恋はつづくよどこまでも二次創作小説【天堂浬の回想:第6話.七瀬の来店】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

風月庵~着物でランチとワインと物語

毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【天堂浬の回想:第6話.七瀬の来店】



偶然の記憶はそのうち霧の向こうに消え去るが、必然はずっと先の未来のために掛けられた魔法なのかも知れない。ただ一つ残るのはデジャブ 既視感だ。


のちに天堂浬33歳、佐倉七瀬22歳。互いに愛しい相手として愛を育むには十分な大人だ。しかし、その11歳の年の差は時間を逆回しすると、全く別の世界に住む二人と言ってよいだろう。


このとき、


天堂浬17歳、横浜の名門私立男子高 聖昂学院二年生。


佐倉七瀬6歳 、鹿児島の小学校に今春入学したての新一年生。


かたや、医学部の志望校を模擬試験に綴(つづ)り


こなた、大きなランドセルと黄色の帽子にやっと慣れ始めた時期にさしかっていた。



さて、物語は幼く可愛らしい小学新一年生 佐倉七瀬が兄と共に両親の結婚記念日のお祝いに鎌倉旅行にやって来た日の出来事である。両親は鹿児島の高校の同級生で、修学旅行の鎌倉を新婚旅行先として訪れていた。海の日の三連休を利用して折角だからと結婚10年の錫婚式に、二人の子供を連れて再びやって来たのである。昨日は羽田空港から東京両国まで足を伸ばし、大相撲の本場所は名古屋場所でなかったものの、国技館やその周辺を探索した。美味しいちゃんこ鍋を堪能し、修学旅行で大相撲観戦したのを懐かしく思い出していた。そして今日は鎌倉へ。朝早くから江ノ電に乗り、古都の名刹を巡った後に、新婚旅行で美味しい料理を味わったレストランで、少し遅い時間にランチを予約していた。それは結婚記念日を祝ってゆっくりと過ごしてもらいたいという、レストランからの粋な計(はか)らいでもあった。二人が新婚旅行で過ごしたそのレストランは、本場イタリア料理が楽しめるリストランテ マーレといった。



その日、天堂浬は休日の日曜日、部活の練習がないのを利用して、幼馴染みの海堂光太郎が作る自慢のパスタを賞味するべく、鎌倉稲村ヶ崎にあるもう一人の幼馴染み、水上海(みなかみ うみ)の家族が経営するイタリアン レストラン リストランテ マーレに向かっていた。


鎌倉駅で江ノ電に乗り込むと浬は海側の向かいの席に腰掛けた。鎌倉を出ると江ノ電はほぼ2分毎に小刻みに止まっていく。和田塚、由比ヶ浜、長谷では多くの観光客が乗り降りし、長閑(のどか)な極楽寺を過ぎると早くも稲村ヶ崎だ。海堂光太郎が通う鎌倉高校は次の七里ヶ浜から4分ほど先、鎌倉高校前駅だ。水上海と姉の流子の母校 湘南白鳥学園はそれより向こう、腰越から江ノ島で降りることになる。もっとも姉の流子は厚木から通っていたので、江ノ電も逆方向の藤沢から向かっていたことになる。平日の朝は江ノ電も高校生でいっぱいになっていることだろう。光太郎も海も毎日由比ヶ浜と七里ヶ浜の朝日を浴びながら、流子は落ち着いた住宅街沿線を進んで行ったのだ。


そういえば湘南白鳥は女子校だから、練習試合でも訪れる機会など皆無だった。他校の、それも文化祭でさえ女子校には行ったことがなかったな。それでは、この前のカスタードクリーム饅頭の差し入れのお返しに、文化祭に行くのはどうだろう。一人で出掛けたにしても、結局 横浜山手の周辺の女子校には、聖昂学院から何人もの男子高校生が訪れていることは、想像に難(かた)くない。それより今は幼馴染みの海堂光太郎が作るシェフから才能ありと見込まれたパスタが楽しみでたまらない。


ウミちゃんとも幼い頃から知り合いだが、リストランテ マーレには初めて訪れるので、何か手土産を持参したいと考えた。光太郎は鎌倉の老舗和菓子屋 的屋の息子だし、この頃気に入っているイタリアンレストラン『トラットリア メディチの野望』のドルチェを買っていくのもどうかと思う。結局、ピスタチオが入ったホワイトチョコレートという横浜山手の洋菓子に落ち着いた。丸や四角、スティック状と一口サイズながら洗練されたデザインで、その上 十分な量が入っている。高校生の自分が持参するには、ほどよい程度だろう。と言いたいところだが、アドバイスをくれたのは姉の流子だった。

「相手にあまり気を使わせないように然(さ)り気無いものをね。初めて伺(うかが)うお宅とはいえ浬はまだ高校生だし、自分で選んで持っていくものだから」

「ふぅん、そういうものか。それにしても何で姉貴が横浜山手のピスタチオ入りのホワイトチョコなんて知ってるんだ?」

「センスの良いもの、条件に合ったものなら私に任せなさい。それに横浜山手なら聖昂学院の話題にも入りやすいでしょう。自然と相手との会話も弾むわ」

「確かに、なるほど」

ニヤリとした流子は砕けた口調で口元を綻(ほころ)ばせた。

「浬さぁ、その口癖なんだけど、堅苦しくてちょっとオジサンぽいわ」

「俺、高二だよ」

「油断してあまり毒舌キャラも出さないようにね」

「もう、ウミちゃんに言われた。バレてるし」

「光太郎君に今度、私にもパスタ食べさせてって言っておいて」

「やめとけ、あいつド緊張するから」

「可愛い、友達思いの浬くん」



そんな会話を思い出しながら浬は自分の胸元に目をやった。真っ白なTシャツに白のシャツを重ね、同じく白のやや細身のパンツスタイルだ。夏の太陽が心地よい湘南の海沿いには、真っ白な上下は眩(まばゆ)いばかり、もってこいの服装だ。いくら光太郎が作るパスタでもリストランテだから服装はあまりラフにはしたくなかった。パスタソースが飛び散るのを想定して、黒のシャツにしたかったのだが。光太郎は『エプロン、貸すから』と言っていたし、気をつけて食べるなら大丈夫だ。手にしたピスタチオのホワイトチョコレートの手提げ袋が、これまた白くパールに輝いていて、まるで女の子へのプレゼントのようで、チラチラ浴びる視線に少しばかり閉口した。しかし、彼女たちが見ていたのは真夏の湘南の海沿いを走る江ノ電の絵柄にも負けない、トータル真っ白なスタイルでまとめた知的で端正な顔立ちの高校生 天堂浬の存在そのものだったのである。


江ノ電の車輌の中には日曜日ということもあって親子連れも何人か乗っていた。浬の向かい側の席に座っているのは、二つに結った髪をクルクルと左右に巻いてピンクのリボンを巻いている小学生らしき女の子だ。クリクリした丸い目が電車の外や内と、あちこちを追いかけている。時折後ろを振り向いては湘南の海に遊ぶサーファーを楽しそうに眺めている。週末を利用しての観光だろう。何処か聞きなれない言葉が耳を擽(くすぐ)る。

「お父さん、あの島は何?」

「江ノ島だよ」

女の子の問い掛けに父親は優しい眼差しで、そう答えた。

「お兄ちゃん、知ってた?」

「知ってるよ」

「ほんと?」

『何処のイントネーションだろう。柔らかで心地よい響きだ』

浬と目が合った女の子はハニかむと恥ずかしそうに母親の腕に顔を埋(うず)めた。やがて車内アナウンスが稲村ヶ崎到着を告げる。江ノ電は車輪を軋(きし)ませ、緩やかに稲村ヶ崎駅のホームに停車した。


数人が電車を降りる中、さっきの女の子も家族と一緒にホームから駆け降りて行った。リストランテ マーレは稲村ヶ崎駅から程近く、5分も歩けば看板と目印の風見鶏が目に入る。真っ白なレストランは二階建で海側がテラスになっている。店の前にある駐車場の右手は小高い丘になっていて、様々な花の真ん中に細い階段が続いている。その向こうからギャルソンスタイルの女の子が駆け下りてきた。

「浬くん、いらっしゃい」

「ウミちゃんか、見違えたよ。お店の手伝い?」

「この上、自宅なの。今日は三連休の真ん中だから忙しくて。時間を延長して特別な予約のお客様も来るし。結婚記念日なんだって」

「ふうん」

「10年前、新婚旅行でうちのお店に来てくれて、今度は子供たちも一緒だって。そういうお客様はありがたいって、おじいちゃんが」

「僕が来てよかったの?」

「大丈夫、光太郎は今、手伝いに奮闘してるけどね」


店内に入ると外の暑さを忘れるほど涼しげな空調が効いていたが、席はまだほとんど埋まっていて、料理と人の熱気でいっぱいだった。テラス席では若いカップルや子供連れの家族が、リラックスした様子で楽しげに過ごしている。海に言われて顔を出した光太郎は、軽く手を上げた。浬は海の案内で店の奥の席に通された。更に奥には、さっき江ノ電で一緒だった家族四人が座っている。この席はテラス席のように海岸線は目の当たりには出来ないが、海を眺めながら食事を楽しむ人々の風景が一枚の絵のように美しい。ある意味、涼しく静かに過ごせる特等席だ。それが直ぐに分かった浬は、テーブルセッティングをする海に話しかけた。

「僕がこんな特別な席で良かったの?」

「浬君はこっちの席のほうがゆっくり食べやすいだろうって光太郎が。お客さんは海側に行く人が多いから」

確かにテラス席や海が近くに見える席には、まだ女性客やカップルが座っている。浬のような若い男性一人がその中に席を取ったら、好奇の眼差しを浴びるのは想像に難(かた)くない。

「光太郎は今、忙しいのかな」

「あぁ、うん。中で手伝ってる。もう少しすると落ち着くと思うけど」

「じゃあ、ウミちゃんに渡しておくよ。皆で食べて」

浬は手土産のピスタチオが入ったホワイトチョコレートを差し出した。

「ありがとう、いただきます」


やがて奥の家族の元に最初の料理が運ばれてきた。コース料理ではあるが、小さな子供たちが食べやすいように、器や食材も可愛らしい色使いで手頃なサイズになっている。兄妹の二人は両親と同じ料理が目の前に並んで大喜びだ。そうしていると海が浬のテーブルにもサラダと魚料理を並べた。

「鎌倉野菜のサラダとマグロとアボカドのタルターレでございます」

見ると赤身のマグロとアボカドを細かく刻んで丸い形に盛り付けた上にオリーブオイルのソースが掛けられている。

「シェフからどうぞとのことです」

「えっ?」

海は声を潜(ひそ)めた。

「あちらの結婚記念日の家族のタルターレと一緒に作ったものだから気にしないで。パスタが出来上がるまで食べていて」

嬉しそうに頷(うなず)いた浬はオリーブオイルの風味が香るタルターレを口にした。濃厚なアボカドと柔らかな赤身のマグロの甘さと共に湘南の海の香りが広がってくるようだ。時々口にするサラダも新鮮な鎌倉野菜が美味しさを誘う。やがて奥の家族の席には次々にコース料理が運ばれていった。パスタは魚介類がたっぷり乗っていて美味しそうな湯気とトマトソースの香りが漂っている。そうしていると浬の元に光太郎がパスタを運んで来た。

「まずはペペロンチーノから食べてみてくれ。俺の自信作」

一口食べた浬は思わず『旨い』と呟(つぶや)いた。

「今まで食べたペペロンチーノとは随分違う」

「だろう、正式にはアーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ。ニンニクとオリーブオイルに唐辛子だけのシンプルな材料だから、その分 作り手の腕が試されるって言われているんだ」

「本当に美味しいよ。旨味がパスタに絡み付いてる」

「さすが浬だな。オリーブオイルとパスタのゆで汁、つまりお湯な。オイルと相反するものを絶妙に掛け合わせて乳化させるんだ」

「それでこんなに旨くなるのか」

「その微妙な加減なのか、何故か俺が作るペペロンチーノは妙に誉められる」

「凄いな、才能があるってことだろう」

光太郎は少し照れたように笑うと次のパスタを告げた。

「 ペスカトーレも食べてみてくれ。 魚介とトマトソースが絶妙なんだ」

浬が奥のテーブルに視線を向けると光太郎は笑いながら否定した。

「向こうのお客さんのはシェフ自ら作った特製ペスカトーレ。結婚記念日だからな」

「見るからに特別に美味しそうだ」

「俺のは普通に旨いレベルだから。そこは勘弁してくれ」

光太郎は楽しそうにそう言うと浬に告げた。

「ラザニアもあるから。量はハーフサイズにするよ」

さすがに高校生の浬でもタルターレとたっぷりの鎌倉野菜のサラダを食べているので、三種類のパスタがフルサイズでは食べきれない。厨房に向かおうとした光太郎はパスタを美味しそうに頬ばる家族を眺(なが)めながら、独り言のように呟(つぶや)いた。

「いくら旨くてもさすがに今日はあそこにはペペロンチーノは出せないな」

「何でだ」

「ペペロンチーノって別名『絶望のパスタ』っていうんだ。材料少ないからお金がなくても作れるなんて言われてて。イタリアだと店のメニューにはあまり載ってない。家で食べるパスタの部類って訳だ」

「だけど作り手の腕が試されるんだろう」

「あぁ、俺は旨いって言われて結構嬉しいけどね。ウミのより旨い」

そうして光太郎は嬉しそうに笑った。

「あまり言うと機嫌損ねるからな」

ウミは家族席の食器を下げて新たな料理を出している。手際もよく会話も軽やかだ。

「浬のデザートはウミが作ったものを出すから。あいつ、さすがフードコーディネーター目指してるだけあって見た目も味もセンス抜群だから」

「楽しみにしてる」

浬の言葉に光太郎は軽やかな足取りで厨房へ戻って行った。


光太郎が作ったペスカトーレは魚介類の味とトマトソース、そしてパスタの絶妙な茹で加減と、家で作るレベルの美味しさではなかった。このまま普通にレストランで出しても通用するだろうと浬は思いながら食べ進めた。欲張りではないが、シェフ特製のペスカトーレはどれほど美味しいのだろう。家族の笑顔が素直にその美味しさを物語っている。特に幼い女の子は満面の笑みでパスタを食べながら時折 足をパタパタさせている。きっとこの上なく美味しくて仕方がないのだろう。そうしていると光太郎がラザニアを持ってきた。

「出来立てだと熱すぎるから少し落ち着かせて適温にしてある。思い切り食べてもいいぞ」

「ふうん、そんな気遣いも出来るなんて凄いな」

「一番旨いところで食べて欲しいからな」

そうして一旦 厨房に戻った光太郎はエプロンを外して浬と同じ席に着いた。替わりに海が光太郎の前にサラダとラザニアを並べた。

「シェフがこっちで食べてこいって」

すると直ぐに海が小皿にペスカトーレを持ってきた。彼女は小声で伝えた。

「少しだけど、おじいちゃんのシェフ特製ペスカトーレ」

口に含んだ光太郎はそのまま目を見開いた。

「うわ、旨い」

「確かに、なるほど」

「抜群の旨さだな。飛び抜けてる」

「そりゃそうよ。パパのサラダドレッシングもいけてる」

そう言えばサラダドレッシングもとても美味しかったのを思い出した。

「鎌倉野菜の持ち味をいかしてるなぁ。こういうところは、スーシェフ さすがだ」

「あとで私のドルチェも出すから食べてね」


やがて家族席のコース料理もメインを終え、デザートを待つに至った。海が運んできたのはドーム型の真っ白なクリームが盛られたケーキだった。

「イタリア フィレンツェの伝統的なドルチェ、ズコットでございます。元々、ズコットは教会の教皇の帽子の形と言われていますが、今回は結婚記念日でいらっしゃるということで、真っ白なウェディングドレスをイメージして作らせていただきました。中にはリコッタチーズとヨーグルトチーズに様々なナッツと共に、アイスクリームも入れて、ズコット ジェラートにしてみました」

目の前でナイフを入れて取り分けた海は彩り豊かなフルーツと盛り合わせた。最初に反応したのは女の子だった。

「わぁ、綺麗」

「ただいま、コーヒーをお持ちします。どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください」

その美味しさに子供たちは大喜びだ。微笑ましい光景を眺めていると、浬と光太郎の元にもデザートが運ばれてきた。それはショートケーキサイズのココアパウダーが掛かったズコットとジェラートだった。

「ズコットは中にクリームとナッツが入ってる。ジェラートはスイカにちょっとだけ塩味」

先に反応したのは光太郎だった。

「おっ、スイカの上に藻塩か。日本の夏って感じでいいね。旨いよ。さすがウミ、センス抜群」

「浬君、ズコットはどう?」

「美味しいよ、ほろ苦いココアパウダーがクリームの美味しさをより一層引き立てている」

「ありがとう。ジェラートも食べてみて」

そう言われて浬がアイスクリームスプーンを手にした時だった。家族席から走り寄ってきた女の子は浬のドルチェを指差すと興味津々に問い掛けた。

「こっちのケーキとアイスクリームは違うの?」

「あぁ、うん。ケーキはちょっとだけ苦いココアパウダーが掛かってる」

「中はアイス?」

「クリームだよ」

「ふうん、こっちのアイスクリームは?」

「スイカ味に塩が振ってある」

女の子は不思議そうに首をひねった。

「スイカじゃないよ」

「スイカ味のアイスなんだ」

「美味しそう」

「食べてみる?」

「うん」

浬はアイスクリームスプーンでジェラートを掬(すく)うと女の子の口元へ持っていった。

「美味し~い、スイカだぁ」

満面の笑みを浮かべた女の子の左の口元にジェラートがはみ出ている。それが妙に可愛らしくて浬はクスリと笑った。

「ここ、ついてるよ」

「えっ?」

指先で触れたものだからアイスはもっと広がった。浬は紙ナプキンを取ると、女の子の口元をそっと拭(ぬぐ)ってあげた。はにかむような仕草がまた可愛らしい。

「ケーキも食べる?」

「ううん、苦いからいい」

「じゃあ、大人になってから食べよう」

「うん、ありがとう、カッコいいお兄さん」

女の子はペコリとお辞儀をすると家族の元へ戻っていった。一瞬唖然とした三人だったが、先に光太郎が吹き出した。

「カッコいいお兄さんだってさ。浬はあんな小さな女の子にもモテモテなのかよ」

「小さくても女の子だから分かるのよ。あれは本音ね」

「幼稚園か小学生だろう」

「自分の好きなタイプってことよ」

「横浜山手の女子高生と同じか。的屋のカスタードクリーム饅頭買いに来るかな」

「残念ながら行かないだろう。あの子が食べたのはジェラートだ。たぶん好きなのはアイスクリーム」

「浬君、鋭い」

「俺のパスタもいつか食べて欲しいな」

「そうなったら大歓迎ね」

海はそう言うと新しいアイスクリームスプーンを浬に手渡した。


結婚記念日の食事を終えた四人は席を立った。美味しさの余韻を残しながら会計を済ます両親に女の子は言った。

「あのカッコいいお兄さんにアイスクリーム食べさせてもらった」

「えっ?」

「スイカアイス」

「どっちのお兄さん?」

「こっちのお兄さん、アイスついたから、お口も拭いてもらった」

「すみません、ありがとうございます」

「お気になさらずに。結婚記念日、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

礼を述べ会釈する横で母親と手を繋いだ女の子が浬に向かって満面の笑みで手を振った。

「バイバイ、またね」

「七瀬、またねだったら、また会うことだぞ」

兄がそう言って妹をけしかける。

「いいんだもん」

女の子はそう言って兄に言い返した。


七瀬が天堂浬と再会するのはまだ相当の時間を要する。その時 彼女はまだ大人ではなかったし、浬も記憶が合致しなかった。そして七瀬が浬と遊園地で口元にはみ出たアイスクリームを拭ってもらうキスは、もっともっと先のことになる。二人が回想し遠い出来事を思い出すのは、いつのことになるのだろう。


天堂浬、高校二年生 17歳の夏の日の出来事。



第7話.麗しの交流試合


https://ameblo.jp/baeyongjoon829/entry-12707879541.html 





第5話.雲のいずこに

https://ameblo.jp/baeyongjoon829/entry-12696184574.html 


風月☆雪音



風月☆雪音のmy Pick