満身創痍で歩くこともままならない。



剥き出しの神経が酷く痛むから、



痛くならないようにアスピリンを飲んだ。



あるはずの痛みを忘れ、居心地のいい場所を見つけた。



痛みを忘れている間は自分の脚で、自分の行きたい場所に行ける。



気がついた時には飴やキャラメルの甘味も忘れ、アスピリンだけを求めていた。



まやかしかホンモノかなんて、もはやどうでもいいことなのだろうか?



依存から独立する意味はあるのだろうか?




思っていることが完全に伝わることなんてない、初めからそんな諦観を持っているのは間違いだろうか?


信じられないのを誰かのせいにしたいのではない。


伝えるためには歩み寄らなければならないこともわかってる。


いつか伝えられるのかもしれない期待と侮辱されたり裏切られたりする恐れが併存していて、なかなか踏み出すことができない。


「あなたを信じて何が得られますか?」


ふいに問いたくなる。


信じても失うことが多すぎる、この世の中は。


無限に照らす太陽なんてないのだと、初めからわかっていたはずなのに。


いっそこの命、あなたの為に燃やしたなら、あなたはその光で誰かの夜を照らしてくれるとでもいうのだろうか?


繋がりに確信が持てない今日この頃。



増税まで1週間切りましたね。



果たしてちゃんとやめられるのか…?!



昔はよく「彼女が出来たら辞める」とほざいてましたが、実際に彼女出来てもやめなかったし、彼女がいたのも今となっては泡沫の夢です(笑)



とりあえず事あるごとに喫煙する癖をどうにかしないと!



そして運動すること。



さすがに2時間近くジョギングした後は吸う気もおきないし、ストレスも解消出来る。



代謝が盛んになって食事の量も減らせるし、体力作りにもいいし、涼しくなってきたので身体を暖めるという意味でもいい。



百害あって一利なしのタバコと、



一害なくて百利あるジョギング。



あとは雨さえ降らないでくれたらいいのだが…



猛暑とのギャップで風邪ひかないように気をつけていきましょう。




今井でした。-100919_1600~01.jpg

買いました!



これさえあればあんな事やこんな事も出来てしまうわけで。



むっふっふ



某飲食店にて、間食に近いほど食べたくせに髪の毛か何かが入っていたのか「食べる気がしない」と返金を訴える客とそれに応じて返金する店員を見た。

俺は傍観していて少しの苛立ちを覚えた。

返金を求めるのは当然の権利なのかもしれない。しかし、たとえ欠陥があったにせよ、その食料にありつけた事への代価は払ったのか?



この世の中には無駄が必要。ないに越した事はないんだろうけど、資本主義ってシステムが、そして流通ってシステムが、余剰を絶えず産み出している。

飲食店なんて余剰のカタマリだ。作ってからある程度の時間を経った食べ物は次々と廃棄される。飲食店のみならず食料を取り扱う店はどこでもそうだ。

俺自身、極力食べ物に関しては無駄を出さないように心掛けてるつもりだけど、うっかり期限を切らせてしまうこともある。

致し方なく出た余剰にいちいち罪悪感を覚えていてもきりがないことも知っている。

しのぎを削って技術を向上させる意欲を駆り立ててきた資本主義というシステムは、我々に多大な恩恵を授けてくれている。それもわかっている。

だからここでムダを出すシステムに対して懐疑的になる事は環境的には善であっても、社会的には悪であるわけだ。

そもそも俺自身、資本主義の恩恵をかじりまくった音楽を生業にしようと企んでいる人間なんだから、とやかく言う筋合いは皆無と言っていいほどない。



進化と逆行する考えを善としてマジョリティを形成するならば、神を説いて宗教でも立ち上げない限り多くの人には受け入れられないだろう。

結局、俺は都合のいい甘っちょろい戯言を吐いているのに過ぎないんだという事に気付いた。

それでも痛むこの心は何?



何を求めて生きているのかわからなくなる時もあるけれど、生きてる事に罪深さを感じる心をなくさないように、強く生きなきゃね。