
草野球の練習試合
春らしい陽気に包まれた、土曜日の昼下がり。
この日は来月に控えた公式戦前の貴重な練習試合だった。
だが、ベンチの様子を見ていると、とてもじゃないが試合前とは思えない。
選手たちはウォーミングアップを終えた途端、ベンチでだらだらと座り込み、汗を拭きながら雑談ばかりしている。
しかも話している内容は、目前の練習試合でも、チームの作戦でもない。
「大谷すげえな」だの、「日本優勝できるかな」だの、開催中であるWBCの話題ばかりだ。
そんな空気を打ち砕くように、リーダーの今野が声を張り上げた。
「お前ら悔しくないんかぁ!」
その一声で、ベンチの空気は一変した。
さっきまでの和やかさは消え、重い緊張がベンチに広がる。
今野はゆっくりと仲間たちを見渡し、続けた。
「去年はたった一勝と散々なシーズンだった。だが今年は違う。負けることは恥だと思え。
日本一にふさわしいチームになるために、目の前の敵に全力で立ち向かえ!」
誰もすぐには返事をしなかった。
だが、それぞれの胸の奥で、去年の悔しさが静かに燃え始めていた。
「…よし、やってやろうじゃねえか」
ツッチーがぽつりとつぶやく。
その一言が、やがてチーム全体の熱へと変わっていく。
今日の試合は、ただの練習試合ではない。
去年の自分たちを越えるための、最初の一歩。
それが、この試合だった。

試合前、ベンチ前でチームメイトに檄を飛ばす今野(写真右)
先発のシュンペイは、四死球で崩れた先週のピッチングとは見違えるような内容だった。
ストライクを次々と揃え、淡々と相手打者を打ち取っていく。
打たせて取る落ち着いた投球。
キャッチャーミットに収まる乾いた音が、小気味よくグラウンドに響いた。
その投球に、バックも応える。
ライトへ鋭く弾き返された強烈な打球を、河野が素早く前進して捕球。
そのまま一塁へ矢のような送球を放つ。
「アウト!」
ライトゴロ。
さらに今回サードを守ったつるも、安定した守備でゴロを無難に処理。
チームにはいいリズムが生まれた。
そして三回。
ゆうがが内野安打で出塁すると、すかさず盗塁。
あっちゃんの進塁打でチャンスを広げる。
その後、相手のエラーを誘い、待望の先制点をもぎ取った。
五回には、相手エラーと振り逃げで一気に三点を追加。
ヒットこそ多くは生まれなかったが、相手のミスに乗じ、四点リードで試合はいよいよ最終回を迎えた。

五回裏、ツッチーの振り逃げで追加点をあげる。
ピッチャーは無失点ピッチングのシュンペイに変わり、飯島がマウンドへ上がった。
好投を続けたシュンペイに、仲間たちが次々と肩を叩いた。
「ナイスピッチ!」
代わってマウンドに上がった飯島は、ゆっくりとロジンバッグを叩き、マウンドの土を踏みしめる。
セカンドから今野の声が飛んだ。
「落ち着いていけ!一人ずつだ!」
あと三つのアウトで試合は終わる。
しかし、最終回特有の張り詰めた空気がグラウンドを包んでいた。
勝利を意識してか、守備につく選手たちの表情も、自然と引き締まる。
飯島は大きく息を吐き、キャッチャーのミットを見据えた。
飯島は一時チームを離脱していた。
音沙汰も途絶えてしまい、とても深刻な状況だった。
あっちゃんから「もうこの世にいないのかもしれない」と言われるほど、チームメイトから多少心配されていたが、奇跡的な復帰を果たしたのであった。
そして現在は、チームメイトの心配をよそに元気にプレーしている。
やはり飯島は草野球の為に生まれてきたと言えるだろう。
その復活ぶりはまるで映画のワンシーンのようで、グラウンドにかかる夕陽が彼の姿を照らしていた。
チームメイトたちも彼の復帰に喜びの声を上げ、笑顔に包まれた。
あっちゃんも「やべー、あいつ本当に帰ってきたぜ!お前の復帰、本当に嬉しいぜ。
次はみんなで勝利をつかんでやろうぜ!」と驚いていた。
彼自身も「復帰したからには、チームを勝利に導かねばならない」と意気込んでおり、その姿はまさに闘志に満ちていた。
チームメイトたちも彼の強い意志を感じ取り、ますます団結していった。
草野球は勝利のためだけでなく、仲間との絆を深める場でもあり、飯島の復帰はまさにその象徴とも言える。
あの「もうこの世にいないのかもしれない」と言われた過去は嘘のようだ。
離脱時には、あっちゃんを筆頭にチームメイトから「死亡説」を囁かれていた飯島だが、それを一蹴するかのように、今はチームの主力として再びグラウンドを熱くさせていた。
彼の姿を見て、あの心配は何だったのかと皆が笑い合う日々。
飯島の奇跡の復活劇は、草野球界に新たな伝説を紡いでいったのである。
二点ビハインドで迎えた、我がチームの最終回。
先頭の富澤は粘ったものの、最後は変化球に空振り三振。
ベンチから「切り替えていこう!」と声が飛ぶ。
続く打席に立ったのは、先ほどマウンドを降りた飯島。
意地を見せるように振り抜いた打球は、鋭くライト前へ弾んだ。
「ナイスバッティング!」
ベンチが沸く。
さらに飯島は迷いなくスタートを切り、二盗に成功。
しかし、続く今野は高く打ち上げてしまい、内野フライ。
ツーアウト。
あとがなくなった。
ここで打席に入ったのは河野。
追い込まれながらも、相手投手の高めに浮いた変化球を鋭く叩く。
打球はセンター前へ…
飯島が三塁を蹴り、ホームへ突っ込む。
バックホームの間に河野は一気に二塁まで到達。
執念の打撃で一点を返し、一点差まで詰め寄った。
塁上の河野は「厳しい展開の中、どうにかして勝ちの方向に転ばないと」とベンチに向かって、両手を上下にし、感情むき出しで仲間を煽った。
ベンチもグラウンドも一気に熱を帯びる。
そして打席にはシュンペイ。
好投を見せたエースに、最後の望みが託された。
振り抜いた打球は、いい当たりのレフト方向。
しかし…
「アウト!」
無情にも試合終了のコールが響いた。
あと一歩。
本当に、あと一歩だった…
試合後、重たい空気のまま選手たちはベンチ前に集まった。
あと一歩届かなかった現実が全員の胸に残っていた。
その沈黙を破ったのは、主力であるゆうがだった。
ゆうがは腕を組み、チーム全員を見渡してから口を開いた。
「投手は手投げになっている。もっと向かっていく姿勢が欲しい」
静まり返った空気の中で、言葉は容赦なく続く。
「特に飯島。調整不足とか言い訳しているようじゃ話にならない」
飯島は俯いたまま、何も言わない。
ゆうがはさらに厳しく言い放った。
「野手も同じだ。打てないなら、足を使え。機動力で相手のペースを乱せ」
誰も口を挟まない。
ただ、その言葉を真正面から受け止めていた。
「今日の試合、勝てた試合だろ」
ゆうがの声は決して大きくはなかった。
だが、その一言は誰の胸にも深く刺さった。
そして、試合前の今野の言葉が脳裏をよぎった。
「悔しいなら、次でやり返すしかない」
夕陽の中で照らされるグラウンドに、静かだが燃えるような決意が満ちていった。