しゅうきょう
特に信仰している宗教はないですが、葬式になると私の家は何処かのお寺の檀家らしく、母方の方だとお経が終わった後、お坊さんのよく分からないありがたいらしい小話を聞かされる。父方の方は、謎の気合いみたいな発声で、「はっ」みたいな大声を出され儀式感満載です。私は、大学生の頃に、大人に囲まれて宗教の勧誘を受けたことがあります。 大手宗教です。私の友人がその信者の二世だったため、その子の親が差金だったようでした。私の家庭は一般の大人からしたら「かわいそう」に分類されるもので、それでもグレずに「頑張っている」、「いい子」だったようです。そんな苦境に生きてきた子どもが、頑張っているいい子なはずないのは、私自身が一番知っていました。頑張っていたのではなく、必死そのもの。グレて済むなら、そうしたかった。なんなら、その「かわいそう」な家庭をほぼ無意識で利用してきた悪者です。私は、「かわいそう」なんだから、お前ら大人は文句を言うなよ。みたいな精神性で生きてきた節すらあります。なんて可愛くない子ども!!なので、大人に囲まれた時も、あなたはとても偉い子よ!本当に親も居なくてすごいわ!みたいなフワフワした言葉を投げかけられ薄気味悪くなった思い出があります。親は別に居ましたし。偉いって言われることをやってるのも自覚しているし。だからと言って自らの意思じゃないから褒められても嬉しくないし。こんな捻くれた考えなので、今更、あなた方の神を信じろと言われても、勝手に生きてきただけで、ここまで生きてこれたのが、この宗教の神のおかげと思ったことは一度もない。そして、それを信じろと言われても無理。友人が私のために大学に合格しますようにと祈ってくれていたことは、とても嬉しかったし感謝はしている。しかし、友人が祈ってくれたからこそ大学に受かれたとは1ミリも思っていない。ただ、何で貴方たちが、信仰したくなるのかは、ちょっと気になるので、宗教関連の本貸してくれたら読んでやるよ。みたいな内容のことを延々とその時私が出せる精一杯の大人な文章に翻訳して大人たちに伝えてその場を去りました。友人は大変バツが悪そうで、彼女の家庭の方が余程やべーじゃん。って思いました。世代が関係しているのかは分かりませんが、私が小学生の頃、地下鉄サリン事件が起きたことで、私らの世代は宗教に関してのガードが割と高いのではないかと思ってたりします。それとも、私自身がその事件をテレビでみたり家庭の中で祖父や祖母が発言する内容を蓄積した結果、宗教ってヤバいものなのだと認識していったのかもしれません。20世紀少年を高校の時に読みあさったのもよい宗教学習になってたかもしれません。やはり信じるべきは自分自身です。20世紀少年 コミック 全24巻完結セット (ビッグコミックス)Amazon(アマゾン)1,200〜15,680円