今日も残業で遅くなった。
帰りの電車は割と混んでいて、最初は座れなかったけど、二駅くらいで私の目の前の席が空いた。

ラッキー。

私が座って10秒ほど経ってから、右隣に座っている40代半ばくらいの中年男性が
「つぇっ」
と小さく舌打ちをして、自分のスーツの裾をクッと引っ張った。

どうやら私がお尻で踏んでいたらしい。

私は
「あ」
と思って、すぐに
「ごめんなさい」
と謝った。

ん?

待って。

…私悪くなくない?

スーツの裾を隣の席までデローンと広げていたのはお前のほうだろ。

「つぇっ」
て。

裾をクッて。

むかついた。

むかついたけど、私が思わず謝ってしまったことで、すでにこの一件にピリオドは打たれている。

くやしい。

くやしいので、別件で小さな仕返しをすることにした。

私はバッグからスッとハンカチを出して、さりげなく口と鼻をおさえた。

【俺の息が臭いのかなと思わせ作戦】

しばらくして、まんまと右隣の裾男が口で息をすることをやめて、鼻でそろ~っと呼吸をしているのが確認できた。

「よし」
と思っていたら、左隣のおばちゃんまで、鼻でそろ~っと呼吸をしていた。

やばい。

罪もない市民を犠牲にしてしまった。

もうしわけなく思って、私はさりげなくハンカチをカバンにしまった。

そしたら、本当にちょっと臭せーでやんの。