人間がそうであるように、



いろんな記憶やその瞬間瞬間での感情の変化は、ひとつひとつがバラバラでつなぎ止められないようにも、また壮大なスケールのパズルの1ピースにも見える、そんな気がする。



ひとつひとつやその集合体になんの意味があるのかどうかはわからないけど、世界はいろんな自己相似構造で出来てるんじゃないかなと思えてならない。



時には自分の思い出や感情も、また自分に影響を与える他者の存在もなくなってしまえば楽になれるなんて考えたものだけど、



積極的にか消極的にか、居心地いいところに落ち着いてる自分がいた。



少しでも届くように、自分で自分を裏切らないように、



頑張ろう。



人は一人では生きていけない。

だからといって誰かからの「一弾き」を待ってるだけじゃ自分を失ってしまう。

何かに躓いても、誰に手を差しのべられても、自分で自分が嫌いになってしまう。

ちょっと待て、「自分」ってそんなに大切なものなのかな?

「自分は必要な人間だ」

簡単に言えることじゃないよね。

でも俺は俺でいたいし、なによりも俺には大切にしたい人がいる。

今はお互いに大切に想い合える関係じゃないのかもしれない

でも俺を必要としてくれる瞬間が訪れることを夢見て、必要とされた時にはちゃんと支えられるように、そして胸に刻まれたこの想いを伝えられる時がくるって信じて、一日一日を無駄にしないように生きていこうって確信したんだ。

だから生きていて欲しい。

それ以上は求めないよ。

俺には求める権利もないし。

いろいろ葛藤は絶えないけど、今を力強く生きていこう。



「君に幸あれ」

そう本心で思えるだけ俺は幸福者なのかもしれないな。

「君はかっこいい」



情けない依存なんかじゃない、君のことが単純に大好きなんだ。



そう伝えられることは素晴らしい。



大抵の場合、いかに感動したのか相手に伝えられないままで自己簡潔してしまうものだ。



結局、確かなものは君が心を動かしてくれたっていう事実だけなんだよ。



君はただ単に通り過ぎただけかもしれないけど、その時のそよ風を俺は忘れない。



何もしてあげられないかもしれないけど、君がいて今の俺がいるんだってこと。



感謝を忘れずに精一杯生きていくよ。



全然辛いことじゃない。



俺もいつか風をおこせるかな?



そこに強く生きようとする力は生まれるのかな?



まやかしへの依存じゃなくて、共に生きていこうとする希望があると信じて、上を向いて歩いて行こう。



今はそれだけでいいはずなんだ。



今井でした。-100318_2326~01.jpg

髪切った姿を公表します♪

ライブでちゃんと見てくださいね(笑)

最近、諦めかけてた音楽理論の勉強を再開することにした。


リズム譜くらいならなんとかわかる感じだったけど、五線譜となると全くどこを押さえていいのやら(^ ^;)


でも五線譜に記された音をどのようにして出すかこそがそのギタリストの持ち味であり、ギター本体だのエフェクターだのアンプだの…っていう問題よりも本来先立つ存在なわけで。


音楽を知れば知るほど、もっと多くの人と音楽で通じていくことが出来るはずだし、そして何よりも自分自身もっと音楽を楽しめる。そう思えば五線譜を読むことくらいいずれ必ず克服してやろうという気になる。


自分の曲で、自分の言葉を歌っている人をもっと見習うべきなのかもしれないな。


ここだけの話、最近はバンドのライブを見に行き過ぎた気がする。


もっと弾き語りを見よう!


そのほうが音楽的に目指しているものに近いと思うんだ。


「あがっていこうぜ」だの「拳をあげろ」だの言うバンドは、正直、俺は好きじゃない。


そもそも無理やり客に手を上げさせて、手を上げてくれた客は本当にその音楽が好きなんだろうか?


説得力のある演奏をするバンドが、自分たちのライブを見に来たくて来てくれた客の前でやれば絵になるのだろうけど、まだその境地には程遠い。


努力もせずに不満を抱えるのはおかしなことだ。


バンドってカタチで音楽をやる以上、やっぱりセッションができないとね。


「なんでこのメンバーなの?」


って質問されたら


「俺らが一緒に音を奏でると最高だからさ!!」


って答えられるようにしたい。