こんにちわ、ばいきゅです。
人間の欲望には際限が無いなと常々思う今日この頃。
昨日の続きを!
大方の親御さんはこうするのでないでしょうか?
状況A→おお、すごいねあんた! 学年1位って!あんた、頑張ったんだねぇ。
状況B→いつも勉強しないで遊んでばかりいるからそうなるんでしょう、来月のお小遣い無しだからね!!
宝くじで例えると、
99%の確率で100万円が当たると言われて宝くじを買って当たらないことを責める
1%の確率で100万円が当たると言われて宝くじを買って当たらないことを責めないこと。
どうせ当たらないと思っていることと、
絶対当たる!!と思っていることの違い。
期待値が上がってしまうんですね
ここで何が言いたいかといいますと
親が子を褒めるかどうかの基準は、ほとんどの場合で、"環境との比較"に影響されるのです。
良い高校に入れば、親の期待値も上がる→褒めるに値する基準が上がる→褒める回数が減る。
謂わゆる、
悪い高校に入れば、親の期待値は同じに留まる、もしくは下がる→褒めるに値する基準が同じもしくは下がる→褒める回数は変わらない、増える
それが一般的な傾向な気がしています。
子供からすると、
「頑張ってこんなに頭の良い高校入ったのに、高校が始まってからはちっとも褒めてくれない。」
そんな愚痴が聞こえてきそうですね。笑
ですので、一度原点に戻って
子供が今までどんな事を頑張ってきて、どんな事を達成してきたのか。
それをまず認めてあげて、褒めて、それを伸ばしてあげられるような手助けをしてあげる。
自分の中で勝手に基準を作ってそれを押し付けるのはやめてあげましょう。
まとめると。
どんな事を判断する時でも
必ず何かしらの基準を持ってその事の良し悪しを判断します。
問題なのは、その親御さんの基準自体の作り方、持ち方であって、
実は、"子供が頭が悪いこと"
ではないのです。
それは全てに言える大事な事で、
自分がどのように基準を持つかで、自分の考え方、捉え方、感じ方が全て変わります。
だから、物事を判断する時には、
自分が今、どの立場で、どんな基準で、何を、誰を判断しているのか。
そこに立ち帰る事が大事なのではないでしょうか?
うちの子供、やればできるんじゃない!と、勝手に期待して、自分の新しくできた高い基準を押し付けてしまうのは、考え所かもしれないですね。
ちなみにそれは哲学においての、
"主観主義", "客観主義"という話に
繋がってきますが、また長くなるので今日はこれで
