もはや事務所に住みたくなっている

ヴィンテージ専門ブランディスト

BAHHA。←プロフコチラ

 

 

本日は、自己紹介続編を兼ねて、

何故この職を本業にしたかを

記しておこう。

 

 

好きなこと、好きなものが

わからない方の参考になれば、

という角度から記している。

 

 

人は必ずどこかに

『好き』『嫌い(好きではない)』と

いう個々の価値基準を持っている。

 

 

ただ、大人になるにつれて

その感覚は麻痺してしまう。

 

 

・世間一般の常識

・組織的な義務

・多数決の原理

 

 

個人の考えや感覚は、

組織に従属する中で隅に

追いやられ、存在すら忘れて

しまいがちになる。

 

 

知らぬ間に疲弊し、

自信の存在価値がどこにあるのか

見失ってしまう時がある。



内にあるものに気付かず、

外へ探しに出てしまう。



或いは気晴らしで、

違和感をやり過ごし、

そのまま流してしまったり。



そして手に入らないことが

わかり、全てを諦めてしまう。



やり過ごすことが目的になり、

流されるがままになる。

 

 

私もその一人だった。

ただ、内にある事に気づき、

そこに向き合う中で自分を

取り戻した。



今はとても

豊かで恵まれていることを

日々感じられるようになった。

 

 

~幼少期の記憶~

①変わったもの好き

 


自分でも鮮明に記憶に残っている。

典型的な普通の男の子であった私も、

幼少期はミニカーでよく遊んだものだ。

現在でも、タカラトミーのミニカーを

見ると、その時の記憶を思い出す。

 

 

国産車はもちろん持っていたが、

当時私の気を引いて止まなかった

のが外車だった。

 

 

お気に入りはキャデラックや、

シトロエン。リンカーンやシボレーも

大好きだった。

 

無駄なデカさ。長さ。装飾。今も大好きなもの。

 

 

・長く大きなボディ

・部分的に丸みを帯びたフォルム

・一見無駄なデコラティブ

 

 

子供心に、

そのカッコよさに惚れ込んだものだ。

 

 

もう一つのお気に入りがある。

建設用重機だ。特に舗装工事の

時にしか見られないもの。

ロードローラーやフィニッシャー、

モーターグレーダー。

他には重量物運搬用の特殊な

キャリアカーなど。

 

この辺りの車両が今も好きなのだ。

 

 

当時母親が感じていた事が、

『これの何がええんやろ?』

だったそうである(笑)

 

 

昆虫図鑑や海洋生物図鑑を

見ては、深海魚や外来種の

カブトムシやクワガタを熱心に

見ていたようだ。

 

引用元:http://sanyonomori.ocnk.net/product/576

ヘラクレスオオカブト。ブラジルにいるみたい。

 

 

②形への執着

 

 

小学校の頃、

よく母と買物に連れていってもらった。

車を運転できない母は、

自転車や電車で私を連れて

行ってくれた。

 

 

電車に乗った時に、子供が車窓の

景色を眺める風景は珍しくない。

私も色々なものを車窓から視ていた。

ただその対象物が人とは、

違っていたのかも知れない。

 

 

私がひとつ一つ丹念に視ていたのは、

看板に書かれた『漢字』である。

特に興奮したのは病院の看板だ。

 

 

『皮膚科』

『皮フ科』

『泌尿器科』

『胃腸科内科』

『耳鼻咽喉科』

 

 

この辺りが最高に好きだった。

 

 

・一目で書けない難しい漢字

・フォントの違いによる印象

・文字のカーブや跳ね、払い

 

 

今は、見られなくなった手書きの

看板は特に味があって良かった。

 

 

母がいつも持ち歩いていた

私専用のノートに、車内で

見たものを模写する。

神社の広場で、枝で

地面に書きつけていた。

 

 

~ストーリーへの執着~

 

 

漢字のフォルムへの執着が、

小学校高学年には進化していた。

 

 

象形文字からどのようにして、

現在の形になったのかに

すっかり嵌まってしまったのだ。

 

 

国語の授業になると、

必ず宿題として『漢字の成り立ち』が

あった。

 

 

その文字のルーツから、

現在にいたるまでの新化の過程を、

漢字辞典で調べることに夢中に

なった。絵が文字として認識される

ことにロマンを感じていたのだろう。

 

引用元:https://www.pinterest.jp/pin/365073113521896462/?lp=true

観ているだけで飽きない。パターンやモチーフにもいい。

 

 

~拾い癖と退廃美へのキッカケ~

 

 

私が生まれる前の、

父方のお爺ちゃんも結構

あったらしい。

 

 

私も物心ついたころから

この『癖』が強かった。

同性代の方ならご存知かと

思われるが、キン消しと

ビックリマンシール。

 

 

よく道端に落ちていたのだ。

同じものが当たってしまったり、

チョコだけ食べて捨てたり。

友人でもそういう人が多かった。

もちろんいらなければ頂いていた

のは言うまでもない。

 

 

落ちているものの多くは、

車に轢かれたり、

雨に打たれたりで黒ずみ、

シールは角が剥がれていることが

当たり前だった。

 

 

何故か落ちているものほど、

自分が持っていない物ばかり。

私は汚れたそれを持って帰り、

一緒にお風呂に入っては洗い、

剥がれた箇所は糊付けし、

大切に扱った。

小学校の頃の話だ。

 

ロビンマスク。モップ被ってバラクーダやったりした?

 

顔だけホログラムになっているヤツ。

 

 

更に遡ると、

幼少期の頃、砂遊びの最中に

よくミニカーを見つけた。

 

 

一番記憶に残っている一台は、

スカイラインのハコスカ。

色は藤色でタイヤはホイールが

なく真っ黒。ところどころボディは

錆びて、腐食していた。

 

 

もちろん持って帰って、

一緒にお風呂に入った。

スクラップ工場にある車

然としていてカッコよかったのだ。

 

スカイラインハコスカ。これが…

こんな感じになっていた。

 

 

~両親のしつけと『我』~

 

 

あまりガミガミ言われた記憶がない。

さすがに拾い癖は、母親から止め

られはしたが、一向に止む気配が

なく、諦めたそうだ。

 

 

無理やり押し付けられても、

小さな私は絶対に反発した

らしく、確かに断った記憶も

残っている。

 

 

小学校の頃、

人一倍背だけ高かった私は、

勝手にバスケ部に入れられていた。

全く興味がなかったので、

練習に行ったことが最初の一度だけ。

 

 

ある日顧問の先生に呼び出され、

『やる気ないなら辞めろ』と

言われたのを、嬉しく感じた私は

その場から走って行ったの

を思い出す。

 

 

そんな私のことを母も何も

言わず、父も放任していたため、

自由に育てられてきた。唯一矯正

された、利き手以外は。

 

 

~記憶に鮮明に残るピース~

 

 

30年以上経っている今でも、

上記の自分の『癖』は鮮明に

残っている。拾ったキン消しや、

ビックリマンシールもミニカー

さえも。それを蘇らせる風景まで。

 

 

楽しく夢中になっていた感覚。

誰しも必ず持っているはずの

感覚。

 

 

私の場合は、

洋服を通じて、古着を通じて、

自分が前向きになれた経験と、

何故古着を選ぶにいたったかと

いうルーツが混ざり合い、

今本業としてそれを選んだ。

 

 

・独特なフォルム

・他にはない形状

・時代を経てきたストーリー

・部分的な退廃美

・蘇生させる喜び

 

 

こういった要素が、

幼少期に既にあったのだ。

 

 

モノだけではなく『人』へ。

本来、人はそれぞれ個性を持った

存在であると思っている。

同じ人などひとりもいない。

 

 

自らの経験と感覚を活かし、

埋もれてしまった『個性』を、

『人』を蘇生させてみたいのだ。



その手段として、

洋服を、古着を選んだ。

好き嫌いはあるので、

古着を強制するつもりは毛頭ない。

 

 

そして、

私は『カウンセリング』を最も

大事にする。

 

 

記憶の底にあるピースを

集めるためだ。深く入り込むには

雑音も無く、落ち着いて向き合える

場所が必要。事務所を構えたのも

そのためだ。

 

 

『好き』という感覚。

『豊か』になった感覚。

『熱中』した感覚。



それを一緒に取り戻しに行こう。

とことんまでお付き合いさせて

頂きます。



最後までお付き合いありがとうございます。


 

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