この男 なんちゅ〜経歴 てくさす編 第1章!
てくさす編は色々ありすぎて 4章にマトメてみたじぇ!!
本日は その第1章の始まりぃ始まりぃ~~!~!~
日本編から続き・・・・
1993年10月、社長から有給を10日間もらい
てくさすで一旗揚げるべく意気揚々と怖いもん知らずに
日本で作ったサドルを担いで リクルートに乗り込んで来た!
1992年夏に一度てくさすに来る機会があり
その時知り合った人づてに 先ずはサドル屋巡りが始まるのだ!!
宿泊代を浮かせるべく 知り合いに借りた
キャンピングトレーラでの生活が始まった!
10日間 雇ってもらえるサドル屋探しに
1日100マイルの東奔西走!
もちろん就労ビサもなければ 何処も雇ってくれるところも無く
残り最後の2日間で行き着いた場所が
今仕事をもらってるRyon'sのマネージャー!
彼が不法就労でも雇ってくれるサドル屋を紹介してくれて
ご挨拶に!!
これで仕事先もなんとか決まり いざ日本へ帰国!
滞在中には専門雑誌の取材をもうけ
サドル職人の職探しに来た日本人と紹介されてしまった!!
<拡大写真はクリックしてちょ>

この赤いサドルを日本で見よう見まねで作り
これを担いでリクルートに来たのさ!!
さすがこんな物担いで来りゃ 空港税関も止めるよな!!
「何しに来た?」ということになり
「スキーする奴は自分のスキーを持ってくる!
ゴルフしたい奴は自分のクラブを持ってくる!
拙者は馬に乗りたいから自分の鞍担いで来た!」と
いい加減な話術で言切ったら すんなり通してくれたさ!

若かりし懐かしい写真だなぁ・・・
こんな風に専門雑誌に取り上げられちまったのさ!
この頃のこの写真!後ろ髪真っ赤に染めてた!!!
REDの赤だよぉ~!そのうちカラーで載っけてみようかね・・・
リクルートに来るんだから 一応 後ろ髪は茶色に染め直してきたぜ!
そして、翌年94年に 革の道具や刻印、全ての身の回りの荷物をまとめて
こちらの受け入れなどおかまい無しに 勝手にやって来てしまったのだ!
驚いたのは雇ってくれることになってたサドルショップ!!
まさか本気で来るとは思わなかったんだろうな・・・・
まぁ、来ちゃったものは仕方が無い的で
そこから拙者のサドル屋での不法就労修行は始まった!!!
当時はラッキーなことにパスポートで銀口座も開け
後に出てくるTandyのお店のマネージャーに保証人になってもらい
身分証明をパスポートで アパートも簡単に借りられた!!
運転免許は取得したものの 日本に帰って来る度に国際免許を更新して
暫くは国際免許を使用!!
国際免許だと どんな違反をしてもチケット切られないことを
学んじまったからな!!
社会保障番号カードの申請は 本来なら短期旅行者は取得出来ないが
デタラメなこと言って パスポートの あるページのハンコを見せて
これこれ~~見たいな乗りでインチキ取得!!!!!
身を守るピストルも 移住してきてすぐに
知り合いの闇のルートからインチキ取得!!
友人のポリスマンにも見せびらかしてたぞ!
ま、今じゃ 銃の携帯免許も取得(ちょっとインチキ取得)し、
ちゃんと正規に銃は買えるけどね・・・
ところで、このポリスマン、拙者が不法就労してることも
ピストル不法所持してることも全部知ってたんだぜ!!
彼 旨いこと言いよった!!
「俺たちは町のお巡りで イミグレーション・オフィサーじゃないから
知~~らね!!」だって・・・・
と言いながら、このポリスマン 町の不法就労者を捕まえて
ブタ箱にぶち込んで 次の日には移民局に連絡をしてたぞぉ・・・・
実は、拙者のことは この町のポリスマン達みんなの
「友達のよしみ」でお目こぼしだったのさ!!
・・・こんなことここで書いちゃっていいのかなぁ・・・
と思いつつ、こんな感じで てくさす生活は
たくさんの町のポリスマン達を味方に付けて 始まったのさ・・・
てくさす編 第2章につづく・・・

Twitterブログパーツ
本日は その第1章の始まりぃ始まりぃ~~!~!~
日本編から続き・・・・
1993年10月、社長から有給を10日間もらい
てくさすで一旗揚げるべく意気揚々と怖いもん知らずに
日本で作ったサドルを担いで リクルートに乗り込んで来た!
1992年夏に一度てくさすに来る機会があり
その時知り合った人づてに 先ずはサドル屋巡りが始まるのだ!!
宿泊代を浮かせるべく 知り合いに借りた
キャンピングトレーラでの生活が始まった!
10日間 雇ってもらえるサドル屋探しに
1日100マイルの東奔西走!
もちろん就労ビサもなければ 何処も雇ってくれるところも無く
残り最後の2日間で行き着いた場所が
今仕事をもらってるRyon'sのマネージャー!
彼が不法就労でも雇ってくれるサドル屋を紹介してくれて
ご挨拶に!!
これで仕事先もなんとか決まり いざ日本へ帰国!
滞在中には専門雑誌の取材をもうけ
サドル職人の職探しに来た日本人と紹介されてしまった!!
<拡大写真はクリックしてちょ>

この赤いサドルを日本で見よう見まねで作り
これを担いでリクルートに来たのさ!!
さすがこんな物担いで来りゃ 空港税関も止めるよな!!
「何しに来た?」ということになり
「スキーする奴は自分のスキーを持ってくる!
ゴルフしたい奴は自分のクラブを持ってくる!
拙者は馬に乗りたいから自分の鞍担いで来た!」と
いい加減な話術で言切ったら すんなり通してくれたさ!

若かりし懐かしい写真だなぁ・・・
こんな風に専門雑誌に取り上げられちまったのさ!
この頃のこの写真!後ろ髪真っ赤に染めてた!!!
REDの赤だよぉ~!そのうちカラーで載っけてみようかね・・・
リクルートに来るんだから 一応 後ろ髪は茶色に染め直してきたぜ!
そして、翌年94年に 革の道具や刻印、全ての身の回りの荷物をまとめて
こちらの受け入れなどおかまい無しに 勝手にやって来てしまったのだ!
驚いたのは雇ってくれることになってたサドルショップ!!
まさか本気で来るとは思わなかったんだろうな・・・・
まぁ、来ちゃったものは仕方が無い的で
そこから拙者のサドル屋での不法就労修行は始まった!!!
当時はラッキーなことにパスポートで銀口座も開け
後に出てくるTandyのお店のマネージャーに保証人になってもらい
身分証明をパスポートで アパートも簡単に借りられた!!
運転免許は取得したものの 日本に帰って来る度に国際免許を更新して
暫くは国際免許を使用!!
国際免許だと どんな違反をしてもチケット切られないことを
学んじまったからな!!
社会保障番号カードの申請は 本来なら短期旅行者は取得出来ないが
デタラメなこと言って パスポートの あるページのハンコを見せて
これこれ~~見たいな乗りでインチキ取得!!!!!
身を守るピストルも 移住してきてすぐに
知り合いの闇のルートからインチキ取得!!
友人のポリスマンにも見せびらかしてたぞ!
ま、今じゃ 銃の携帯免許も取得(ちょっとインチキ取得)し、
ちゃんと正規に銃は買えるけどね・・・
ところで、このポリスマン、拙者が不法就労してることも
ピストル不法所持してることも全部知ってたんだぜ!!
彼 旨いこと言いよった!!
「俺たちは町のお巡りで イミグレーション・オフィサーじゃないから
知~~らね!!」だって・・・・
と言いながら、このポリスマン 町の不法就労者を捕まえて
ブタ箱にぶち込んで 次の日には移民局に連絡をしてたぞぉ・・・・
実は、拙者のことは この町のポリスマン達みんなの
「友達のよしみ」でお目こぼしだったのさ!!
・・・こんなことここで書いちゃっていいのかなぁ・・・
と思いつつ、こんな感じで てくさす生活は
たくさんの町のポリスマン達を味方に付けて 始まったのさ・・・
てくさす編 第2章につづく・・・

Twitterブログパーツ
この男 なんちゅ〜経歴 日本編!
大学在学中に就職活動のつもりで始めたバイト。
ある革の材料屋からバイトがスタートしたが
そこでは関東の某有名なスジ者さんや親分さん達とお知り合いになったりと
楽しかったが 仕事は単純で今一だった。
別な革の材料屋のバイトを始め そこで知り合ったのが
「レザーメイトさとう」のオーナー佐藤君(君だけど年上!!)
一緒に革の材料屋の入社テストを受けるも彼は採用、拙者は落第!
仕方なくデパート内の「革の店」近くの複製画売り場に就職するも
デパート独特の人間関係の渦の中で挫折!とっとと辞めた!!
自分の作った物を持って有楽町のウェスタンショップに
売り込みに行くも そこでバイトとして勤め出す羽目に。
6ケ月勤めたがあまりパッとしないので
心機一転 スーツを着て 車のセールスマンになる。
3年勤めるも 2年目に不慮の事故に遭い頭を強打!!
息も絶え絶え意識も無いままに病院に運ばれ
(かなりヤバかったらしい・・・)
2日間記憶を無くすも 2日後に思い出して見事に退院!
(退院したいが為のかなりインチキな記憶の蘇り)
その一年後に後遺症に悩まされ セールスを挫折!!
半年間プータローしながら
当時流行だした口コミ物販を始めるも
人の繋がりの浅はかさに嫌気がさした頃、手先の器用さを買われ
車の改造屋にスカウトされる!
そこで、家電、弱電、直流電気、大工仕事、曲線内装工事、
アクリル加工、家具作り、溶接、音響、
簡単な塗装と全てを一人でこなしてきた。
バンの純正内装や床、椅子から運転席のパネルまでそっくりハガして
新たに大量の配線からやり直し 内装の下地作りの大工仕事
内装工事に床張り工事、家具作りなどなどをしてきた。
この頃から 季節によっての即乾ボンドの乾き具合を
身をもって体験してきたのが 今のサドル作りには大いに役立ってるぞ!
極めつけは、3次曲線の車の室内を
季節によっての生地の伸び縮みを考慮しながら シワ一つ出さずに
長い年月が経っても はがれて来ることも無く
天井、両サイドの壁をそれぞれ前から後ろまで
1枚もののモケット生地で張り込んだり、
継ぎ目はパイピングの縁取りのギャザー張りで仕上げたり、
布団張りという技法を使ったり、
3次曲線のオーバーヘッド・コンソールなど
ネジ・釘を一本も外に見せずに内装を仕上げたりという作業は
日本全国で 両手の数に満たない人間しか出来ないという
必殺技になった!!
<拡大写真は写真をクリックしてちょ~~>

専門雑誌の表紙と見開きを飾った拙者の作った内装 Van!!
このような専門誌に何度となく取り上げられたものだった!
(時代を感じるぅ~~~!)
拙者の作った Van が雑誌に載ると
2ケ月後 ネジ・釘の見えた真似っこ車が必ず載っていた!!!

写真左上のフロント・オーバーヘッド・コンソールは
3つのパーツからなるパズルであった!!
オーディオ、集合スイッチ、バックモニター、LED照明。
外し方を間違えると頭の上にこの重たいコンソールが崩れ落ちるぞ!
誰にもその外し方は伝授してこなかったのだ!!
ちなみに、ここに写ってる男はこの車のオーナーだから・・・

奥のオーバーヘッド・スピーカーボックスの脱着は
手前のLED照明との組み合わせがパズルになっている。
このLED照明こそが独学から学んだ弱電の傑作もの!!
ギャザー入りの内装は拙者の得意とするところであった!!
真ん中のテーブルもオリジナルに作成。
ベッドの手前には鏡張りのカウンターに
カスタムペイントの冷蔵庫、シンク、
テレビにビデオ、壁には更に大きなはめ込みのLED照明!!
しかし、そこのショップで10年お世話になるもバブルの崩壊と言う
とんでもない落とし穴で経営危機を知り 先が見えた!!
で、社長に てくさすで一旗揚げさせてくれと相談して
10日間の休みをもらい いざ てくさすにリクルートに!
てくさす編に続く・・・・
この車は、ショップを辞めて てくさすに来るのが決まった時、
社長から新車を一台あてがわれ 10年の集大成を作れと言われた!!

この天井から壁に続くウェスタン調な切り返しは
日本で初めての車であった!!
ネジ・釘を見せずにこのような変わったことする奴は
世の中にいないということだった!!

ギャザーとパイピングの縁取り、間接照明、バックドアに至るまで
全てのモケットの布団張りが3次曲線の中で
縦横とも真っすぐにラインが通っているこの張り方が出来る職人が
日本全国で10人といなかったそうだ!!

この車のサイドドアはスライドドアではなく
「ガルウィング」という電動で上に開くドアだった!!

この車、製作中に売れてしまい、拙者がてくさすに来たあと
専門雑誌の表紙と見開き数ページでこの車の特集が組まれたそうだ!!
ここまで読んでいただき ありがとうでござりました~!
この男 なんちゅ~経歴は てくさす編に続く~!~
ペタの前に・・・
ブログランキングに登録していますので
是非 応援宜しくお願いいたします!
記事を読んで頂き 誠にありがとうござりました!
皆の衆に訪問して頂いた証として
それぞれのバナーをポチッとしていただけると、
とても励みになりまする!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
にほんブログ村 革・革小物


宜しくお願い申し上げ奉り候~~


Twitterブログパーツ
ある革の材料屋からバイトがスタートしたが
そこでは関東の某有名なスジ者さんや親分さん達とお知り合いになったりと
楽しかったが 仕事は単純で今一だった。
別な革の材料屋のバイトを始め そこで知り合ったのが
「レザーメイトさとう」のオーナー佐藤君(君だけど年上!!)
一緒に革の材料屋の入社テストを受けるも彼は採用、拙者は落第!
仕方なくデパート内の「革の店」近くの複製画売り場に就職するも
デパート独特の人間関係の渦の中で挫折!とっとと辞めた!!
自分の作った物を持って有楽町のウェスタンショップに
売り込みに行くも そこでバイトとして勤め出す羽目に。
6ケ月勤めたがあまりパッとしないので
心機一転 スーツを着て 車のセールスマンになる。
3年勤めるも 2年目に不慮の事故に遭い頭を強打!!
息も絶え絶え意識も無いままに病院に運ばれ
(かなりヤバかったらしい・・・)
2日間記憶を無くすも 2日後に思い出して見事に退院!
(退院したいが為のかなりインチキな記憶の蘇り)
その一年後に後遺症に悩まされ セールスを挫折!!
半年間プータローしながら
当時流行だした口コミ物販を始めるも
人の繋がりの浅はかさに嫌気がさした頃、手先の器用さを買われ
車の改造屋にスカウトされる!
そこで、家電、弱電、直流電気、大工仕事、曲線内装工事、
アクリル加工、家具作り、溶接、音響、
簡単な塗装と全てを一人でこなしてきた。
バンの純正内装や床、椅子から運転席のパネルまでそっくりハガして
新たに大量の配線からやり直し 内装の下地作りの大工仕事
内装工事に床張り工事、家具作りなどなどをしてきた。
この頃から 季節によっての即乾ボンドの乾き具合を
身をもって体験してきたのが 今のサドル作りには大いに役立ってるぞ!
極めつけは、3次曲線の車の室内を
季節によっての生地の伸び縮みを考慮しながら シワ一つ出さずに
長い年月が経っても はがれて来ることも無く
天井、両サイドの壁をそれぞれ前から後ろまで
1枚もののモケット生地で張り込んだり、
継ぎ目はパイピングの縁取りのギャザー張りで仕上げたり、
布団張りという技法を使ったり、
3次曲線のオーバーヘッド・コンソールなど
ネジ・釘を一本も外に見せずに内装を仕上げたりという作業は
日本全国で 両手の数に満たない人間しか出来ないという
必殺技になった!!
<拡大写真は写真をクリックしてちょ~~>

専門雑誌の表紙と見開きを飾った拙者の作った内装 Van!!
このような専門誌に何度となく取り上げられたものだった!
(時代を感じるぅ~~~!)
拙者の作った Van が雑誌に載ると
2ケ月後 ネジ・釘の見えた真似っこ車が必ず載っていた!!!

写真左上のフロント・オーバーヘッド・コンソールは
3つのパーツからなるパズルであった!!
オーディオ、集合スイッチ、バックモニター、LED照明。
外し方を間違えると頭の上にこの重たいコンソールが崩れ落ちるぞ!
誰にもその外し方は伝授してこなかったのだ!!
ちなみに、ここに写ってる男はこの車のオーナーだから・・・

奥のオーバーヘッド・スピーカーボックスの脱着は
手前のLED照明との組み合わせがパズルになっている。
このLED照明こそが独学から学んだ弱電の傑作もの!!
ギャザー入りの内装は拙者の得意とするところであった!!
真ん中のテーブルもオリジナルに作成。
ベッドの手前には鏡張りのカウンターに
カスタムペイントの冷蔵庫、シンク、
テレビにビデオ、壁には更に大きなはめ込みのLED照明!!
しかし、そこのショップで10年お世話になるもバブルの崩壊と言う
とんでもない落とし穴で経営危機を知り 先が見えた!!
で、社長に てくさすで一旗揚げさせてくれと相談して
10日間の休みをもらい いざ てくさすにリクルートに!
てくさす編に続く・・・・
この車は、ショップを辞めて てくさすに来るのが決まった時、
社長から新車を一台あてがわれ 10年の集大成を作れと言われた!!

この天井から壁に続くウェスタン調な切り返しは
日本で初めての車であった!!
ネジ・釘を見せずにこのような変わったことする奴は
世の中にいないということだった!!

ギャザーとパイピングの縁取り、間接照明、バックドアに至るまで
全てのモケットの布団張りが3次曲線の中で
縦横とも真っすぐにラインが通っているこの張り方が出来る職人が
日本全国で10人といなかったそうだ!!

この車のサイドドアはスライドドアではなく
「ガルウィング」という電動で上に開くドアだった!!

この車、製作中に売れてしまい、拙者がてくさすに来たあと
専門雑誌の表紙と見開き数ページでこの車の特集が組まれたそうだ!!
ここまで読んでいただき ありがとうでござりました~!
この男 なんちゅ~経歴は てくさす編に続く~!~
ペタの前に・・・
ブログランキングに登録していますので
是非 応援宜しくお願いいたします!
記事を読んで頂き 誠にありがとうござりました!
皆の衆に訪問して頂いた証として
それぞれのバナーをポチッとしていただけると、
とても励みになりまする!
↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
にほんブログ村 革・革小物
宜しくお願い申し上げ奉り候~~


Twitterブログパーツ
サドル達 その1
今までに手がけたサドルをいくつか紹介しよう~
写真を撮る前に納品してしまうことが多く
製作途中の写真は たぁ~~くさんあるのに
完成品のサドルの写真って意外と少ないのじゃ!
その少ない完成サドル写真の一部です!
<写真をクリックして拡大してちょ!!>

このサドルは 2004年に初めて
馬のおっちゃんからの注文で仕上げたサドルじゃ!!
唐草模様は革に直接下絵を描き クラフトして仕上げてるので
この世に2つと同じデザインは存在しないのである~!
また、マルチ・フラワー・デザインといって
10数種類の花(デザインによっては20種類以上)と
10種類の大きな葉っぱを 組み合わせて
それぞれ同じ花や葉っぱがかさらないように
各パーツへの配置を最初に全て考えて デザインをしている。
これは、一人で全ての作業をしてればこその必殺技じゃ~!
「馬のおっちゃん」については 8月25日のブログを見て下され。

このサドルは 2004年のカッティング・ホース・ショー
(子牛を選り分ける技術を競うコンテスト)のトロフィー・サドルじゃ!!
ロデオ大会や投げ縄大会、カッティング・ホースの大会で優勝すると
金きらトロフィーの代わりに このようなトロフィー・サドルと呼ばれる
特別なサドルを贈呈するのじゃ!!
こういうトロフィー・サドルに関われる仕事が出来るのは
サドル屋冥利に尽きるというものである!

2006年に作ったカスタムメイドのサドル。
ほとんどのカスタムメイド・サドルにはオーナーの名前を
座る後ろの部分に浮き彫りで入れるのじゃ!
サドルというのは結構盗まれやすく区別のつきづらい物なので
最初にこうやって目立つところに浮き彫りで名前を入れると
盗まれようもないという物じゃ!!

2009年に作ったカスタム・サドル。
アブミはオーナーが自分のお気に入りをつけるということで
アブミ無しでの納品となった。
投げ縄用のサドルの為 デザインもコーナーに唐草模様を、
縁取りに拙者の世界で1本の特注オリジナル刻印の
ロープのデザインでスタンピングし、
その他をバスケット模様で仕上げてある。
馬のおっちゃんからのサドルの注文というのは
サドルを馬の上に乗せたときの全体のバランス、
3次元のサドルにも関わらず 2次元にした時(写真に撮った時など)
全てのラインが平行に見えること!
ステッチの目の細かさ もちろん乗り心地に至るまで
アメリカ人とは思えないほどの 細かさで注文が来る!!
つまり、普通のサドル屋じゃ根を上げてしまうほど
アートな細かさを要求されている!!
今までに作って来たサドルの一部でした!!
この次は製作過程も織り交ぜてアップしますだ~!~
次回もまたお楽しみにぃ~!~


Twitterブログパーツ
写真を撮る前に納品してしまうことが多く
製作途中の写真は たぁ~~くさんあるのに
完成品のサドルの写真って意外と少ないのじゃ!
その少ない完成サドル写真の一部です!
<写真をクリックして拡大してちょ!!>

このサドルは 2004年に初めて
馬のおっちゃんからの注文で仕上げたサドルじゃ!!
唐草模様は革に直接下絵を描き クラフトして仕上げてるので
この世に2つと同じデザインは存在しないのである~!
また、マルチ・フラワー・デザインといって
10数種類の花(デザインによっては20種類以上)と
10種類の大きな葉っぱを 組み合わせて
それぞれ同じ花や葉っぱがかさらないように
各パーツへの配置を最初に全て考えて デザインをしている。
これは、一人で全ての作業をしてればこその必殺技じゃ~!
「馬のおっちゃん」については 8月25日のブログを見て下され。

このサドルは 2004年のカッティング・ホース・ショー
(子牛を選り分ける技術を競うコンテスト)のトロフィー・サドルじゃ!!
ロデオ大会や投げ縄大会、カッティング・ホースの大会で優勝すると
金きらトロフィーの代わりに このようなトロフィー・サドルと呼ばれる
特別なサドルを贈呈するのじゃ!!
こういうトロフィー・サドルに関われる仕事が出来るのは
サドル屋冥利に尽きるというものである!

2006年に作ったカスタムメイドのサドル。
ほとんどのカスタムメイド・サドルにはオーナーの名前を
座る後ろの部分に浮き彫りで入れるのじゃ!
サドルというのは結構盗まれやすく区別のつきづらい物なので
最初にこうやって目立つところに浮き彫りで名前を入れると
盗まれようもないという物じゃ!!

2009年に作ったカスタム・サドル。
アブミはオーナーが自分のお気に入りをつけるということで
アブミ無しでの納品となった。
投げ縄用のサドルの為 デザインもコーナーに唐草模様を、
縁取りに拙者の世界で1本の特注オリジナル刻印の
ロープのデザインでスタンピングし、
その他をバスケット模様で仕上げてある。
馬のおっちゃんからのサドルの注文というのは
サドルを馬の上に乗せたときの全体のバランス、
3次元のサドルにも関わらず 2次元にした時(写真に撮った時など)
全てのラインが平行に見えること!
ステッチの目の細かさ もちろん乗り心地に至るまで
アメリカ人とは思えないほどの 細かさで注文が来る!!
つまり、普通のサドル屋じゃ根を上げてしまうほど
アートな細かさを要求されている!!
今までに作って来たサドルの一部でした!!
この次は製作過程も織り交ぜてアップしますだ~!~
次回もまたお楽しみにぃ~!~


Twitterブログパーツ