無事是貴人 | ばけのブログ

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この辺で過去を振り返り、未来を考えたいなと思いました。

最初にお茶を始めた時、掛け軸については、なんか怒られているみたいでイヤだな。という印象だったのですが、
確かにすばらしい筆跡の軸などを何度も見ているうちにファンになり、はるか先輩から、がんばってね、という励ましの手紙を見るような想いに変わってきました。

今日の掛け軸は… 『無事是貴人』

色々な解釈ができる、ということで、茶席の会話として、他の生徒さん達がそれぞれの意見を述べてました。

こーいう解釈うんぬん、という議論になった時、私としては、
直感的に簡潔なイメージが大事なので、
深い事は考えません。

私が日々を無事で過ごさせてもらうには、私の居るこの土地、この国、この文明、この世界が、きちんと機能していなければならない。例えば私が今着ているこの普段着ひとつとっても、服をデザインした人、布を織った人、染色した人、裁った人、縫い合わせてくれた人、それを店まで運んだ人、店の会計をしてる人などなど、ちょっと考えただけでも、何十人という人が関わっていて、私はその人達と一面識もないけれど、その人達の働きによって、こうして今日も無事に服を着ています。それはまた何と貴い人達でしょう。

イメージ的には、1つ1つのキーワードに、沢山の人が結びついてニコニコしている様子。

「いただきます」というコンセプトと似てるかな。私の中では、ですが。

まぁ、そーいう解釈はともかく、お筆は、第503代大徳寺管長の後藤瑞巖老師。
筆は薄めで、しっかりしているけど控えめな印象の軸でした。
鵬雲斎大宗匠にみっちり仏教を教えた方だそうで、大宗匠が随巌老師についての想い出を書いたこともあります。瑞っと巖なんて、名前からして怖そう。もう大人の大宗匠を泣かしたのもなんか判る気がする…。

そんなこともネットですぐに調べがつく今の世の中。ありがたいっす。