ブルガリ(BVLGARI)の歴史ご紹介 | baghull18のブログ

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創始者「ソティオ・ブルガリ」は、ギリシャのカラリテス地方で先祖代々の技術を受け継いだ銀細工師の一族に生まれました。
小さいころから才に長けた子供だったというソリティオは、後に父の仕事を継承します。

しかし1876年にバルカン戦争が勃発すると、安全を求めイタリアに移住、ここに古代ローマとギリシャの文化が融合しました。
「BVLGARI」という表記も、古代アルファベットには「J」「U」「W」の3文字が無く、中世まで「J」は「?T」、「U」は「V」と区別されていなかったことに由来し、歴史の重みをかもし出しています。

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1884年、ソティオはローマのシスティーナ地方に店を構えました。
その細工の妙は、同じ形のモチーフを精巧に重ねて壮大な建物に仕上げるというギリシャ建築の手法にヒントを得ており、カラーバリエーションの華やかさは彼のファッションへの造詣の深さと、抜群のセンスから生まれたものといえます。 

ブルガリスタイル20世紀初頭には、ソティリオの息子、コンスタンティノとジョルジョ兄弟は、当時の宝飾界を支配していたアール・デコ、アール・ヌーヴォー、ロココといったフランスの宝飾様式を離れ、ギリシャやローマの古典主義の作品を発表します。
ペンダントヘッドなどのモチーフとして多用されるゾディアック(星座)は、ギリシャ神話がそのルーツとなっています。
歴史の素晴らしさを受け継ぎながら、それらをモダンなデザインにして蘇らせる、「ブルガリスタイル」が確立されました。

代表作としては、ゴールドやシルバーの素材をコイル状に巻くという工芸技術を用いたトウボガスラインや、蛇をモチーフにしたスネークリング、括弧をモチーフにしたパレンテシ、オニキスなどの宝石をはめ込んだブルガリ・ブルガリシリーズがあげられます。

時計の製造を始める 20世紀が幕を開けて以来、ブルガリはヨーロッパの上流階級に洗練されたタイムピースを届け続けていましたが、本格的に製造を始めたのは1970年代後半になってからです。

まず1977年、現在でも世界中で人気を誇る最初の腕時計のシリーズ「ブルガリ・ブルガリ」を発表しました。
デザインに関しては時代を大きくリード、装飾要素としてのロゴを、他に先駆けて使用したのも特徴のひとつです。
余談ではありますが、映画ロッキーで戦いが終わったリングで「エイドリアーン!」と叫びながら手にしていたのは1940年代に製造された、スネークのモデルです。

1980年には、腕時計分野に本格的に参入するため、スイスに腕時計製造専門のブルガリ・タイム社を設立し、複雑時計の自社一貫製造までも手掛けることができる世界でも数少ないブランドのひとつとなりました。
ディアゴノ、アルミニウム、レッタンゴロなど、エレガント且つスポーティーな雰囲気を醸し出す意欲作を次々と投入し、世界を席巻することになります。 
宝飾品に比べ腕時計製造の歴史は浅いのですが、その洗練されたデザイン力が高く評価され、本格参入から20余年の間に、時計ブランドとしても名を馳せるようになりました。
現在では時計、宝飾品はもちろん、香水、アイウェア、ホームウェア、バッグ、ホテル業とブルガリは総合ブランドとしての地位を確立しつつあります。 

日本に進出

創業120年になるブルガリですが、日本に紹介されたのは1987年。
伊藤忠商事によって宝飾のブランド品として紹介されました。
妥協のない確かな品質がじわじわと評判になり、現在ではもっとも確かなブランドとして定着、現在ではブルガリグループの年商の26%にあたる2億3800万ユーロを日本市場で稼いでいます。