恋はつづくよどこまでも二次創作小説【天堂浬の回想:第5話.雲のいずこに】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【天堂浬の回想:第5話.雲のいずこに】




雑踏の中で突然起こった出来事は、良きにつけ悪しきにつけ周囲との時間の経過を違(たが)わせる。




何事もなく通り過ぎる人々の中で、刹那ほどの一瞬が、長くゆっくりと巻き戻され、リフレインのように否応なしに再生されていく。




母 天堂暁子(あきこ)が過去の悪夢から現実に引き戻されたのは、しっかりと肩を抱く夫 天堂航旗(こうき)の力強い手と息子 浬(かいり)への言葉だった。

「咄嗟(とっさ)とはいえ、よくあんな言葉が出たものだ」

流子は笑いながら言った。

「浬ったら『とっとと消え失せろ』だなんて、聖昂学院の制服を着ていたらもっとびっくりしたでしょうね」

「からかうなよ。悪趣味だ」

「だって浬は無類の負けず嫌いですもの。相手に言いたいだけ言わせて黙って帰すほど柔(やわ)じゃないでしょう」

「柔じゃないのは姉貴の方だろう」

「焚き付けないでよ。浬が言わなかったら私が言ってた」

「全くお前たちときたら」

苦笑する父に流子は畳み掛けるように言った。

「仲が良いから浬の口の悪さが移ったのよ。私はあれほど辛辣(しんらつ)には言わないけどね」

「嘘つけ、いざとなったら姉貴の方が悪辣(あくらつ)だろう」

「人を悪い魔女みたいに言わないでよ。私は白い魔女よ。見たら分かるでしょう」

おどけて頬に手を当てポーズを取る仕草に表情が固かった母も顔を綻(ほころ)ばせた。

「流子ったら」

「お母さん、大丈夫よ。白い魔女は幸せをもたらすから」

「ありがとう、それなら尚更、話しておいた方がいいわね」

「暁子、無理に話さなくても」

気遣う夫に暁子は言った。

「いいえ、あなたとの馴れ初めでもあるもの。子供たちにも聞いてもらいましょう」

「それならマンションに行こう。お母さんだって安心して話せる」

浬の提案に父の航旗も頷(うなず)いた。



マンションに戻った流子と浬は、初めて訪れた父にそれぞれの部屋を見せてまわった。

「ほほう、なかなか良い作りじゃないか」

ベランダに干された浬のものと思われる剣道着が緩やかに風に揺れている。

「自分で洗ったのか」

「姉貴が洗ってくれるわけないよ。弁当も一度も詰めてくれたことないし」

「私はお昼は大学の学食だし、浬だって お母さんが作ってくれたおかずを詰めるだけでしょう」

「ご飯も俺が炊いてる」

「勉強もあるだろう。たまには手伝ってやれ」

「ずるい、浬。私だって夕飯も作ることあるのに」

「昨日の夜、俺は刺身だったのに、姉貴のステーキまで焼いてやった。結局、作ったの全部、俺」

「途中で手を出しても邪魔かと思って」

「流子…」

「やってます。ちゃんと作ってます」

「たまに、ホント気が向いた時にね」

「いいじゃない。浬は手先が器用だから包丁さばき、上手いんだもの」

「姉貴のは酷いもんだ。よくあんなに下手に切れるな」

「言わないでよ、意地悪」

そんな、姉弟の他愛ない口喧嘩がかえってその場を和(なご)ませた。母は穏やかな笑顔を見せた。

「さぁ、座って。お茶を淹れるわ」

「お母さん、私がやる。お茶なら上手く淹れられるから」

そうして温かなカモミールティーを口に含むと母は若き日の出来事を話し始めた。


「私がまだ大学三回生、二十歳を過ぎた頃だったわ。文学部の専門課程が本格的になり、平安文学の講義も増えてきて毎日楽しくて充実してた」

「東大に素晴らしい教授がいらしたんでしょう」

「えぇ、その先生の講義を聞きたくて、実はね、お母さん、高校二年生の頃、大学の講義室にこっそり行ってみたのよ。そうしたら高校生だってばれてしまって」

「つまみ出された?」

「いいえ、平安文学が好きならいつでも聞きにおいでと言われたわ。だから嬉しくて受験勉強も一生懸命頑張ったの」

「それで東大現役合格か。お母さん、凄いな」

「高校生なのに東大に行って勝手に講義を聞いていた方が、とんでもない事をしていたと思うわ」

「高二なら、今の浬と同じ頃ね。もしかして浬も隠れて東大に行ってる?」

「行ってるわけ無いだろう。俺、東大の医学部志望じゃないし」

「二人のうちどちらか、お母さんと東大の同窓生になっても良かったのにね」

「いいのよ、浬が行きたい大学へ行けばいいわ。それに、お母さんの頃は東大の女子と言うだけで、相手が尻込みしていつも戸惑っていたわ」

「今はそんなこと無いんじゃない」

「そうね、でもそんな中でも、お父さんと毛利さんは全然気にしなかった。それが嬉しかった。私達はサークルの交流会で知り合ったの」

母親の若い頃の交際相手と父が同じ時に顔を合わせていたのは意外だった。

「私は平安和歌のサークル、お父さんは医学部の弓道サークル、毛利さんは経済学部で投資サークル。それぞれ大学もサークルも違ったけれど楽しかった。それに私には二つとも未知なものだったしね。平安和歌なんて毎回話題にもならない。ただ、楽しいお喋りの中にいたわ」

「でもお母さんが文学部で平安和歌を愛していたのは素敵だと思うわ」

「ありがとう、お父さんの弓道の話も楽しかったわ」

「お父さん、カッコいい」

「弓道経験者は俺ともう一人、あと三人は未経験者だ。のんびりやっていたよ」

「お父さんは平安和歌にもあまり興味がなさそうだったし、父が釣りが好きだって話したら直ぐに乗ってきて、気がついたら私抜きで父と意気投合。釣りに出掛けていたわ。もうそれ以降、週末は釣りに明け暮れて」

「弓道サークルは?」

明後日の方向を見る父に母はクスクス笑い出した。

「たまに思い出したように行っていたみたい」

「岸壁釣りは長閑(のどか)だけではない。弓道に通じるところがある」

流子と浬は顔を見合わせると、綻(ほころ)ぶ口元を押さえた。

「そういえば、お父さんって子供の頃からおじいちゃんに散々 弓道させられて、もう飽きて大学の時にはやめたんじゃなかったの」

「俺もおじいちゃんからそう聞いたな」

「弓道サボって釣りに行って楽しんでただけじゃない」

「夏休みか」

「父親を子供のように言うな」

いつもは厳格な父の顔が拗(す)ねた子供のように緩んでいる。しかし、その場が和(なご)んだ時は長くは続かなかった。母は流子が淹れてくれた温かなお茶を飲むと、大学のサークルで知り合ったもう一人の友人、毛利登志彦について話し始めた。


「毛利さんの投資サークルは最初は三人ほどの小さなものだったの。元は投資に関する資料や研究をしていたようなことを言っていたわ。それがそのうち自分たちで投資会社を設立するようになって。学生や友人たちから資金を募るようになっていったの」

「お母さんも誘われたの?」

「えぇ、最初は付き合い程度の少額だった。それが回が進む毎に高額になっていったわ。それでも私の目には彼が若き成功者に見えていたの。憧れていたわ。未熟だったのね。いつも隣にいられて、私は彼女だと思っていた。でもそれは違っていた」

母は憂いを帯びた表情で目を伏せた。

「こちらが一方的に熱を上げていたのよ。今になって思えば相手が本気で私と恋愛していたのかさえ分からない。若気の至りだなんて、年を取ってから気づくもの。それも何十年も経って、ある時やっと目が覚めるの。あれは何だったのだろうと。


学生ながら投資会社を設立、投資家気取り。良かったのは最初だけ。損失が小さいうちに手を引いた方がいいと周囲が助言しても、強気のままやめなかった。そして最後はどうにもならなくなり、私に泣きついた。父に頼んでくれと。祖父は代々横浜各地の土地を受け継いできた。それを知った毛利さんは、家と土地を担保に銀行からお金を借りて欲しいと懇願してきたわ」

「そんな、幾らなんでも」

「私も怖くなって、航旗(こうき)さんに相談したの」

「家は長州藩主の毛利家の家系だから金はいずれ返すと言っていたが、それもどこまで真実か分からなかった」

「航旗(こうき)さんに完全に手を切れと言われたわ。私が支援しないと分かると毛利さんは、途端に態度を変えたわ。私はもう必要のない相手だった。資産家のお嬢さんや新たに出資する年上の女性たちと何人もお付き合いをしていたの。知らないのは私だけだった。彼女たちは互いに彼を巡って競い合っていたのよ」

そこにはお金を巡っての欲も絡んでいたんだろう。

「弁護士さんを紹介して調べてくれたのはお父さんなの。私は全てを騙(だま)し取られてもおかしくなかった」

「親父が」

「私のことを放っておけなかったって。お父さんには私、感謝してもしきれないほど。私が愚かだったの」

流子は不安げな表情を見せた。

「お母さんはこれまでお父さんに一生引け目を感じて生きてきたということ?」

「そんなことはないわ。お父さんはそんな人じゃない。頑固だけれど、相手をそんな風に扱うなんて決してしないわ。相手がどんな人間か見極める厳しい面はあるけれど、人を見下したり支配したりなんてしないでしょう。だから、病院もあれほど大きくなったと私は思っているのよ」

それまで黙って聞いていた浬は口を開いた。

「毛利なんてどうでもいい。その程度の奴さ。それよりお母さんが親父を結婚相手として選んだというのが不思議だ」

「おい、浬」

「平安和歌の東大女子のお母さんが、いくら助けて貰ったからってこんな堅物を」

「随分な言いようだな。その堅物の息子はお前だぞ」

浬は平然と言い退(の)けた。

「医者としての親父は尊敬しているけれど、あの頑固さと厳格さは姉貴も俺も流石(さすが)に息苦しいよ。気楽に話したいことでも話せない。話す前に疲れる」

「それでも流子は言いたいことは言って口喧嘩になりながら一緒に弓道してるじゃない」

「姉貴は上手いんだよ。親父は姉貴には何だかんだ言って甘いし、仲良いし」

今度は流子がそこに参戦した。

「浬とお母さんだって仲良いじゃない」

「今と同じこと流子に言われたわ。子供の頃、流子は本気でお母さんより自分の方が浬を大好きなのにって嫉妬して酷かったんだから」

「いつの間にか話の焦点が逸れていないか」

「誰が最初に逸らしたのよ。浬じゃない」

「俺か」

父は母を気遣った。

「暁子、無理に話さなくてもいいぞ。もう十分だ」

「ちゃんと最後まで話すわ」


母はゆっくりと口を開いた。

「弁護士を立てて訴えたのは私だけだった。毛利さんは途中から投資はせずに集めたお金を自分の豪遊のために使っていたの。投資会社はとっくに機能しなくなっていても、お金に困ることはなかったみたい。たくさんの女性が彼のために融資していたから。賠償金を受け取っても良い気分にはなれなかったわ」

遠くを見つめるように母は言った。

「精神的な打撃の方が辛かった。悲しくて毎日泣いていたし、怖かった。大学に行っても講義は上の空。成績はがた落ちだった。もう少しで留年しそうだったのよ」

「それでも留年しなかったのは凄いわ」

「お父さんが気にかけてくれて。落ち着くまで大学までよく迎えにきてくれたわ」

「順天堂大学から東京大学か」

「本郷から二人で一緒に帰ったわ」

「お父さんのことだから、ロマンチックなデートなんて感じじゃなかったんでしょう」

「そんなことは無いわ。たくさん話したし、ご飯も食べに行った」

「難しくて面白くない話題ばかりだったんじゃない?」

「こら、浬」

母は父の代わりに笑いながら否定した。

「何を話したって楽しかったと思うわ。一緒にいて、私はたくさん笑っていたもの」

流子と浬は驚いたように顔を見合わせ声を合わせた。

「お父さんが」

「親父が」

「笑わせたって!?」

「本当なのよ。だってそのうち私がお父さんに会いに順天堂大学まで行って待っていたのも」

父は珍しく照れたように言った。

「綺麗な東大女子が待ち合わせしているのは誰だと騒がれて参ったよ」

「二人で手を繋いで走ったこともあったのよ」

「青春してる!私もやりたい」

「流子ったら」

「浬、しっかり聞いておきなさいよ」

興奮気味に語る流子とは対照的に浬は冷静な口調で返した。

「必要があれば走るだろう」

「そうじゃなくて、走って追いかけてハグして掴まえることもあるじゃない」

そうして流子はいつものように浬を後ろから抱き締めた。

「やめろって、鬱陶(うっとう)しい」

「浬がハグするときには好きな女の子にね」

「流子、嫉妬しないの?」

「もう、子供じゃないもの。浬に彼女が出来たら仲良くしたいわ」

「俺は姉貴の相手とは普通でいいからな」

「誰かいるの?」

「いないよな、気配全くなし」

「浬~」

母は二人の会話に柔らかな笑みを浮かべた。

「あの頃、航旗(こうき)さんを待っている時間が楽しかったわ。会えない時には月を眺めて過ごしたの」

母は思い起こすように和歌を詠んだ。




『夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月やどるらむ』




「清原深養父(きよはらのふかやぶ)…清少納言の父 清原元輔の祖父といわれている人の和歌よ」

「月を眺めながらお父さんを思っていたの?」

「そうね、今 何をしてるんだろうとか。何処にいるんだろうとか。月が夜空に高くなると、もう眠ったかしらと、思い巡らしていたわ」

「ロマンチックね。さすがお母さんだわ」

「親父、知ってた?」

「いや、初めて聞いた」

「鈍い、鈍すぎるよ」

「そう言われてもなぁ」

そんな父を目の当たりにした浬は呆気(あっけ)に取られていたが、流子は急(せ)かすように母に要訳を求めた。

「お母さん、ちゃんと分かるように説明してあげて」

母はにこやかに口を開いた。

「そのまま、自然で然(さ)り気無く、おおらかな歌なのよ。夏の月が綺麗だから時を忘れるほど眺めていたら、そういえば夏の夜は短くて早く夜が明けてしまうのに気づいたの。昔は電車も車も無いから、夜になったら宿をとったでしょう。今頃、どのへんにいるのかしらと、雲路を移り行くお月様を心に浮かんだ人になぞらえたのね」

「お父さん、聞いた?会えない時もお母さんはそんな風にお父さんを愛しく思っていたのよ」

「 清原深養父(きよはらのふかやぶ) は琴の名手とも言われていたそうよ。私は琴は弾けないけれど、会話を思い出しながら時を過ごしたわ。一つ一つがとても大切で愛しい言葉だったから 」

流子の矛先は弟の浬に向けられた。

「浬、あなたも私も平安和歌のお母さんの子供よ。もし、将来 本気で愛している彼女が出来たら、いつでも何処でも飛んで行きなさいよ。今は飛行機も新幹線もあるんだから」

「姉貴もな」

「絶対ハグして月が沈む前に掴(つか)まえるのよ」

「そんな不確かな未来のことなんて、よく言えるな」

「分かんないわよ、本当にあるかも知れないじゃない。お母さんだって平安和歌をお父さんへの思いになぞらえたんだから」

いつもは言い返す浬も、その時はフフンと微笑んでみた。母の若い頃の辛い出来事を聞いた後に、父との馴れ初めや深い愛情が垣間見えて、この上なく心地よかったからだ。


自分はどんな恋をするのだろう。甘く恋焦がれる想いは夢見心地だけとは限らない。悲しさや不安の後に、優しい月の光に包まれていることに気づくとき、涙で霞(かす)む目に映る人は本当に大切な人なのかも知れない。高校生の浬にはその輪郭さえ今は見えていない。悲しい別れに涙を流し、幾ばくかの時を経て、愛しい彼女を抱き締めるのは、まだ夜空の月が雲のいずこに宿を取っているようなもの。しかしながら、月は間に間に雲の影から姿を現す。そんな運命のいたずらを、この時の浬はまだ知るよしもなかった。



第6話.七瀬の来店


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第4話.メディチの野望

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風月☆雪音





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