恋はつづくよどこまでも二次創作小説【NYランデブー:第5話.魔王の哀愁 】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

【NYランデブー:第5話.魔王の哀愁】

七瀬がスウェーデンに留学するために旅立ってから一週間が過ぎた。その間の二人の連絡は意外にも最初の一報だけで、それも実に短く端的な言葉が並ぶだけだった。一目で分かるほどの文字数を、こんなに意識したことは未だかつてないだろう。
『只今、到着』
『無事か』
『無事です』
『了解』
会話はそっけなく、そのまま終わってしまった。浬(かいり)は思わず呟(つぶや)いた。
「あいつ、もう少し言うことは無いのか」
七瀬のせいにしているが、本当は自分もである。時差でも気にしているのだろうか。いや、それにしても短すぎる。浬(かいり)はポケットに両手を突っ込むと下を向いたまま、何も無い足元を不満げに蹴飛ばした。空を切った足が手応えの無い現実を突き付ける。愛する彼女に触れるどころか、突っかかって減らず口をきく事さえ叶わない。七瀬の頬を少しばかり強めに引っ張りたい。ふわふわした柔らかな感触は頭より指先が覚えているのだ。それを欲したところで指先はポケットの中で自分の指紋を擦り合わせる事しか出来ない。刹那という短い一瞬より、薄っぺらい指先の間に隙間風さえ吹かないことに、妙に苛立ってしまう。こんな感情が湧くのは、生まれてこのかた無かった事だ。そんな未知の経験をしながら、本来 人は人生という時を重ねて行くのだろうが、今の浬(かいり)にはそんな事さえ思い巡らなかった。

仕事は変わらず淡々とこなし、緊急を要するオペや呼び出しがなければ白衣をコートに替えて家路につく。病院でも七瀬の姿が見えないのは、留学以前から勤務形態のスケジュールですれ違うことも普通だったし、不自然にも思わなかった。だだ待ち合わせに遅れてしまった時に、何も言わず泣き濡れた顔のまま、胸に飛び込み抱きついてきた時には、堪(たま)らなく愛しくて強く抱き締めた。幾度となく抱き締めても、その一つ一つが違うほど、可愛らしくて仕方がなかった。家路がどんどん近づくと、そんな募る思いが強くなり、ドアを開ける頃には腕や肩が重石を背負ったように重くなっていた。最上階までのエレベーターは孤独な時間と空間だ。一度、不覚にも堪(こら)えきれず、潤んだ目から涙が溢(こぼ)れた。浬は思わず口元を覆(おお)った。
「何てことだ」
自分の声が思いの外、震えていたことに驚いた。エレベーターが無機質な声で最上階の到着を告げる。浬はドアが開くのももどかしく足早に飛び出ると、廊下を走り出した。

ドアを開けた手が震えていた。暗くなりかけた窓の向こうは黄昏時か。しかし、それは間違いだと浬は直ぐに気づいた。涙で潤んだ瞳がビルの夜景を霞(かす)ませているのだ。
「俺は泣いているのか」
羞恥心も自尊心も今は要らなかった。かなぐり捨てたままでいい。浬はドアを背にその場に座り込むと、膝を抱えてただ泣き続けた。そうして小さく『七瀬』と愛する人の名を呼んでみた。


一頻(ひとしき)り泣くと浬は立ち上がった。よろりとよろけてドアに寄りかかってしまうのは、きっと立ちくらみだ。泣いたことで呼吸が乱れ、酸素の量も少なくなったに違いない。それが正解か不正解かなど、今はどうでもよい。とるに足らない事項だ。浬は脱いだ靴も揃えることなく廊下に足を踏み入れた。それだけではない。ショルダーバッグを肩からドンとずり落とし、コートの袖も片方が裏返ったまま脱ぎ捨て散らかしていく。リビングのドアを少し乱暴に開けてソファーにダイビングするほど突っ伏す前に、浬はポケットから取り出したスマホをテーブルの上に滑べらせた。

うつ伏せの目には、まだ涙に濡れた名残が残っている。そんな浬の頬を優しく撫でる何かが当たった。そっと首を傾(かし)げると、姉の流子が置いて行ったムーミンの大きなぬいぐるみが傍(そば)にいる。ソファーのこんな近くに引き寄せたのは誰だろう。そう問うたところで自分しかいないのは間違いない。まさか中に七瀬が入っている訳でもあるまいし。けれど無意識にソファーの隣に寄り添うように置いたのは自分なのだろう。子供の頃から実はぬいぐるみは嫌いではなかった。むしろ好きなほうだった。幼い頃はよく話したし、抱き締めもしたし、両親に叱られた時には涙ながらに訴えた。姉の流子に取り上げられた時には本気で向かっていった。遠い遠い、幼い頃の記憶。きっとそれ以来なのだろう。流子はそれが分かっていて、この部屋にムーミンのぬいぐるみを置いたのだろうか。それも七瀬の元にも特別に用意して。恐るべき姉、天堂流子。苦笑するしかない。しかし、自分と七瀬の今と一年後を見越して計(はか)らってくれたのはいうまでもない。弟にバレないように手配するのが粋な姉流子の優しさという魅力でもある。
『けれど自分の気持ちに不器用なのは俺以上だな』
そんな言葉を心の中で吐いてみる。
浬はクスリと笑うと片方の口元を上げると、いつもの魔王の口調で毒づいた。
「そんなことで弟に勝ってどうする。姉貴もまだまだだな」
何故なら自分には魔王の元に辿(たど)り着いた勇者がいるからだ。
「天堂浬の傍(そば)にはいつでも佐倉七瀬がいる」
今は少し弱々しい声ではあったが、七瀬の柔らかな頬と同じムーミンが、その言葉を浬ごと抱き止めていてくれた。夜はゆっくりと帳(とばり)
を降ろす。七瀬のいるストックホルムはまだ明るいだろう。


浬はソファーの上でうつ伏せのまま、暫(しば)し眠気に身を任せていた。仮眠のような浅い眠りなのか、うつらうつらしながら意識したことをあれこれ思い出している。やはり思うのは七瀬の事だった。その前に、風邪を引かぬように何かを掛けよう。七瀬に心配されるからな。浬は器用に足の指に挟み、長めのブランケットを引き上げた。これで七瀬に要らぬことは言わせなくて済む。ただし、七瀬が俺だけにしてくれる特別な治療は無いのだが。数えておいて後でまとめて請求しようかとも思ったが、そんなことをしなくても、一年後、七瀬が帰国すれば治療のキスならこちらから幾らでも施術してやろう。


浬は再び目を閉じた。そうして七瀬の姿を追った。

あいつは動くと何かしでかす。予想だにしないことなど 日常茶飯時だったし、それが突拍子もなく起こるので、それによって自分のペースが失われるのが嫌だった。こんな奴は一番厄介だ。それにも気づかず目の前から退(しりぞ)かないものだから、厄介岩石と容赦なく口走ってしまった。手加減など必要なかったし、鬱陶(うっとう)しいとさえ感じていた。周囲が魔王と揶揄(やゆ)しようが、それが何だというのだ。気にも止めなかった。今では向こうで七瀬が誰かからそんな言葉を吐かれ、罵(ののし)られ、邪険にされてはいないだろうかと心配で堪(たま)らない。現状を把握できない限り、そんなことはこの上なく無駄なことだと誰より知っているのは、この天堂浬だと自負しているのに。なのに頭の中に涙を溜めてじっと見つめる七瀬の顔がくっきりと浮かんできて仕方がない。雨の中、泣いていたのは誰だ。愛しさが切なさに変わり、どうしようもなく心が痛んだ。悪いことなど今は何一つしていないのに、どうしてこんなに心がざわめくのだろう。
「たった一週間だぞ」
一週間しか経っていないのに、この様(ざま)ではこれから一年間、いかに長いかと思うと気の遠くなるような道のりだ。何故、そんなに落ち込むのか自分でも分からない。
「眠れない。眠らせろ」
浬の言葉は虚(むな)しく空を舞った。誰に言っているのだろう。僅(わず)かな余韻を残し、言葉は無情にも夜の闇に溶けていった。

聞こえないはずの時計の秒針が時を刻む音が聞こえてくる。気づかなかったのでなく、無いはずの秒針の音だ。眠れないのと、眠っても浅い眠りだと、そういうこともあるのだろう。それは自分の鼓動や呼吸であったり、夢の中の物語であったりする。心地よいとは言えないその状況に浬は一つ深呼吸をすると寝返りを打った。するとどういう訳か、今度は呼び出し音が聞こえてきた。半分目を開けて天井を見ると、青い光が反射して小刻みに点滅している。浬はソファーから起き上がるとスマホを取った。

幸いにもそれは病院からの緊急の呼び出しではなかった。まずはホッと胸を撫で下ろす。浬は改めて着信音の相手の名前を確かめた。
「七瀬」
愛しい人の声が待っている。
「先生、私」
「あぁ、うん」
「眠っていたの?」
「いや、少しだけ仮眠していた」
「忙しかった?今、話して大丈夫?」
「大丈夫だ」
「鼻声のようだけど」
「横になっていたから、そう聞こえるんだ」
浬は再び涙ぐむ自分を堪(こら)えた。
「問題なくやっているか」
「はい、でも」
「何だ、何か困ったことでもあるのか」
「ううん、凄く充実してる。でも」
「だから、でもって何だ」
「怒らないで」
七瀬の声が涙声に変わった。
「泣いているのか」
「先生に会いたくなって」
「バカ、研修中に泣くな」
「今日は休日なんだもの」
「七瀬、俺も会いたい」
少し声が震えてしまったろうか。
「先生も泣いているの?」
「俺は泣かない」
「泣いたの知ってる」
「えっ!」
「私が怪我をして意識が戻った時、涙を流して好きだっていってくれた」
「忘れた」
「私は覚えてる。凄く嬉しくて」
彼女はこの上なく愛しい言葉を寄せた。
「あの時より、もっともっと大好き」
「七瀬、愛してる」
誰が言わせたのだろう。浬の声は遥かなる距離を超えて、七瀬の胸をときめかせた。そうして魔王は先ほどまでの哀愁を嘘のように吹き飛ばし、いつもの口調で付け加えた。
「よく自覚しておけ。天堂浬は佐倉七瀬を限りなく愛しているということを。いいか、いつ如何(いか)なる時でもだぞ」
「はい」
嬉しそうな七瀬の声が更に軽やかに響いた。

第6話に続く…

第6話. 雨の日に君を偲ぶ


第4話.眠り姫のバックハグ

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風月☆雪音