2015.09.12
今日は約1ヶ月ぶりにバイクに乗りました。
最近やたらとご縁のある岐阜市方面へ。
BAJAの調子維持のためにも近場でちょっとと思いまして。
まずはお昼ごはんに行きつけのお店で味噌らーめんを食べました。
ちょうど禁断症状が出てきてましたので・・・

店舗が移転する前からですから、もう20年以上通っているお店です。
好き嫌いは分かれるかもしれませんが、私は異常に好きなんです。
その後、
名鉄岐阜駅方面へ向かい、R248(東へ)を走り鶯谷トンネルへ向かいました。
R248を走っている時、「あれ?」と思ったんですが、
この通りにあった「南海部品」ってなくなったんでしょうか?
と言いながら、
もう20年以上行ってませんので、疑問に思う資格もないかもしれませんが・・・
金華山ドライブウェイを岐阜公園側から入ってみました。
ゲートがあるんですね。

思えばこちら側から走るのも20年以上ぶりですね。
この後、私は大きな勘違いをしていたことに気づくことになります・・・
本線の合流地点?に出ました。

向こう側から走ってきました。
通行止めの標識?が出ています。
実は前回 (2015.06.20)の時にも、この通行止めの標識?は出ていました。
今回はこの「通行止め」の原因の真相を知りたくて、
わざわざ反対側から走ってきた訳なんですが・・・
んん・・・?
あらら~、ただの勘違いでした!
確かに通行止めの標識があって紛らわしいですが、
よく見れば(よく見なくても)、単なる「一方通行」だったんですね!
道の両側にしっかり標識出てますね。
大失態ですね・・・
この地点はT字路になってまして、
写真に向かって右方向が「金華山ドライブウェイ」の本線でして、
岩戸公園経由でR156~R22方面になります。
手前左方向は展望公園へ行けます。
ここでちょっとした思い出話を。
その昔、
金華山ドライブウェイに「走り屋」がワンサカいた頃はこの地点に電話ボックスがありました。
当時、VFR400R(NC30)でヘタクソなりに走ってました。
当時は「バリバリマシン」などの雑誌の影響もあり、
ツナギの上にチームお揃いのトレーナーを着るのが流行っていました。
私たち4人も真っ赤な派手なトレーナーを作りました。
当日もそのトレーナーを着てました。
下りの1つ目のヘアピンで、
センターラインを大きくはみ出しオーバーランした状態で停止、
のんきに西側の景色を眺めているクルマがいました。
そのクルマのすぐ後ろを走っていた私は、
イン側からクルマをパスしようと思い進入しました。
その瞬間、クルマが動きだし軽く接触してしまいました。
まあ、
状況的にはクルマの行動の方がおかしいとは思いますが、
私の行動も決して褒められたことではないと思います。
若かった私は瞬間的に「逃げよう!」と思いました。
実際ちょっと逃げました。
そのクルマはクラクションを鳴らしながら追いかけてきました。
でもクルマから逃げることなど簡単です。
ナンバーもシャクってましたし・・・
しかし、
前述したトレーナーが・・・ すごく目立つんです!
逃げるのは簡単なんですが、
このトレーナーが目印になって他の仲間に迷惑がかかってもと思いましたし、
さらに言えば、ここで走っている他の走り屋にも迷惑が・・・と。
私は電話ボックスのところで停止し、クルマの「お兄さん」を待ちました。
えらい勢いでクルマから降りてきたお兄さんは、
彼女?が制止するにもかかわらず、小僧(私)相手に結構な剣幕でわめいてきました。
お兄さんは「デート中」のようでした。
腹の虫が収まらなかったんでしょう。
お兄さん:「金出せや!」
私:「あんたも悪い、金はない、それにたいしてキズはついてない」
実際にクルマに接触したのは私のツナギのバンクセンサーとリアのウインカーぐらいでした。
クルマ側には「うす~いスジ」がついてただけでした。
それでも「金出せや!」と引かないので、
「ないもんはない! 実際に財布に1,000円しか入ってない!」と見せてやると・・・
「じゃあ、その1,000円払え!」と。
あはは・・・
お兄さん、
デートの最中に彼女の前で、
小僧相手にたったの1,000円取るなんて、
株が下がるんじゃないですか・・・?
心の中で笑いながらも「1,000円で済んでよかったな!」と胸をなでおろしました。
そんなこんなで思い出?のヘアピンに到着。

ここに来ると、賑やかだった「あの頃」を思い出しますね。
時代は変わり、走り屋もいなくなり、バイクどころかクルマも少なくなりました。
目立つのはウォーキング?の年配者ばかり。
本当に時代は変わりました・・・


2015.06.20 撮影
バイクでもクルマでもない、
こんな訳のわからん代物が我が物顔で爆音をたてています。
ちょっと悲しいし寂しいですね・・・

ここからの景色も変わりましたね。
個人的な思い出話に長々とおつきあいいただきましてありがとうございました。