改:第719話.つかの間の幸せ【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第719話.つかの間の幸せ

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

ジュンサンとユジンは城北洞にあるジェビンの家に向かった。タクシーではなくバスに乗ろうと言ったのはユジンだった。
「絵本やお菓子もあるのに重いだろう」
「花束はジュンサンが持って」
「逆だろう。僕がそっちを持つよ」
「いいって。ジュンサンは退院したばかりだから」
「もう大丈夫だよ」
「私は力持ちなのよ。忘れた?」
ユジンはそう言って歩き出したが、重いのに変わりはない。
「ほら、重いだろう」
「いつもこれくらい持っているから平気よ」
「頑固だなぁ」
「ジュンサンだって」
顔をしかめて笑う仕草も何処か可愛いのだが、そうも言っていられない。
「やはりタクシーの方が良かったんじゃないの」
「バスに乗ってしまえば同じよ」
「タクシーだと近道も出来たのに」
ユジンはチラリとジュンサンを見た。
「全然分かってないのね」
「何が?」
「バスはソウル科学高校の前を通るんでしょう。バスに乗れば色んな事を思い出すかも知れないわ」

ユジンに促(うなが)されジュンサンは歩き出した。春川で初めて出会ったバスの中の出来事は、段々と思い出してきた。もう一つ、春川へ転校する前はソウル科学高校にいた。寮生活の事はどれだけ思い出したか分からない。その中で数学オリンピアードに向けて随分と励んだようだった。それは思い出したのではなく友人達から聞いた事だった。
「僕の思い出ではないんだ」
ジュンサンはそう言って少し寂しそうに笑っていた。夏休みも返上し朝早く自宅を出てバスに乗る。そうして学校へやって来ては一日中数学の問題を解いていた。
『私の知らないソウル科学高校のカン・ジュンサン』
ユジンはその思い出をジュンサンに思い出して欲しかった。

バスに乗った二人は後ろの座席に並んで腰を下ろした。
「春川とは景色が違うわ」
「城北洞は坂道だから」
やがてバスはソウル科学高の前にやって来た。
「覚えてる?」
「あぁ、この前ウォンセたちと来たから」
ジュンサンはそう言うとユジンの顔を覗(のぞ)き込んだ。
「それより思い出した事がある。春川のこと」
「何?」
「二人で自習をサボってバスに乗った」
「何処に行ったか覚えてる?」
「いや。ただこんな風に楽しかった」
ユジンは優しい眼差しで彼を見た。
「今度、行きましょう」
「何処へ?」
「あなたと私が自習をサボって行った場所」

バスを降りて幾らか歩くとクム・ジェビンの家に着いた。最初に出てきたのはウォンセとマシューだった。
「よう、ジュンサン」
「バスで来たんだ。ユジンがソウル科学高校を通るバスに乗りたいって」
「仲がいいな。まるで高校生だぜ」
「ホントだ。このこの~」
ウォンセとマシューに冷やかされて二人は照れたように顔を見合わせた。
「さぁ、ユジンさんも入って入って。遠慮なんか要らないから」
「おい、マシュー。お前の家じゃないだろう」
「ウォンセの家でもないじゃないか」
「セビンの実家だ」
「あぁ、可愛いセビンちゃん。見る目が無いのか、こんな野獣を選ぶなんて」
「何だとマシュー、もう一度言ってみろ」
「美女と野獣…美女と野獣」
「二度も言うな」
「後からのは寮長だよ」
「ハハハ~」
ジュンサンは声を上げて笑い出した。
「そうやってじゃれ合っているのは昔と変わらないな」
「思い出したのか」
「あぁ」
「ジュンサ~ン」
ウォンセは飛び付こうとするマシューを振り払うとジュンサンに抱きついた。
「ジュンサン」
「ウォンセ」
「ジュンサン、俺にも」
「代わりにマシューは僕が抱きしめてあげる」
「ひぇ~寮長」
それを見たジェビンの子供たちがやって来てマシューの身体に抱きついた。
「パパ、僕も抱っこ~」
「わ~い、クルクルの髪だ~」
「ヒョリンさん、セビンちゃん、助けて~」
クシャクシャにされた巻き毛をリナに直されたマシューは、ジュンサンに向かって満面の笑みを見せた。
「エヘヘ~幸せ」
「ニヤけ過ぎだぞ、マシュー」
「こういうのが幸せなんだよ。ね、リナ」
「うん」

ジェビンの家で楽しい時間を過ごすとジュンサンとユジンは帰途に着いた。バスから見る夜のソウルは明るい光に満ちている。ユジンはジュンサンの肩に首を凭(もた)れ掛かった。
「疲れた?」
「ううん、ジュンサンは?」
「疲れてないよ」
「楽しかったわ。いっぱい笑って、美味しいご飯を食べて飲んで」
「飲み過ぎたかな」
「私が?」
「いつもよりちょっと温かいから」
背中から回した彼の手が優しく首筋を撫でる。
「くすぐったい」
「そう?」
「くすぐったいったら」
そう言っても彼は笑いながら止めなかった。
「じゃあ、私も」
ユジンは手を伸ばすとジュンサンの髪をクシャクシャに崩した。
「マシューみたいになるよ」
「エヘヘ~もっとしてやる」
「この~」
乗客は数人だ。やがてそれはジュンサンの咳払いで終わった。
「やり過ぎよ」
「やめてと言わなかったろう」
「ジュンサンだって」
二人は頭を寄せるとクスクスと笑い合った。
「これもマシューが言っていた幸せかな」
「そうね」
「ユジン、幸せ?」
「ジュンサンは?」
「幸せ。ユジン、僕たち幸せになろう」
そんな時間がつかの間の幸せだと二人は知らなかった。

次回:第720話.ヨングクとの約束

(風月)