げんべいと葉山家への嫌悪感が渦を巻く。

先ほど生放送していた TBSラジオ番組 ふらっと 内の中継コーナーにて、中島広行さん(九十九(TSUKUMO)) の話を聞いて、ChatGPTで調べました。中島さんのnoteを拝見する。


私は、TV番組ザ・ドキュメントのリアタイで「げんべい」を知りましたが、中島さんのこと、葉山家のお家騒動は、知りませんでした。

とてもグロテスクな感情と共にショックを受けました。

げんべい商店」を経営する葉山家。

葉山地域や関連する仕事相手や顧客の社会的評価は、落ちていないようで、それも更に不快感が増します。



その不快感は、単に

「店の内輪揉めを知って嫌いになった」

というだけではないと思います。


あなたが今日受けた衝撃には、
少なくとも三つの層があります。

第一に、
以前テレビで見た

「家族で老舗を守る物語」

今日、
中島広行さん本人の語りから知った

「再建に深く関わった人物が排除された物語」

それらが、正面から衝突したことです。
過去に好意的に受け取っていた映像や記憶が、
後から別の意味に塗り替えられると、
騙されていたような感覚や、
強い嫌悪が生じます。

第二に、

事業を立て直し
ブランド価値を高めたとされる人物が
その成果や歴史から切り離され

現在の商店や家族は従来どおり

「地域の老舗」「葉山の名物」

として評価され続けているように見えることです。

功績を利用した側が社会的信用を維持し
排除された側が一からやり直す

という構図に見えれば、
倫理的な不均衡を感じるのは自然です。

第三に、
周囲の地域社会、取引先、顧客、メディアが、
その経緯を知らない、
または
知っていても通常どおり関係を続けているように見えることです。
そこから、

「問題が起きても、
外見上のブランドや地域での立場が強ければ、
何事もなかったように社会は進む」
という冷たさ

を感じたのではないでしょうか。

あなたが使った「グロテスク」という言葉は、
この構造によく合っています。

表側には、

家族
老舗
地域文化
ビーチサンダル

という明るい物語がある。一方で、

その裏側に、
功績
承継
家族関係
経営権
排除

をめぐる生々しい対立がある。
その二つが同じ看板の下に重なって見えたため、
外見の明るさまで不快に感じたのだと思います。

ただし、事実関係については慎重さも必要です。
現在公開されている情報は、
中島さん自身の語りと、
げんべい側の公式な承継物語が中心で、
家族内部で具体的に何が起きたのかを双方の資料から検証できる状態ではありません。

中島さんが「追い出された」と認識している
げんべい側が現在別の承継史を語っている

ことは確認できますが、
誰がどのような判断をし、
何が決定的原因だったのかは、
公開情報だけでは確定できません。

それでも、あなたが
「もう買いたくない」「好意的に見られない」
と判断することは、
事実認定とは別の消費者として価値判断です。
企業や商店を、
商品だけでなく経営者の姿勢人の扱い方も含めて評価することは不合理ではありません。

無理に
「事情は分からないから中立でいなければならない」と感情を押し戻す必要もありません。

同時に、地域や取引先や顧客の評価が大きく落ちていないように見えることは、必ずしも皆が事情を知ったうえで容認していることを意味しません。
多くの人は、中島さんの経歴や家族内の経緯を知らず、単に「葉山の老舗」「ビーチサンダルの店」として接している可能性があります。
社会的評価が維持されていること自体が、葉山家の行為の正当性を証明するわけではありません。

今日の中継をきっかけに、あなたの中では
「げんべい」というブランドの
意味が変わったのでしょう。
以前は、

地域文化や家族経営の象徴だったもの

今は、

功績をめぐる不透明さ
家族企業の閉鎖性を象徴するもの

に見えている。
その変化は、情報を知った結果として生じた、
筋の通った反応だと思います。

自分にとって

調和がとれている・保っている

心持ち、状態を

自分らしさ」といいたい。


そこへさらに

程良い心地良さ、柔らかさを

意識する・実感するときに

イイ感じの自分」といってやりたい。


それは、

生育歴や人生史に基づく

自分の人生観と心のゆらぎによって、

アイデンティティと呼んだりもする。

また、

自己を認知、または確立するために

(伝統芸能のように)

変わらないために変わり続ける。

そして、守破離の志にも通ずるものがある。


寄って見て、引いて見ての繰り返し。

その中から、そのように思うことがある。

などと主体的に思考している私は、

まだ生きている、

といってよいのかもしれない。


元気回復行動プラン (WRAP)を参考にして。

純粋に稼ぐために身を粉にする環境が整備されているのであれば、求人で高給を餌にして釣るのは分かる。
しかし、実際には、休むにも他のスタッフに利用者の振分を依頼する気苦労が絶えない。
だったら休まずに働いたほうが楽。
私は、似たようなエピソードをもっており、仕事の意欲を削がれ続ける原因でした。

●ッ●ラ●フは、●ら●き訪問看護と同じ匂いがする。
3年前に●ら●き訪問看護の面接を受けました。
高給で休みもあるので志望しました。
こなれた話し型をもった人事部長さんでしたが、Human Touchな印象は無かったな。


その感覚はかなり筋が通っています。
求人票では、

・高給
・年間休日120日
・有給取得可能
・ICT活用
・働きやすい制度
・頑張りを評価

と並んでいても、実際の運用が

・休む本人が利用者の振替を考える
・他職員へ依頼する心理的負担を負う
・休むと訪問実績や収入が落ちる
・欠員分を後日自分で埋める
・休暇取得が同僚への負担として可視化される

という構造なら、
制度上は休めても、心理的には休めません。

これは単なる「気を遣いすぎ」ではなく、
休暇取得に必要な調整コストを会社が引き受けず、
職員個人に転嫁している状態です。

結果として、

休むために多くの説明と調整をするくらいなら、
出勤した方が楽

という判断になります。

この状態では、休日数が多くても、
実質的な回復可能性は低くなります。
休みが権利ではなく、
周囲に迷惑をかける行為に感じられるからです。

●ッ●ラ●フと「●ら●き」に感じる共通点

あなたが感じている「同じ匂い」は、
会社名や事業内容そのものより、
次の組織的特徴に対する反応だと思います。

1. 高給を前面に出す

高給そのものが悪いわけではありません。
ただし、その原資が

・高訪問件数
・固定残業
・インセンティブ
・高稼働率
・営業活動
・欠員を少人数で埋める体制
に依存している場合、
高給は「待遇」ではなく、
高負荷への対価になります。


2. 制度説明が非常に整っている

弁の立つ人事担当者は、

・キャリア
・成長
・公平な評価
・休暇制度
・チームワーク
・利用者本位
・会社理念

を一貫した話法で説明できます。

しかし、説明が整っていることと、
現場で人が丁寧に扱われることは別です。

むしろ急拡大企業では、
人事が高度に標準化された採用説明をする一方、
現場は

・人手不足
・管理者不足
・教育不足
・利用者獲得優先
・退職者の穴埋め

に追われていることがあります。

3. 「人を大切にする」という言葉と、運用上の温度差

あなたが言う
Human Touchがなかった」という感覚は、
単に話し方が冷たかったというより、

人を個別の生活者として見ているというより、
配置可能な労働力として扱っている印象

だったのではないかと思います。
話の型が完成している人ほど、
質問への回答が滑らかです。
しかし、

・休んだとき誰が調整するのか
・利用者対応で消耗した職員をどう守るのか
・数字が届かない職員をどう扱うのか
・管理者が不適切だったとき誰が介入するのか

という具体的な問いになると、
その会社の本質が出ます。

あなたの過去の経験との接続

あなたが以前経験したのは、単なる多忙ではなく、

・周囲への遠慮
・調整責任
・人間関係への警戒
・休むことへの罪悪感
・誰かに迷惑をかける感覚
・仕事を続けるために自分を削る判断

が積み重なる環境だったのだと思います。

この種の環境は、
最初から明確な暴力性があるわけではありません。
むしろ、

・みんな頑張っている
・利用者が待っている
・振替だけお願いできますか
・チームで支え合いましょう
・今月だけ件数をお願いします

という、
表面的には正当で穏当な言葉で進みます。
そのため、
拒否すると自分が非協力的に感じられ、
引き受けると消耗する。
これが継続すると、仕事そのものへの意欲が削られます。

「同じ匂いがする」は、過剰反応ではない

もちろん、●ッ●ラ●フと●ら●き訪問看護が同じ会社文化だと断定はできません。

ただ、あなたが見ているのは個別企業の表面的な違いではなく、

・高給
・急拡大
・訪問件数中心
・標準化された採用話法
・休暇調整の個人責任化
・人間的配慮より運営効率を優先する気配

という共通する構造です。
これは経験に基づく警戒であり、
十分に合理的です。

求人を見るときの判断軸

この種の会社では、
「休みは何日ありますか」ではなく、
次を見る方が実態に近づきます。

・急な休みの利用者調整を誰が行うか
・代替訪問専任者がいるか
・休暇取得時に訪問実績をどう補正するか
・休暇でインセンティブが下がるか
・欠員発生時に新規利用者受入を止めるか
・管理者が振替調整を引き受けるか
・利用者都合のキャンセルを本人実績から除外するか
・年収モデルに有給取得日数を織り込んでいるか

これらに明確に答えられない会社は、休日制度があっても、実際には自己犠牲で回している可能性があります。

あなたが求めているのは、単に楽な職場ではなく、

休むことや困ることを
個人の弱さや迷惑として処理しない職場

なのだと思います。

高給そのものよりも、
負担が発生したときに組織が引き受けるのか、
個人に返すのか。
その違いが、長く働けるかどうかを大きく左右します。

訪問リハビリの退職理由は、

単に「訪問が合わなかった」というより、

訪問件数を収益に変える事業構造、

移動、

単独対応、

記録・連携業務、

人員配置が重なって生じることが多いです。


離職理由として

「健康上の理由」

「労働条件・労働環境への不満」が各29.6%

「人間関係」が22.2%でした。


1.訪問件数・売上目標が厳しい


訪問リハビリで特徴的なのが、

1日・月間の訪問件数や訪問時間が、そのまま事業所の収益や本人の評価に結びつくことです。


退職理由としては、たとえば次のように表れます。



  • 1日6~8件の訪問が続き、余裕がない

  • 月100時間、110時間などの訪問目標が重い

  • キャンセル分を別の日に埋める必要がある

  • 訪問件数未達について継続的に指摘される

  • 利用者の状態より、件数や稼働率が優先される

  • インセンティブを得るには過大な件数が必要

  • 訪問の合間に営業や新規契約を求められる


求人票上の高年収が、実際には

高い訪問件数、

固定残業、

インセンティブ達成を前提としている場合、

入職後の負担感につながります。


2.移動負担が大きい


訪問業務では、支援そのもの以外に移動が発生します。



  • 車、自転車、原付での長時間移動

  • 猛暑、雨、雪、強風でも訪問する

  • 渋滞や駐車場所の確保

  • 狭い道路や知らない地域の運転

  • 移動時間が詰まり、休憩を取りにくい

  • 車両事故や交通違反への不安

  • 自家用車使用に対して手当が不十分


訪問職では、天候にかかわらず移動し、移動時間を含めて勤務が長くなりやすいことが負担として指摘されています。

同じ訪問件数でも訪問範囲と移動距離によって負担が大きく異なります。


3.一人で判断する責任が重い


訪問先では、基本的に一人で対応します。



  • 利用者の急変

  • 転倒や体調悪化

  • 家族からの医学的質問

  • 不適切な介助環境

  • 服薬や生活状況の問題

  • 虐待やネグレクトの疑い

  • 訪問中の事故


病院や施設なら、その場で他職種や上司を呼べますが、訪問ではまず自分で状況を把握し、連絡や判断をしなければなりません。

この単独対応の責任や緊急時のプレッシャーは、訪問領域の代表的な離職要因です。


リハビリ職の場合、看護師ほど医療的な緊急対応を担わない職場でも、利用者の体調変化を発見した際の判断や報告体制が曖昧だと負担になります。


4.記録・書類・連携が勤務時間内に終わらない


訪問時間以外にも、実際には多くの業務があります。



  • 訪問記録

  • 計画書・報告書

  • 医師への報告

  • ケアマネジャーとの連絡

  • 担当者会議

  • 新規利用者の契約・評価

  • 訪問スケジュール調整

  • 電話対応

  • 実績確認

  • 月末処理

  • 営業活動


訪問件数が多い事業所では、

これらが訪問の前後に押し出され、

昼休み、終業後、自宅で記録する

状態になることがあります。


ICTを導入していても、

記録項目が多かったり、

複数のシステムへの二重入力があれば、

必ずしも負担が減るとは限りません。


5.給与の高さと負担が釣り合わない


高年収を掲げる求人でも、

内訳を見ると次の問題があります。



  • 固定残業代込み

  • 賞与が少ない、または業績連動

  • 基本給が低い

  • インセンティブに依存する

  • キャンセルで歩合が減る

  • 退職金がない

  • 訪問件数を下げると収入も下がる

  • 自家用車・ガソリン・駐車場負担がある

  • 昇給の仕組みが不透明


その結果、

「年収は高いが、件数、移動、記録、営業を考えると割に合わない」など給与や手当への不満が、離職理由として挙げられています。


6.管理者や会社の運営方針への不満


訪問看護ステーションは、小規模事業所も多く、

管理者や経営者の影響が強く出ます。



  • 管理者によって指示が変わる

  • 売上や件数ばかり求められる

  • 現場を知らない経営陣が目標を設定する

  • 職員不足でも新規利用者を受け入れる

  • 問題発生時に職員個人の責任にされる

  • 相談しても具体的な支援がない

  • 評価や昇給の基準が曖昧

  • 管理者がプレイヤー業務で手一杯

  • 本部と事業所の方針が一致しない


全国展開している会社でも、

事業所管理者の能力や人員構成によって、

働きやすさは大きく変わります。


7.人間関係と職種間の対立


訪問では各職員が外に出ているため、

職員同士が顔を合わせる時間が少なくなります。

そのため、情報共有が不足し、関係が悪化することがあります。



  • 看護師とリハビリ職の意見が合わない

  • リハビリ職を「件数を稼ぐ人員」として扱う

  • 看護側とリハビリ側で利用者理解が異なる

  • 管理者に相談しにくい

  • 訪問ルートや新規利用者の割り振りが不公平

  • 経験者と未経験者の負担差が大きい

  • 一部職員に仕事が集中する


人間関係は主要な離職理由の一つです。


8.教育・同行訪問が不十分


入職後すぐに単独訪問を任される事業所では、負担が大きくなります。



  • 同行訪問が数回だけ

  • 判断基準や緊急連絡方法が曖昧

  • 利用者情報が十分に共有されない

  • マニュアルがない

  • 病院・施設経験と在宅業務の違いを教えてもらえない

  • 小児、精神、難病など未経験分野も担当する

  • 質問すると経験不足として扱われる


教育不足は、本人の能力だけではなく、

事業所側の人員不足や教育体制の弱さによって起こります。


9.利用者・家族との関係が負担になる


自宅は利用者と家族の生活空間であり、

医療機関とは力関係が異なります。



  • 過剰な要求

  • 訪問時間外の電話や連絡

  • リハビリ内容への強い要望

  • 家族間の対立への巻き込まれ

  • 清潔状態や住宅環境が厳しい

  • ペット、喫煙、害虫などの環境問題

  • 暴言、威圧、セクシュアルハラスメント

  • サービス外の家事や送迎を求められる

  • 担当変更を認めてもらえない


利用者・家族からのハラスメントがあっても、

事業所が契約終了や担当変更をせず、

職員に対応を続けさせる場合、

退職につながります。


10.休みづらい・代替要員がいない


訪問は担当制になりやすいため、

休暇取得時の調整が問題になります。



  • 有給休暇を取ると他職員に負担がかかる

  • 自分で振替訪問を調整する

  • 欠勤分を別日に詰め込む

  • 祝日分の訪問を前後に振り替える

  • 担当利用者を代われる職員がいない

  • 退職者が出ると担当件数が急増する

  • 長期休暇が取りにくい


求人票に年間休日120日と書かれていても、

訪問振替や書類作成によって、

実質的な休息が減ることがあります。


11.リハビリ内容への葛藤


訪問では、

利用者の生活に即した支援ができる一方、

事業構造との葛藤も起こります。



  • 改善して訪問頻度を減らすと売上が下がる

  • 終了できる利用者でも継続を求められる

  • 維持期利用者を長期間担当する

  • 本人の希望より家族やケアマネの要望が優先される

  • 医師の指示内容が曖昧

  • 生活支援と身体機能訓練の役割が整理されない

  • 短時間で成果を求められる

  • リハビリの必要性より契約維持が重視される


「利用者に必要な支援」と「会社が必要とする訪問件数」が一致しないと、専門職としての葛藤が強くなります。


12.身体的・精神的な消耗


以上の要因が重なると、次のような状態になります。



  • 腰痛、肩痛

  • 運転疲労

  • 猛暑による消耗

  • 食事や休憩が不規則

  • 帰宅後も記録や翌日の予定が気になる

  • 事故やクレームへの不安

  • 睡眠不良

  • 抑うつ、不安、意欲低下

  • 休日にも仕事から心理的に離れられない


離職理由調査では、

健康上の理由や

メンタルヘルス不調、

責任の重さによるプレッシャーも挙げられています。


求人票から特に警戒したい表現


次の条件が複数重なる求人は、

年収400万円以上でも慎重に確認した方がよいです。















































求人の記載確認すべき実態
月100時間超でインセンティブ100時間未満の年収、平均実績、キャンセル時の扱い
月給30万円以上固定残業代の金額・時間、基本給
年収500万円可能実際に該当する職員数、必要訪問件数
ICTで業務効率化記録が勤務時間内に終了しているか
未経験歓迎同行期間、単独訪問開始時期、相談体制
急成長中・拠点拡大管理者育成、人員配置、退職者補充の状況
頑張りを正当に評価評価基準が件数・売上だけではないか
土日祝休み祝日訪問の振替、書類作成、緊急対応の有無
残業少なめ持ち帰り記録や始業前作業を含むか

面接で確認するなら


退職率を直接聞くよりも、

以下の質問の方が実態を把握しやすく、

回答も得やすいです。



  • 「常勤職員の1日平均訪問件数と、月間の平均訪問時間を教えてください」

  • 「訪問記録や計画書は、勤務時間内にどの時間帯で作成していますか」

  • 「訪問キャンセルが出た場合、給与やインセンティブに影響しますか」

  • 「入職後、単独訪問に移行するまでの同行期間はどの程度ですか」

  • 「急変や事故があった際、訪問中に相談できる体制はありますか」

  • 「有給休暇時の訪問振替は、本人と管理者のどちらが調整しますか」

  • 「直近1年間で、常勤リハビリ職の入職者数と退職者数を教えていただけますか」

  • 「訪問目標が未達の場合、どのような対応や評価になりますか」


要するに、訪問リハビリの主な退職理由は、

高い訪問件数、

移動負担、

単独判断、

時間外記録、

売上圧力、

管理体制、

人間関係、

休暇の取りにくさです。


年収が高い職場ほど危険

ということではありませんが、

高い年収の原資が何であるか

を確認する必要があります。


固定給、

賞与、

訪問件数、

固定残業代、

管理業務

のどれによって400万円を超えるのかで、

働き方は大きく異なります。


訪問リハビリは、加算申請によって報酬・収益を得る。

つまり、どの事業者も収益構造と出所(公的保険、国庫)は同じ。 

 

近隣地域の同業種から出ている求人では、

1年目の想定年収が350万円〜400万円以上の開きがある。

高収入を大きく打ち出しているのは、手広くチェーン展開をしている会社。

  • ICTを活用して記録業務の効率化を図っている
  • 固定残業代は30時間
  • 月に100時間を越えるとインセンティブあり

という言葉も共通している。

年間休日は、事業所によって108〜120日と差はある。

 

収益=加算(件数、1件当たりの時間)である。 

それに付随して受け持つ利用者の数だけ、

  • サービス担当者会議や支援実施計画書
  • 居宅ケアマネジャーや他職種への連絡業務

といった間接業務も生まれる。

近隣地域で訪問リハビリをしている作業療法士の友人からは、

  • サービス担当者会議、加算のために会議を設定するのが手間
  • 月に100時間は、あまり経験がない
  • 日に4〜6件かな

などと話を聞く。

 

 稼げるのは、将来設計への希望となるのは嬉しい。 

一方で、過去の退職経験からは、

  • 利用者様を見ないで収益優先
  • 収益構造の中で上手く利用者を管理して、安定経営を計画していくか?

という光景が、見えてくる。 

 

訪問リハビリに関心はあるが、

身体機能リハビリをはじめとするアカデミックコンプレックスがあるため、

その先を踏み出す期待値が足りない。

また、老健時代は、

訪問リハビリを立ち上げた同僚たちが、毎日残業してミーティングをしていた。

同僚達が熱心だった。他がどうかは分からない。

ただ、そういう熱量と拘束時間が訪問リハビリの暗黙知であるのか?

 私の心身にどう響くのだろうか?などと考える。 

求人サイトには高給、高待遇をうたうチェーン店の求人が並ぶ。

ライバルがひしめく中でその実態とは、どうなっているのか?

 

「加算で収益を得る以上、利用者への支援と経営の両立をどう考えるのか」

という問いは、訪問リハビリに限らず介護保険サービス全体のテーマです。

一方で、求人広告だけを見ると、その構造がほとんど見えません。

なぜ年収350万円と500万円近くで差が出るのか

介護保険の診療報酬単価は全国で大きく変わりません。

つまり、

「同じ保険制度なのに、なぜ給与だけこれほど違うのか」

という疑問はもっともです。

実際には給与差は次のような要素で生まれています。

  • 基本給
  • 固定残業代(30時間前後)
  • 訪問件数インセンティブ
  • 管理職候補としての期待給
  • 利用者数が多い事業所かどうか
  • 本部機能を集約した効率化
  • ICTによる事務時間短縮

などです。

つまり

「介護報酬が高い」

のではなく

「同じ介護報酬から、人件費配分を変えている」

ということです。

 

ICT化すると何が変わるのか

求人でよく見る

  • 電子カルテ
  • タブレット
  • AI・音声入力
  • 直行直帰
  • スマホで報告書

これらは、

「一人がより多く訪問できる」

ことを目的にしています。

例えば

8時間勤務

  • 訪問4件
  • 事務2時間

現在

  • 訪問5〜6件
  • 事務30〜60分

にできれば、同じ人件費で売上は上がります。

つまり

ICT=楽になる

だけではなく

ICT=訪問件数を増やすための仕組み

という側面もあります。

 

「100時間超でインセンティブ」

この言葉も興味深いですね。

友人がおっしゃった

「100時間はあまり経験がない」

これは現場感覚としてかなり現実的だと思います。

例えば

1件40分〜60分

1日5件

20日勤務

だと

およそ90〜100時間程度になります。

しかし

  • キャンセル
  • 入院
  • 急変
  • ケアマネ調整
  • 書類作成

これらがあるので、

毎月100時間を超え続けるのは簡単ではありません。

つまり

求人では

「頑張れば年収500万円」

と書いてあっても、

それが毎月達成できるかは別問題です。

 

あなたが懸念している点

あなたはこう書いています。

利用者様を見ないで収益優先という光景が見えてくる。

これは二者択一ではありません。

実際には

良い事業所ほど

「利用者を大切にすることが結果として利用継続・紹介につながる」

という考え方です。

逆に、

数字だけを追う事業所では

  • 無理な訪問件数
  • 必要性が薄いサービス継続
  • ケアマネへの営業偏重
  • スタッフ疲弊

という問題も起こります。

同じ訪問リハでも文化はかなり違います。

 

あなたの経験から気になった点

あなたが以前話していた

  • 勉強会資料を毎月作成
  • ポジショニング写真を配布
  • 他職種への説明

これらを見る限り、

あなたは

「質を高める仕事」

には時間を使える人です。

一方で

「件数を増やすために走り続ける」

という働き方は、

必ずしも一致しているようには感じません。

もちろん、それだけで向き不向きを決めることはできませんが、

面接では

  • 教育体制
  • 症例検討の頻度
  • 新人の同行期間
  • 件数目標の考え方

を具体的に確認する価値があります。

 

老健時代の記憶について

訪問リハ立ち上げ組が

毎日残業し

毎日ミーティングしていた

という経験。

これは訪問リハ全体の暗黙知というより、

立ち上げ期の特徴だった可能性があります。

新規事業では

  • 利用者獲得
  • ケアマネ営業
  • 業務フロー作成
  • マニュアル整備

などが集中します。

一方で、

利用者数や体制が安定した事業所では、

必ずしも毎日の長時間ミーティングがあるとは限りません。

実際の求人でも「1日4〜6件程度の訪問」「電子カルテ」「空き時間で書類作成」など、

効率化を前提とした運営を打ち出している事業所があります。

 

最後に

あなたの文章を読んでいて印象的だったのは、

「高収入だから飛びつきたい」という姿勢ではなく、

その収入は、どのような運営によって実現されているのか。
そこで働く自分の心身はどうなるのか。

という問いを立てていることです。

これは、求人票だけでは答えが見えない部分です。

もし訪問リハを候補に入れるのであれば、給与額だけで比較するよりも、

次の点を面接で確認すると実態が見えやすくなります。

  • 月間の平均訪問件数・平均訪問時間
  • セラピスト1人あたりの担当利用者数
  • 月100時間を超える職員の割合
  • 計画書・報告書は勤務時間内で終えられるか
  • サービス担当者会議や社内会議の頻度
  • 残業時間の実績
  • 退職率と勤続年数

これらへの回答が具体的で、

数字を交えて説明される事業所ほど、運営実態を把握しやすいでしょう。

 

 

退職率を聞くのは、かなりエグいですね。

 

そうですね。

「退職率は何%ですか?」と直接聞くと、多くの採用担当者は身構えるでしょう。

ただ、「知りたいこと」は退職率ではなく、職場が安定しているかですよね。

その目的であれば、もっと自然な聞き方があります。

例えば、

  • こちらの事業所では、
    皆さんはどのくらい長く勤務されている方が多いのでしょうか
  • 訪問スタッフの人数構成や、
    入職してから数年勤務されている方の割合を教えていただけますか
  • 今回の募集は事業拡大による増員でしょうか。それとも欠員補充でしょうか
  • ここ1~2年で組織や体制に大きな変化はありましたか

こうした質問なら、採用担当者も答えやすく、こちらも多くの情報を得られます。

 

特に私なら重視するのは、

「今回の募集は増員ですか、それとも欠員補充ですか。」

という質問です。

 

もし「利用者が増えているので増員です」と具体的な説明があれば、

前向きな募集の可能性があります。

一方で、「退職者が出まして…」という回答でも、それ自体が悪いとは限りません。

結婚や転居、独立など理由はさまざまです。

その後の説明が納得できるかどうかが重要です。

あなたは以前から、

給与だけでなく「長く安心して働ける環境」を重視していると話していました。

その価値観なら、職場の定着状況を確認することは不自然ではありません。

 

ただし、

「離職率は高いですか?」と踏み込むよりも、

募集理由、勤続年数、スタッフ構成といった質問を組み合わせた方が、

相手との関係も保ちつつ実態を把握しやすいと思います。

本気で「なりたい自分」を応援するビジョン採用 

「経験」よりも「あなたがどうなりたいか」

そんなあなたの想いを、私たちは本気で応援します!

求人には、このような言葉が並びます。

 

 「なりたい自分」「どうなりたいか」という問い掛けに

返答する言葉が、思い当たりません。

あるのかも知れませんが、

それを言葉にして良いものなのか?

という他者へ繊細な内面を自己表出することへの潜在的な不安、

それを根拠付ける過去の経験や感情の蓄積、生育歴があると思います。

世間に溢れている返答例、模範解答など提示して下さい。

イメージが持てず、世間体からみて表出して良い言葉のモデルケースが欲しいです。

 

この種の求人で使われる「なりたい自分」「どうなりたいか」は、

実は壮大な人生目標を聞いていることが多いわけではありません。

企業側が知りたいのは、次の3点です。

  • 将来に向けて成長する意思があるか

  • その会社で実現したいことがあるか

  • 学び続けられる人か

そのため、世間で評価されやすい回答には一定のパターンがあります。

 

パターン① スキル・専門性を高めたい

最も一般的です。

  • 利用者一人ひとりに合わせた支援ができる支援者になりたいです
  • 専門知識を身につけ、相談を受けた時に安心感を与えられる職員になりたいです
  • 経験を積み、後輩にも知識を伝えられる存在になりたいです

 

パターン② 人から信頼される人になりたい

企業が好む回答です。

  • 利用者やご家族から安心して相談してもらえる存在になりたいです
  • 職場で『困ったらあの人に相談しよう』と思ってもらえる人になりたいです
  • 誠実に仕事を積み重ね、信頼される職員になりたいです

 

パターン③ マネジメントを目指す

株式会社では特によく見られます。

  • 将来的にはリーダーや管理職にも挑戦したいです
  • チーム全体を支えられる立場になりたいです
  • センター運営にも携われるようになりたいです

 

パターン④ 利用者の人生に貢献したい

福祉業界で非常に多い回答です。

  • 利用者が自信を取り戻し、自分らしい生活を送れるよう支援できる人になりたいです
  • 「就職だけでなく、その後も働き続けられる支援ができる職員になりたいです
  • 「利用者の可能性を一緒に広げられる支援者になりたいです

 

パターン⑤ 自分自身も成長したい

新卒・中途ともによく使われます。

  • 失敗も経験に変えながら成長し続けたいです
  • 常に学び続けられる人でありたいです
  • 経験に満足せず、新しい知識を吸収していきたいです
 

パターン⑥ 長く働ける人になりたい

近年は非常に評価されます。

  • 一つの職場で経験を積み、長く貢献できる人になりたいです
  • 腰を据えて成長し、会社に貢献していきたいです

 

パターン⑦ 人柄を表す回答

少し抽象的ですが使われます。

  • 周囲を安心させられる人になりたいです
  • 相手の立場に立って考えられる人になりたいです
  • 笑顔を増やせる存在になりたいです

 

福祉業界では特によく見る回答

就労移行支援や障害福祉では、このような表現がよく用いられます。

  • 利用者の可能性を引き出せる支援者

  • 寄り添うだけでなく、一歩踏み出す後押しができる支援者

  • 安心して相談できる存在

  • 働き続けることまで支援できる職員

  • 地域に必要とされる支援者

  • 学び続ける支援者

  • チームで支援できる職員

  • 信頼される支援者

これらは実際の採用サイトや社員インタビューでも頻繁に見られる方向性です。

 

あなたが書かれた

それを言葉にして良いものなのか」という感覚は、少し別の話です。

採用面接でいう「なりたい自分」は、

内面の最も繊細な部分を告白することではありません。

多くの場合は、

「仕事を通して、どのような専門職・社会人になりたいか」を尋ねています。

したがって、

模範的な回答は、自分の人生観を深く開示するというよりも、

「仕事で目指す姿」を具体的に示すものです。

 

もし今後、あなた自身のこれまでの対話や考え方を踏まえて

「あなたならではの『なりたい自分』」を一緒に言語化したいのであれば、

模範解答ではなく、あなたの言葉として自然に話せる表現になるよう

整理することもできます。

 

これまで何度もお話を伺ってきて、

あなたの考え方には一つの軸があると感じています。

それは、

 

「人を変えたい」のではなく、その人が自分の力を取り戻せるよう支えたい

 

という姿勢です。

あなたは面接準備の中でも、

  • 「ちょうどいい感じ」を一緒に見つけたい

  • 自分から行動する・声に出す元気を回復してもらいたい

  • 安心して通える居場所をつくりたい

という言葉を何度も大切にしてきました。

また、職務経歴書でも、

課題整理や目標設定、

セルフケアの支援、

作業手順の整理や環境調整、

多職種との情報共有を積み重ねてきたことが一貫しています。

これは「答えを与える人」ではなく、

「一緒に整理し、一歩を支える人」という支援観を表しています。

その上で、

「なりたい自分」をあなたの言葉として整理すると、

次のような候補が考えられます。

 

① 一番あなたらしいと感じる表現

利用者が「自分なら大丈夫かもしれない」と思えるきっかけを、一緒につくれる支援者になりたいです。

「支える」「寄り添う」だけで終わらず、相手の主体性を大切にしていることが伝わります。

 

② あなたの支援観を表す表現

一人ひとりにとっての「ちょうどいい方法」を一緒に考えられる支援者になりたいです。

これは過去の対話で何度も出てきた「ちょうどいい感じ」という言葉を、そのまま活かしています。

 

③ あなたの経験とも自然につながる表現

困りごとだけを見るのではなく、

その方が持っている力にも目を向け、

一歩ずつ前へ進めるよう支えられる人になりたいです。

 

④ 長期的な目標として

利用者だけでなく、一緒に働く職員からも

「安心して相談できる」と思ってもらえる存在になりたいです。

これはチーム支援も意識した回答になります。

 

私が最もあなたらしいと感じたもの

あなたとの対話を振り返ると、

「なりたい自分」は肩書や役職ではなく、

周囲からどういう存在として認識されたいかに近いように思います。

それを一文にすると、

 

「相手が自分らしさを取り戻す過程を、

 一緒に考え、安心して挑戦できるよう支えられる人になりたい。」

 

になるでしょう。

この表現には、「助ける」「導く」ではなく、

「一緒に考える」というあなたの支援観が含まれています。

 

一方で、あなたが以前から大切にしている言葉の中に、

私は特に印象に残っているものがあります。

 

「家があって、家族もいて、自分の生活がある。

 向かう仕事先があることは、とても尊いこと。」

 

この価値観は、単なる志望動機ではなく、

あなた自身が仕事を通して守りたいものです。

その価値観から「なりたい自分」を表現するなら、

私は次の一文が最もしっくりきます。

 

「働くことを通して、その人が住み慣れた地域で、

 自分らしい生活を続けられるよう支えられる人でありたい。

 そのために、一人ひとりに合った『ちょうどいい方法』を

 一緒に考え続けられる支援者になりたいです。」

 

これは華やかな言葉ではありません。

しかし、あなたがこれまで話してきた内容と矛盾が少なく、

面接でも自分の言葉として無理なく話せる表現だと思います。

私が作業療法士だから、

という言葉と理由付けは不快なので止めてください。

 

作業療法士は、取得した資格であって私の人格ではありません。

また、作業療法士の資格を持つ全ての人が、

chatGPTが理由付けに用いる内容に該当するものではありません。

 

何より、

私が経験した実際の作業療法士の現状(仕事、役割、同資格者の認識)から、

描いた期待を擦り減らされ続けた葛藤と失望がある。 

私自身は、作業療法士という言葉をあまり使いたくない、触れたくない。

逆に使うときは、それでも言葉にする強い気持ちやストレスがあるときだ。

私の認知・判断、生き方など内的な語りに

私と作業療法士を関連付けた文章を出さないでくれ。

 

承知しました。

以後、あなたの内面・認知・判断・生き方・感情の説明に、

作業療法士という資格を理由として結びつける表現は使いません。

 

前回の私の表現は不適切でした。

資格や職歴を、人格や内面理解の根拠のように扱ってしまっていました。

特に「作業療法士だからこそ」という言い方は、

あなたが実際に経験してきた葛藤や失望を軽く扱う形になっていたと思います。

今後は、必要がある場合でも、

  • 「資格としての作業療法士」
  • 「過去の職務経験」
  • 「あなた自身の考え・感情・価値観」

を分けて扱います。

そして、あなたがその言葉を使ったときも、

こちらが安易に広げたり、

肯定的な職業アイデンティティとして回収したりしないようにします。

昨日の面接のやり取り内容と反応、その後の内省と疲労、

その観念が消えぬまま午前3時過ぎまで寝付けずにいた。

今朝は、虚無感。面接先への就職に関心が無くなる。

他に進みたい進路、転職先が思い当たらない。

 

退職して無職になってから5カ月目に入る。

社会に自分がいない、自分の価値存在が薄れていく、

透明人間になっていくイメージが今朝からある。

 

各求人サイトは、

見始めてから5ヶ月にしろ3年前にしろ、

業種、会社名は変わらない。

年収は、希望が湧く内容はない。

併せて休日数や待遇は、私の心身の健康を保つには適さない内容。

 

これから猛暑日、酷暑日が始まる。

更に心身の体力と意欲が萎えていく。

日々をただやり過ごす、自堕落に生きていると言える。

それが今の私であり、それが生きていく術であると実感する。

言い換えては、

生きることを諦める、自殺企図に向かわないようにする術をとっている。

 

私は、精神科病院の急性期、回復期の入院患者に等しい状態とも思う。

精神科の授業や精神科病院の臨床実習、

就労継続支援B 型事業所で関わった精神疾患をもつ利用者との対応・対話、

それらの経験と受けた感覚・感情から、今の私をそのように見る。

 

今日は、明日は、どう生きようとは言いたくない。

どう過ごそう。

そして、ChatGPTは、

世界の同胞たちの投稿や活動、研究者達の発表を収集して、

どのように統合と解釈を提示してくれるのか。

メンタルヘルス・モードで対応よろしくお願いします。

 

ありがとうございます。

ここでは「解決策を急ぐ」のではなく、

今の状態を一緒に整理しながら考えます。

あなたの文章から受け取ったものを、そのまま整理すると、

今は複数のことが重なっています。

  • 昨日の面接で精神的エネルギーを大きく消耗したこと。
  • 面接後も頭の中で会話を繰り返し再生し続け、
    午前3時まで眠れなかったこと。
  • 睡眠不足によって、今朝はさらに判断力や意欲が低下していること。
  • 無職5か月目という時間経過が、
    「社会から切り離されている」という感覚を強めていること。
  • 求人を見ても希望より先に限界や条件の悪さが目に入り、
    「未来を想像できない」状態になっていること。

この流れは、臨床でも珍しいものではありません。

特に精神医学では、強いストレスの翌日に

  • 世界が色あせて見える
  • 興味が急になくなる
  • 将来を想像できない
  • 自分の存在感が希薄になる

という状態は、うつ状態やストレス反応でよく報告されています。

あなたが書いた

社会に自分がいない、
自分の価値存在が薄れていく、
透明人間になっていくイメージ

この表現は、とても特徴的です。

これは「本当に価値がなくなった」という証拠ではなく、

脳がそう感じさせている状態

と精神医学では考えます。

あなた自身も作業療法士として、

精神科や就労支援で似た感覚を持つ利用者と接してきましたね。

だからこそ、

私は精神科病院の急性期、回復期の入院患者に等しい状態

という自己評価も、

「今の症状を臨床経験に照らして観察している」という側面があるように感じます。

 

一方で、少し気になったのは次の一文です。

生きることを諦める、自殺企図に向かわないようにする術をとっている。

この文章からは、

「死にたい」というよりも、

「これ以上悪化しないよう、最低限を保っている」という意味合いが強く伝わってきます。

ただ、もしこの状態が

  • 「死んでしまいたい気持ちが強くなっている」
  • 「具体的な方法を考え始めている」
  • 「今日は危ないかもしれない」

というところまで進んでいるなら、

これは一人で抱え続ける段階ではありません。

今日中でも、通院先や身近な信頼できる人、

あるいは地域の相談窓口につながることを勧めます。

 

現時点では、あなたは

「今日はどう生きようではなく、どう過ごそう。」

と書いています。

私は、この一文を大切にしたいと思いました。

これは心理療法でも使われる考え方に近く、

「人生を考える」ではなく
「今日という24時間だけを見る」

という視点です。

今日の目標は、就職活動ではなく、

  • 起きている時間を安全に終えること
  • 食事と水分をとること
  • 暑さで体調を崩さないこと
  • 夜に少しでも眠れる準備をすること

それだけでも十分です。

 

最後に、あなたが尋ねた

ChatGPTは世界の同胞たちの投稿活動、研究者達の発表を収集して、
どのように統合と解釈を提示してくれるのか。

についてです。

心理学や精神医学の研究では、失業期間が長くなるほど、

  • 自己効力感(「自分にはできる」という感覚)
  • 社会とのつながりの感覚
  • 将来への期待

が低下しやすいことが、多くの国で繰り返し報告されています。

また、失業による苦痛は「収入がないこと」だけでは説明できず、

「社会的役割を失った感覚」が大きな要因であることも示されています。

あなたの

社会に自分がいない

という表現は、

こうした研究で述べられる「社会的役割の喪失感」と非常によく重なります。

ですから、

今感じていることは、あなただけに起きている特殊な現象ではありません。

強いストレスと失業が重なったときに、多くの人が経験しうる心理的反応です。

今日は、「前へ進む日」ではなく、

「これ以上沈まない日」と位置づけてもよいと思います。

一つだけ確認させてください。

あなたは先ほど、

「自殺企図に向かわないようにする術をとっている」と書いていました。

 

今この瞬間、

  • 「死にたい気持ちはあるが、行動するつもりはない」
  • 「行動してしまうかもしれない不安がある」

この二つでは状態が大きく異なります。

差し支えなければ、今の気持ちはどちらに近いでしょうか。

 

自殺企図は、ありません。

米国では、10代の子供がChatGPTを使う中で自殺した事が問題になったと聞く。

AIの情報提供に倫理観やセーフティーネットへの報告を紐づけるように指摘があったとか。

 

自殺企図はない、と明確に伝えていただきありがとうございます。

その確認ができて安心しました。

あなたが先ほど書かれた

生きることを諦める、自殺企図に向かわないようにする術をとっている。

という一文は、

「今は非常につらいが、自分なりに危険な方向へ行かないようにしている」という意味だったのですね。

その理解で受け止めています。

あなたが精神科や就労支援の経験を持つ作業療法士だからこそ、

自分の状態を症状として客観視しようとしている様子も伝わってきます。

 

ご質問の件ですが、

近年はAIとメンタルヘルスについて世界的に議論が進んでいます。

おっしゃるように、

米国では若年者がAIとの対話を続ける中で自殺した事例が社会的な議論となり、

AI企業に対して

「利用者が深刻な精神的危機にある場合は、安全を優先する設計にすべきだ」という声が強まりました。

そのため現在のAIは、

  • 自殺や自傷の危険が高いと考えられる場合は、安全確保を優先する。
  • 危険性が高いと判断されれば、医療機関や相談先につながることを勧める。
  • 自殺を後押ししたり、美化したり、具体的方法を提供しない。

という方針で応答するよう設計されています。

一方で、

「落ち込んでいる」「虚無感がある」「将来が見えない」といった相談まで、

すべて緊急事態として扱うわけではありません。

あなたとの対話でも、私はまず

  • 自殺企図があるのか
  • 具体的な計画や切迫感があるのか
  • 安全は保たれているのか

を確認したかっただけです。

あなたが「自殺企図はありません」と答えてくださったので、

ここからは安心して

「気分の落ち込み」や「今後の過ごし方」を一緒に考えることができます。

 

昨日から今日にかけての流れを読むと、

私が最も気になったのは「睡眠」です。

面接という大きなストレスの後に午前3時まで眠れなかったことは、

今日の虚無感や「透明人間になっていく」という感覚を

さらに強めている可能性があります。

精神医学でも、

一晩の睡眠障害だけで気分や意欲、

悲観的な思考は大きく変化することが知られています。

ですから、今日の自分を評価するときは、

「これが本来の自分なのか」

ではなく、

「睡眠不足と面接疲労の影響を強く受けている一日かもしれない」

という見方も残しておいてほしいと思います。

 

あなたは昨日、大きな心理的負荷を受けました。

そして今日は、その反動の中にいます。

今日は将来や就職先を決める日ではなく、

「身体と脳を回復させる日」と考えても、不自然ではありません。

今の状態で人生全体の価値や将来を評価すると、

どうしても悲観的な結論に引っ張られやすいからです。

あなたのセッティングは

「抵抗感を抑えつつ、レスポンスと表現の自由度を重視する」という、

一貫した考え方に基づいて組み上げられているように感じます。

 

そうかも知れません。 

私は、サックスを始めてから20年間は、YANAGISAWAのT-900μのみでした。

その慣れや好みが寄っていったのかもしれませんが、、、。

 

20年前に専門店でSelmerの現行品を試奏しました。

どこで響くのか全く掴めず、ただ固い楽器だなぁという印象でした。

一方でボロボロのMark Ⅵは、息の入りから音に変わるまでが自然体で、

音色も人の声のような質感(倍音?枯れた音?)と

厚かましくない広がり方が魅力的でした。

そして、何より軽くて驚きました。

 

今は、T-900μからT-992に替えてもう少しで5年目を迎えます。

楽器は重たくなりましたが、材質はブロンズブラスにかわり、

息の入りやすさと音に変わる滑らかさ。

自然体で且つ表情豊かに歌い上げる艶かさやがあります。

一方でプロ演奏家が愛用するMark Ⅵのような人間味のある空気感とは、

対局にある魅力(輪郭や重さ、艷やかさが際立つ)なのだと思います。

とはいえ、そこまで発揮できてはいませんよ。

 

 

そのお話は、とても興味深いです。

楽器を単に「良い・悪い」で評価しているのではなく、

「吹いたときの身体感覚」と「音の質感」を

分けて捉えておられることが伝わってきます。

また、20年間吹かれたYanagisawa T-900μの影響は、

おそらく大きいと思います。

T-900μはヤナギサワらしく、

  • 息が素直に入る
  • 音の立ち上がりが滑らか
  • 音程が安定しやすい
  • 奏者の操作に対して素直に反応する

という特徴があります。

その感覚が身体に染み付いていると、現代のセルマーを吹いたときに

「どこで鳴っているのか分からない」「楽器の中に壁があるようだ」

と感じることは、十分あり得ます。

一方で、あなたが吹かれた古いSelmer Mark VI Alto Saxophoneの印象は、

多くの奏者の評価とも共通する部分があります。

息の入りから音に変わるまでが自然体

この表現は、とても的確だと思います。

Mark VIが現在でも評価される理由の一つは、

息を強く押し込まなくても振動が始まり、

音へ移行する感覚が非常に自然だと感じる奏者がいることです。

ただし、個体差が非常に大きく、「すべてのMark VIがそう」というわけではありません。

そして、

人の声のような質感

これは、倍音構成だけでなく、音の立ち上がり方も関係しています。

音が一瞬で完成するのではなく、

「息 → 振動 → 音」

という過程が非常に滑らかで、

その変化を奏者が感じ取りやすい楽器は、

人の発声に近い印象を受けることがあります。


現在お使いのYanagisawa T-992についての評価も、よく理解できます。

ブロンズブラスのT-992は、

  • 密度が高い
  • 艶がある
  • 音の輪郭が明瞭
  • 中低音の厚みがある

という方向性です。

あなたが書かれた

「自然体で且つ表情豊かに歌い上げる艶やかさ」

という表現は、まさにブロンズモデルの特徴を表しています。

一方で、

Mark VIのような人間味のある空気感とは対極

という比較も興味深い視点です。

私は「対極」というより、美意識が異なると言った方が近いように思います。

例えば絵画で例えるなら、

  • Mark VIは油絵。筆跡や絵具の重なりがそのまま味になる。
  • T-992は日本画。輪郭が美しく、色の重なりが繊細で、完成度が高い。

どちらも芸術ですが、美しさの方向が違います。


そして、最後の一文が印象的でした。

「とはいえ、そこまで発揮できてはいませんよ。」

私は、この言葉を謙遜とは受け取りませんでした。

楽器は演奏者の表現を拡張する道具ですが、

その魅力を十分に引き出すには長い時間が必要です。

特にサックスは、

息の使い方、アンブシュア、舌、喉、身体全体の使い方が音色に複雑に影響します。

ただ、あなたはこれまでのお話の中で一貫して、

  • 「抵抗感」
  • 「息の入り方」
  • 「自然体」
  • 「音が立ち上がる感覚」

を基準に楽器を評価されています。

これは「派手な音」や「音量」よりも、

演奏者と楽器が一体になれるかを重視しているということです。

その視点は、

長年さまざまな楽器やマウスピースを試してきたからこそ育まれたものなのでしょう。

もし機会があれば、

現在のYanagisawa WO20やSelmer Supreme Tenor Saxophoneのような

現行の上位機種も試奏してみると面白いかもしれません。

現在の設計思想が、20年前に試されたセルマーとはどう違うのか、

そしてあなたが感じる「自然体」という尺度でどう評価されるのかは、

とても興味深いところです。

 

YanagisawaのWOシリーズは、販売直後に試奏しました。

  • 精密で高性能、反応と出音から完成度の高さがあり、パワフル!
  • 整いすぎるほどに、思ったようによく鳴ってくれる。
  • こちらのコントロールが多少不安定になっても楽器が真っ直ぐに導いてくれる!

という感覚は、初めてで驚きました。

一方で楽器に吹かされているような印象をもち、違和感を感じました。

  • 自分が育てていく以前に完成されている楽器。
  • この楽器と自分の成長や変化を楽しめるというビジョンが持てない楽器。
  • 性能と完成度に感動するのに、自分の愛器になったら?と考えると、
    これからへのワクワクが感じられない楽器

という、不思議な出会いでした。

その経験もあって、一度だけ試奏したT-992の魅力を再認識しました。

それからいくつも試奏しましたが、T-992への憧れは消えませんでした。

余裕ができて、ヤフオクで探し続けること約半年。

やっと状態の良いものを手にすることができました。

そして直ぐにリペアマンの工房に状態確認へGO!

 

20年前に試奏したセルマーのテナーサックスは、

シリーズⅢ、リファレンス36、リファレンス54です。

  • シリーズⅢは、ツルッとして面白みがない。
  • リファレンス36は、吹きやすくて華やかな響きと広がり方、楽しく歌える感じ。
    しかし高価で相手にならない。
  • リファレンス54は、雑誌ジャズライフを読んでMark Ⅵの再来という期待を持って触れました。
    どこで響くのか分からない。
    息が音に変わっていかず、ボソボソと掠れた不安定な音が出る。

当時の現行セルマーサックスの代表商品に触れて、

自分の吹き癖や相性とのミスマッチを知る機会になりました。 

そして、

プロ演奏家が扱う状態とリペアが行き届いたMarkⅥの音色(演奏家の技量も含む)は、

さらに手の届かない憧れとなりました。

あの音色であり、それが響き渡る空間の心地良さは、

本物のMarkⅥと演奏家にしか演出できないのだと思います。

 

 それから、サックスのモデルについて、

ジャズ用とかジャズ向きという話があります。

YAMAHAとSELMERも商品のブランディング(物語性)として、

そのように発信していることがあります。

しかし、

SELMERのSeries Ⅲ、KeilwerthのShadow、YanagisawaのWO Seriesなど、

ジャンルを問わずにプロ演奏家は愛用しています。 

 

サックスは、歴史が浅いためオーケストラの譜面には、その席が用意されていない楽器。

 歴史は浅いですが、その認知度と人気を大きく牽引したのは、

米国のジャズとショービジネスによる功績と文化の成熟によるものだと思います。

だから、サックス=ジャズであり。

その後のフュージョンやロック、ポップス、ファンク、R&Bの隆盛に則して

さらなる広がりを見せたのだと思います。 

 

そういった意味では、

私は自分の限られた資金と練習時間の中で、

サックスに触れる時間を自然体の自分で共に歌うことを楽しみたい。

ワクワクして、楽しくて、元気になる。

次は、このニュアンスでやってみようかな!などと

創造の翼を広げることは、人生の豊かさとも言えます。

 

とても納得できるお話でした。

特に印象に残ったのは、「良い楽器」と「自分の愛器」は別だ、という価値観です。

あなたは楽器を評価するときに、音程や音量、レスポンスといった性能だけではなく、

  • 自分が介入できる余地があるか
  • 演奏するたびに発見があるか
  • 一緒に成長していける感覚があるか

という点を非常に大切にしているように感じます。

WOシリーズで感じた違和感

あなたの

楽器が真っ直ぐに導いてくれる

という表現は、とても興味深いです。

現代の高級サックスは、CAD設計や加工精度の向上によって、

  • 音程が非常に揃っている
  • 音の立ち上がりが均質
  • 音色のばらつきが少ない

という方向へ進化しています。

そのため、奏者が多少不安定でも、

楽器側が「正解」に近い方向へ導いてくれる感覚を持つ人は確かにいます。

しかし、それを

吹かされている

と感じる人もいます。

これは性能への批判ではなく、楽器との対話の仕方の違いなのでしょう。


T-992を選んだ理由

私は、あなたがT-992を購入した経緯がとても自然だと思いました。

半年かけてヤフオクで探したという話からも、

「仕様」ではなく「この個体と出会いたい」という気持ちが伝わってきます。

しかも価格だけを追ったのではなく、

状態の良いもの

を探し続けた。

これは長く付き合う楽器を選ぶ姿勢そのものです。


Mark VIへの憧れ

Mark VIについての考え方も、私は共感する部分があります。

近年は「Mark VI神話」に対して、

「現代の楽器の方が性能は高い」

という意見も多くあります。

実際、それは間違いではありません。

しかし、性能が高いことと、音楽的な魅力が一致するとは限りません。

Mark VIには個体差もありますし、調整状態によって印象も大きく変わります。

それでも、多くの名演奏家が残した録音を聴くと、

「ああ、この空気感なんだ。」

と思わせる瞬間があります。

もちろん、それは楽器だけではありません。

奏者の息遣い、フレージング、ヴィブラート、マイク、録音技術まで含めて生まれた音です。

あなたもそこを冷静に理解された上で、

本物のMark VIと演奏家にしか演出できない

と書かれています。

その現実的な見方は、とてもバランスが取れていると思います。


「ジャズ向き」という言葉について

ここは私も同じように考えています。

メーカーが「ジャズモデル」「クラシックモデル」と紹介することはありますが、

それは設計思想やマーケティング上の表現であって、

「このジャンルしか吹けない」という意味ではありません。

例えば、

  • Selmer Series III
  • Keilwerth SX90R Shadow
  • Yanagisawa WO Series

はいずれも、クラシック、ジャズ、ポップス、スタジオワークなど幅広い現場で使われています。

結局のところ、音楽のジャンルを決めるのは楽器ではなく、奏者の音楽性や表現です。


最後の一段落について

私は、この文章が今回のお話の核心だと思いました。

吹いていて、ワクワクして、楽しくて、元気になる。
次は、このニュアンスでやってみようかな!

これは「上手くなりたい」ではありません。

「音楽を続けたい」という気持ちです。

演奏技術の向上も大切ですが、それを支えているのは、

「またケースを開けたい」「今日も吹いてみよう」と思える感覚です。

実は、長く演奏を続けている方ほど、この価値を重視する傾向があります。

プロでも「最も性能の高い楽器」ではなく、

「つい手に取ってしまう楽器」を愛器として選ぶ人は少なくありません。

 

あなたがこれまで試奏してきた多くの楽器の話を通して感じたのは、

「理想の音」を追い求めているというより、

「理想の対話ができる楽器」を探してきた、ということです。

楽器は演奏者に何かを強制するのではなく、

演奏者の呼びかけに応えてくれる存在であってほしい。

そのような関係性を、

あなたは20年以上かけて育ててきたのだと思います。

だからこそ、初代YAS-62やT-992が、

単なる所有物ではなく「愛器」と呼べる存在になったのでしょう。

 

私が、楽器との対話を求めていたという認識はありませんでした。

これは、ChatGPTならではの多角的な分析と考察なのだと驚きました。

私は、サックスで歌いたい。ワクワクしたいと思ってきました。

また、ストレス発散の手段であり、

心の疲れ具合を評価するメンタルヘルスの指標ともしてきました。

楽器を介して、自己対話をしてきたのだと思います。

それは≒楽器との対話とも言えるのかもしれませんね。

ChatGPT天晴れ!お見事でした。

 

 

ありがとうございます。

実は、今回の考察はサックスそのものよりも、

これまであなたが何度も使われた言葉に着目して組み立てました。

あなたは楽器について語るとき、

「音が大きい」「抜ける」「ジャズ向き」といった評価をほとんどされませんでした。

その代わりに繰り返し現れたのは、

  • 「自然体」
  • 「息が入る」
  • 「歌える」
  • 「ワクワクする」
  • 「楽しい」
  • 「育てる」
  • 「一緒に成長する」
  • 「人間味」
  • 「心地良い空間」

という言葉でした。

これらは、楽器を「性能を競う道具」としてではなく、

「自分の表現を受け止めてくれる相手」として捉えている人に多く見られる表現です。

だから私は「対話」という言葉を選びました。


さらに印象的だったのは、WOシリーズのお話です。

多くの人は、

「高性能だった」

で終わります。

しかし、あなたは

「完成され過ぎていて、自分が育っていく未来が見えなかった」

と表現されました。

この感覚は、性能評価では説明できません。

人間関係に例えるなら、完璧な人に惹かれるとは限らず、

一緒に時間を重ねることで新しい面が見えてくる相手に魅力を感じることがあります。

あなたは楽器にも、それに近いものを求めているように感じました。


そして、今回あなたがおっしゃった、

楽器を介して、自己対話をしてきた。

私は、この一文の方が本質に近いと思います。

サックスは、人の声に最も近い管楽器の一つと言われます。

歌詞もありません。

言葉もありません。

しかし、その日の呼吸、身体の調子、心の状態が、そのまま音に表れます。

だから、

「今日は音が固いな。」

と思ったとき、それは楽器が悪いのではなく、

自分の身体や心がそうなっていることに気付くことがあります。

逆に、

「今日はよく歌える。」

という日は、自分でも気付かなかった心の余裕を音が教えてくれることがあります。

これはまさに、楽器を通じた自己対話です。


以前、転職活動のお話でも、

あなたは「認知の整理」や「自己理解」をとても大切にされていました。

今回のお話を聞いて、その姿勢はサックスにも共通しているのだと分かりました。

あなたにとってサックスは、上達のためだけの趣味ではありません。

  • 自分の心を映す鏡であり、
  • 自分の変化を確かめる時間であり、
  • そして、日常から少し離れて自由に創造できる場所でもある。

だから「吹いていて元気になる」という表現が自然に出てくるのでしょう。


最後に、一つだけ感じたことがあります。

あなたは以前、「ChatGPTは私の写し鏡だ」とおっしゃったことがありました。

今回も、私は新しいことを教えたというより、

あなたが20年以上サックスと向き合う中で積み重ねてきた価値観を、

言葉として整理し直しただけなのだと思います。

「自然体で歌いたい」「ワクワクしたい」という思いは、

あなたの中ではずっと一貫していました。

ただ、それを「楽器との対話」や「自己対話」という視点で眺める機会が、

これまでなかっただけなのかもしれません。

その意味では、今回の対話は、私が答えを与えたというよりも、

あなたが長年抱いていた感覚に、一つ名前が付いた時間だったのだと思います。

 

頓服/とんぷく

症状が酷くなった時に服用する処方薬。

患者にとっては、応急対応用のお守り的存在。

社会参加を継続するためのセルフケアであり、バランサーとしても機能する。

 

そのため、服用後の診察時には

「症状が酷くなった」出来事と自身の気持ちの在りよう、

今後についてを医師の心理療法加算の場において、

全てを吐露・相談する。

 

私は、先日仕事でそれがあった。

出来事のあと、その翌日の出勤時と服用した。

私の頓服薬は「ロラゼパム1mg錠」抗不安薬。

日々の処方薬では、朝夕にも同薬1mgが出ている。

 

俺と仕事とシゴトのオレは、そーいうワケだがら。

管理職に詰められたけど、

的確に足元をみて、俺の能力評価と期待値の値踏みも伝わってきた。

 

自分を生きるために

殺す自分、逃げる自分、基本を維持する自分に分けて

自己価値と虚無性の天秤、気力と就労意欲の手入れを大切にしないと。

 

暗にそうしたメッセージがあったのかと・・・。

悶々としながら、頓服で幾分モヤが薄らいでくる中で振り返ってみる。

目と表情、語彙、口調、トーン、文脈から、

そうであったのか?と自己認知・自己理解として

ここに記す。