣は皆、『ハイ、馬でございます』
…と、答え、いわゆる
『白いモノでも、黒いと言いくるめる』状態にあり
趙高の影響力を目の当たりにして
皇帝、胡亥は恐怖を感じた…と
これは、本宮ひろしさんの漫画に出てくるエピソード
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Wikipediaでは
胡亥に対して、謀叛を企てていた趙高が
宮中に鹿を曳いてこさせ
『珍しい馬が手に入りました』と皇帝に献じた。
皇帝は『これは鹿ではないのか』と尋ねたが、
趙高が左右の廷臣に『これは馬に相違あるまい?』と聞くと、
彼を恐れる者は馬と言い、
彼を恐れぬ気骨のある者は鹿と答えた。
趙高は後で、鹿と答えた者をすべて殺したという。
…という話の方が載っています
鹿の絵を指して馬と言う…が、本宮さんの
創作である…と言うよりも、両方の説が流布してる
…というのが正解みたい
ただ、この両方に通じるのは
『馬鹿=愚か』という図式
同じく、Wikipediaで、日本における
馬鹿という言葉の出典として
このような記述もあります
南北朝時代の太平記での「馬鹿者(バカノモノ)」の使用が初出である。
初期の頃での「馬鹿者」は文明本節用集にあるとおり
「狼藉をはたらく者」で、現在の「愚か」の意味を含む言葉ではなかった。
馬鹿が「愚か」の意を含むようになるのは江戸時代の好色一代男あたりからである。
紀元前200年あたりに、愚かとして発生したハズの
馬鹿という言葉が、1370年くらいに、全巻が揃ったと
考えられる、太平記の中で
『乱暴、狼藉をはたらく物』として使われ
1682年になって、やっと、愚か者…という
意味で使われるようになった…
不自然でしょう?
紀元前200年の逸話が、日本に伝来するのは
1370年…おおよそ、1600年後…。
その少し前にでも、古代史ブームでも
あったんかい?…と思うような
時間の空き方ですよね?
更に、当初は、狼藉を働はたらくもの
…と、微妙に意味合いが違います
更に、300年経過し、やっと、本来の意味に戻る
…って、どう考えても、ツッコミ所、満載過ぎだと思わない?
(韓国起源説と同じくらい、変ですよ
馬鹿の起源は、楚漢戦争)
こういう事実は、検証しないで
『馬鹿は、中国語読みで、バロクなので
バカという音として伝わったとは考えにくい』
…なんて方向から、否定してくるとは…。
じゃ、麻婆豆腐は?
マーボーと読みますよね、
マーボ
mápó dòufu
…が、正解みたいよ?
マーポー
ポウッ!!
四川省では、婆は、ポーと発音するので
日本のマーボードウフとは別物だと考えられる
…などと、言ってるのと同じ事だと思うのですが
まぁ、どっちにしても
馬鹿の語源が、楚漢戦争の時代の
『鹿を指して、馬と発す』ではないと思うのは
一緒なのですが
中国から人が来たわけでもあるまい
文書で来たのなら
『馬鹿』をバロクとは読まずに
『バカ』と読むのではなかろうか?
(ちなみに、バロクではなく、
マロクじゃないかと思う)
学者さんも、知識は凄いけど
そこから、結論を導き出すのは苦手なようだ
