新宿に戻って麺通団でかしわ天を頬張ってると白い景色は遠ざかりいつもの日常が戻ってきた
どこまでも無秩序で俗悪に輝くネオンと絶えることのない人の流れに身を任せているのが心地よかった
ケータイの電源がなくなっていたのでコンビニでバッテリを買って向かった先はいつもの広場
ギターを片手に唄う若者の姿もなかったけどしばらくの間ぼんやりと雑踏を眺めてた
そしてふとケータイを取り出した瞬間に気づいた30分前の着信履歴...あのひとからだった
すぐにかけ直したけど圏外だった、それでもぺぺまで必死に走った
改札にはあのひとの姿はなくてケータイはあいかわらず圏外のままだった
10秒で切れてた着歴は何も語ってなかったけどさっきまでこの街にあのひとがいた、そんな気がした
数回かけ直すとやっと電話はつながった、もしもし、久しぶりとあのひとは云った

「ボードから帰ったとこなんです、で、今西武新宿の改札なんですけどっ」
「どうしてそんなところにいるの?」
なんかわかんないけど必死で走ってきちゃったと云うとあのひとは笑い僕も笑った
「さっきまで新宿にいたんだけど、あなたを思い出して電話してみたの」
ずっと圏外で、そのあと留守電だったからあきらめて帰ってきちゃった、とあのひとは云った
「ケータイの電池なくなっちゃってて、たまたまバッテリ買ったんですよ」
「...またしてもすごい偶然ね」
「春になるまでは連絡しないでおこうと思ってたのに」
「どうして?」
「なんてゆうか、自分ルール」
わたしが破っちゃったね、とあのひとはくすくす笑った

あのひとと出会った日から今日まで、一体何度同じ気持ちに包まれたことだろう
いつも感じてたのは次はもう逢えないんじゃないかという不安
そしてまわりの景色が急速に色をなくしてくような激しい衝動
他の誰かとはすぐに恋に落ちてしまうくせにあのひとの前では何もできない自分
数年前のあのひとの誕生日、丘の上から一緒に花火をみた夏、そして去年のクリスマスイヴ
いつだってあのひとをぎゅっと抱きしめたかった、でもそうしたくなかった
他の誰かとはすぐに恋に落ちるくせにあのひとのまえでは何ひとつできなかった
そんな言葉にならない気持ちを、僕の弱さをあのひとは知っている
だからあのとき笑顔でさよならをした、それでももう逢えないかも知れないという不安はなくなった
僕達はきっと、また何かに導かれるように再会するだろう、この世界の片隅で、桜咲く頃に

今朝、目が覚めたらドンキが燃えていた、いつものことだ
哀しいかどうもわからない、哀しみという感情はもう何処かへ行ってしまった
携帯電話が1時間刻みで次々とメッセージを運んできてその多くが自首を促す内容だった
...昨夜は夢の国に行ってたからこの世界のいかなる事象も無関係だったのさ、残念っ
太陽の光は穏やかに差し込んできたけれどそのまま午後まで眠り続けた
 

何度か電話をかけてヨーグルトを買いに近所のスーパーへ出かけた
職質食らうから今日1日は出歩くなと警告されてたんだけど食わないと死んじゃうからね
家に戻ってきて久々にギタアの練習をし、大そうじしなきゃなと思いつつも再びソファへ倒れこんだ
こうして今日もダルダル過ごすの悪くないなと煙草を一服
 

 

16:00ちょうどにケータイが鳴った
瞬時にわかった...あのひとからだった

アルタ前で待ち合わせてクリスマス気分が冷めやらない街をふたりで歩いた
「クリスマスイヴに会えなくてごめんなさい」とあのひとは云い僕は黙って首を振った
そのまましばらくの間僕達は歩き続けた、時々あのひとはくすくすと笑い僕も笑った
つかの間のそんな時間はいつものように優しくて残酷だった
 

 

今日初めて知った、あのひとも永遠の愛を未だに追いかけていたことを
「夢は美しいままがよいです」その一言で僕は圧倒的な至福に包まれた
ライラック、キャデラック、バート・バカラック、そしてグッドラック、そんな夜

夕方、クリーニング屋に寄ってお気に入りのシャツを持ち帰って少し眠った
数時間後に起き出してすかさずセンターへ問い合わせたがメエルは届いていなかった
2004年12月20日の午前零時をタイムリミットと定めた日からすでに2週間が経った
夏を一緒に過ごした女の子から久しぶりにメエルが来て、優しさってなんだろねとゆう話をし
長いつき合いになる女友達は二十数回目の誕生日を迎えた
凍てつくような夜が何日か続き、穏やかな光が何日か降り注いだ
一体どれだけの時間を落胆と安堵が混ざった感情と一緒に過ごしたことだろう
だけど最初からずっと気づいてた、本当は返事が来ないことを望んでたってことを

決して叶わない想いはずっと色褪せることなく甘美な思い出と共に時として僕を強く揺さぶった
傷つくのを恐れたんじゃなくて、この気持ちがいつか醒めてしまうことがただ怖かった
そうして僕はあのひとと向き合うことを拒むことで永遠を手に入れた
永遠に叶わない想い、そして永遠に色褪せない想い

 

23:31、突然ケータイが鳴った

 

最後の瞬間にメエルを送ってくれたのは大学時代の女友達だった
共通の友達の話なんかをして来月会おうねと約束して優しい気分になった
そして僕は再び眠りについた
 

昔、あのひとが僕を大切に想ってくれていたことを僕は知っている
同じくらい強く僕を憎んでいたことも知っている
僕はその両方の気持ちに応えることなくずっと永遠を望み続けた
この先にどんな未来だって待ち受けてはいないってことを知りながら

例えば、要らないと云ってるのに入ってたスプーンや割り箸とか(どちらも存在が大キライ)
渋滞気味の環状七号で明らかに場違いなスピードでで冷やりとさせられるようなフルスモークカーとか

タイムズスクエアのイルミネーションの下で人の流れを塞き止めて熱い抱擁を交わしてるバカップルとか

今日1日の間に遭遇した様々な愚鈍さや悪意を今夜だけは赦そう
人は時として悪意を抱くものだし、愚鈍な判断をくり返す生き物だし
それを赦せるほど圧倒的な幸福に包まれているから

晩秋の穏やかな日差しをいっぱい浴びてあのひと(この言い回し気に入った)と石畳を歩いてた
空は貫けるように青く、子供達の笑い声が響き渡っていて平和って気持ちの問題なんだと思った
花屋がやってるカフェに入り、ビーフシチューを食べながら静かに話をした
昔、元カノと別れましたと告げた時、あのひとはこう云った
「でも、わたしはあなたとはおつき合いしませんよ」
そのときの話をすると、そんなことを云ったのかしらとあのひとは笑い、僕も笑った
今もう一度同じことを云ったらなんて答えるだろう、きっともう一度同じことを云うんだろうな

エルメスのトレンチコートが改札に消えるまで見送ってた
も一度会う日まであのうしろ姿を思い浮かべて過ごすんだろうな

...身軽になったと思ったのにまたひとつ失いたくないものができてしまった

いつになったらトランクひとつだけで出かけられるんだろう

有給を取った朝、寝たのが9:00とゆうふざけた時間にもかかわらず12:00には無理矢理起床
モーツァルト聴きながらシャワーを浴びてそそくさと支度をして家を出る(その間わずか30分)
向かった先は...

近所の自販機(ボソッ)、駅前のATM(ボソッ)、郵便局(ボソッ)、クリーニング屋(ボソッ)
で、駅近のモスバーガー2F、隅の席でコーヒーを飲みながらあのひとに薦められた本のペエジをめくる

灰谷健次郎の「兎の眼」、勢いで買っちゃったけどとても面白くて夢中になって読む、読む、読む
で、気づいたら時間が迫って来たので本を閉じてモスを出て、向かった先は病院

保険証を取り出し、問診表を書いて待合室で続きを読む、しばらくして看護士さんに呼ばれ診察室へ

限りなく続く問診、計熱、酸素濃度測定、黙々と診察を続ける医師と黙って指示に従う俺
一通り診察が終わって重苦しい沈黙の後、医師は云った

...結核どころか健康そのものですよ

い、いや、ここ何年かずっと労咳みたいな咳をしてるわけで、結核なんですよって云い続けてきたんだけど

最近会社で同じような咳が流行ってて、自分も感染ったと極度に心配した上司が俺を内科に送り込んだわけでス
俺的にはこの咳、原因はわからんけどすっかり馴染んでるからやれやれとゆうかんじで超嫌々だったんだけど
幸いなことに痛い腹をつつかれることもなく、数年ぶりの病院を何事もなく後にしたのでした

結核と云えば、さっき思い出した
昔、レントゲンに影が映ってるとかで健康診断で再検査になった時、あのひとは云った

「もしもあたしがサナトリウムへ入る事になったら、たまには会いに来てくれる?」
「絶対行きますよ、てゆうかあなたの結核に感染して俺も一緒に行きます」

あれはもう何年前のことだろう、あの時、俺達は「風立ちぬ」の話をしてたんだっけ
何事もなくてチェリモヤムースを買ってお祝いしたけれど、一緒に行きたかったな
そんなことを思い出した夜、気づけばすぐに想いを馳せてしまう夜
...おやすみなさい