改:第705話.ミニョンの電話【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第705話.ミニョンの電話

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』】

イ・ミニョンと名乗るジュンサンとユジンの恋は、ほんの一時の時間だった。友人も肉親も婚約者をも悲しませ、すがる手を振り払ってでも愛する人の手に引かれて行こうと思ったけれど、それは出来なかった。

サンヒョクの命懸けの愛はユジンの歩みを鈍らせた。サンヒョクが生きる術(すべ)を拒否し入院した姿を最初に見たのはジュンサンだった。ヨングクの電話でサンヒョクの悲惨な状況を聞いても、ユジンはその言葉に耳を塞いだ。
「サンヒョクのあんな姿を見たら、このまま放っておけないだろう」
「ヨングク、サンヒョクをお願い」
「俺じゃ無理だ」
「もう戻れないわ」
「バカ野郎、サンヒョクがどうなってもいいのか。あいつ、生きる気力を失っているんだ。このままだと本当に死んじまうぞ!」
「そんなこと言わないで」
「ジュンサンを失って、またサンヒョクまで辛い目に合わせるのか。チョン・ユジン、同じ後悔はしちゃいけないだろう」
ヨングクは泣いていた。
「俺はあの場にいながらジュンサンに何もしてやれなかった。どんなに悔しかったか。だから今来いって言ってるんだ」
ユジンは静かに電話を切った。言い返すどころか、ため息さえも出なかった。

背中が泣いている。悲しみと苦悩に震えている。ユジンは声を殺して泣いていた。ジュンサンはそんなユジンの姿をぼんやりと眺(なが)めていた。
『ユジンさんが泣いている』
彼女はカン・ジュンサンを亡くした時にも、こんな風に泣いたのだろうか。こうして愛する人が泣いていてもカン・ジュンサンは彼女を救うことは出来ない。僕はイ・ミニョンだ。カン・ジュンサンと違い生きている。生きて彼女を助け、彼女を苦しみと悲しみから救う事が出来る。

ベッドに横たわるサンヒョクの悲壮な姿をドアの隙間から垣間見た。僕は少なからずショックを受けた。ユジンは一人で耐えられるだろうか。
『僕が傍(そば)にいて支えてあげられたら』
それはこの上なく不可能な事だ。キム・サンヒョクが長い間、彼女と同じ時間を過ごしてきたのなら、僕には信じる心がある。僕らは固く手を繋いでいる。どんなに遠く離れていても、どんなに長い時が経っても、ユジンはポラリスを見つける。そして必ず僕の元へやって来る。だから…彼女をサンヒョクの元へ行かせた。

ユジンを手放してしまった自分は想像以上に大きなダメージを受けた。失恋でもない、喪失感だけでは片付けられない。別れ際、彼女は僕に告げた。
『私、ミニョンさんには謝りません。ミニョンさんは私の心を持って行ったから。愛しています』
愛する人から貰った最上級の言葉なのに、どうしようもなく辛くて、何も手に付かない。僕がユジンの心を持って行ったなら、僕のこの身体の中に、あの言葉が残っている事になる。ユジンがジュンサンを頑(かたく)なに忘れなかったように、今度は僕がただひたすら待っていなければならない。

何も考えたくなかった。仕事も放り出して休暇を取った。キム次長がいるから仕事には支障はないだろう。そのために僕と数年、ニューヨークで過ごしたのだから。僕のやり方は十分に分かっているはずだ。それでも予想以上に休暇が長引いたのは、僕がカン・ジュンサンだという事が分かったからだ。

発端は別荘のある湖で子供の頃に溺れたジュンサンを助けたおじさんに会ったからだ。僕は春川の家を訪ね、そこで母さんと出くわした。母さんは思わず僕を『ジュンサン』と呼んだ。ユジンは信じてくれなかった。一番信じられないのは僕自身だ。ジュンサンの記憶を何一つ覚えていないからだ。僕とユジンは固く手を握っていた。遠回りしても必ず帰ってくるとポラリスに誓った。ユジンはジュンサンを忘れることはなかった。では僕は誰なのだろう。今の僕はイ・ミニョンなのか、カン・ジュンサンなのか。誰がその答えをくれるのだろう。

そんな時、父から電話があった。どうも何度も掛けていたようだ。謝罪するとソウルにいた事は分かっていたので、待ってくれたようだ。ちなみにレストランやバーはキム次長に聞いた所ばかりなので、行動は把握されて父の元へ送られていたらしい。
「ジュンサンと分かって辛いか」
「ユジンのために何か思い出してあげたいのに、何も覚えていないなんて。それがとても辛いです」
「ジュンサンの記憶を消した私たちを憎んでいるか」
「憎んでなどいません。複雑で過酷な状況があったと聞きました。それすら覚えていないけれど」

ジュンサンはテワンに問い掛けた。
「お父さん、イ・ミニョンという名は何処から来たのですか」
「気になるか」
「はい、架空の人物を作るのは難しいだろうと思いまして」
「イ・ミニョンは実在する」
「何処にいて何をしているのですか」
「ミニョンは私の息子だ。そして君とも大変親しい間柄だ」
「僕を知っている」
「ミニョンは君を心から大切に思っているよ」
「どんな人だろう」
「二人は同い年だ」
「双子…僕らはそう呼ばれていた」
「そうだ、周囲はよくそう言っていた。誕生日も近い」
「誕生日も?」
「あぁ、ミニョンに続き、君も誕生すると病院からこの家に帰ってきた。そして二人は共に育っていった」
「どうしてそんな」
「事情は後で話そう」
今はそれでいい。テワンはジュンサンに告げた。
「後でミニョンから電話をさせよう」

数日後、ミニョンから電話があった。
「ジュンサンか、ミニョンだよ」
「あぁ、うん」
ぎこちない僕にミニョンは言った。
「シンシアが話したいって。あぁ、シンシアは僕の娘。それから妻はフローラ…と言っても覚えていないか」
電話の向こうで女の子の声が聞こえた。
「パパ、早く貸して。ミニョンお兄さん。私、シンシアよ」
「驚いたよ」
シンシアは言った。
「ミニョンお兄さん、大好き」
「ありがとう」
「あのね、ニューヨークへ帰ってきちゃダメよ。今はダメだからね」

次回:第706話.友情のメダル

(風月)