世の中は連休。
サービス業の旦那は仕事。
昨夜の子供が寝なくてふてくされた旦那の顔を思いだし、朝から嫌な気分。
また涙が出てくる。
居場所がないのだ。
そして、小さな子供にもここしか居場所がないのだ。
どんなに情緒不安定な母親のもとでも、ここで生きるしかないのだ。
悲しくなる。
午後からは少し遠くの公園へ。
今日は知り合いに会いたくない気分。
何かを話したら、スッキリする日もあるのだが今日は泣いてしまいそう。
夏のような天気。
花をつむ子供。
最近、鳩を追って「ぽっぽ、ぽっぽ!」と叫ぶ。
家族連れがほとんどだが、お年寄りもちらほら。
私もいつか年をとったら。
子供の手が離れたら。
あのお年寄り達のように、公園で日向ぼっこをして何を思うのだろう。
育児の大変さなんて忘れているだろう。
可愛かった子供の笑顔、楽しかった記憶しか残っていないのだろう。
可愛い時期はあっという間だとわかっていても、
いま、何故、こんなにイライラするのだろう。
悲しくなるのだろう。
そんなことを考えると、公園で人目もはばからず泣けるのだ。
でも今日は少しあきらめている。
旦那に期待することを。
私が全てやれば良いのだ。
あんな、ふてくされた嫌な顔を見るくらいなら。
旦那も子育てには協力的なほうだ。
しかし、母親が抱える子育ての苦しみ、悩みにはしょせん他人事なのだ。
早朝から泣き叫ぶ子供をドアのすき間からチラッと見て、出社していった旦那。
いいなぁ、逃げる場所があって。
誰に言うでもなくつぶやいた。
