改:第703話.苦しい恋【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

第703話.苦しい恋

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

ソウルへやって来たジュンサンは住まいを定めなかった。ホテルにいれば日常生活に必要なものはほとんど揃っているし、食事だって困らない。パリの留学は祖母の知り合いに世話になったので不自由はなかった。ソウルではそうはいかない。初めての土地で親しい人もいない。もちろん母方の祖父母もいるのだが、高齢のお二人に負担をかけてはいけないと母からきつく言われていた。(本当は家に残るジュンサンの痕跡を見せたくなかったからなのだが)。

お祖母様は最初にお会いした時、僕の名前を言い間違えた。なんと言ったか聞き取れなかったが、それは確かに自分の名前ではなかった。お祖父様に指摘され、お祖母様は慌てて口元を押さえた。
「ごめんなさい、私ったら孫の名前を間違うなんて」
「それにしても聞いたことのない名前だぞ。何処のどいつだ」
「昔の恋人の名前よ。思わず出てしまったの」
「どれ、私に話してみろ」
老夫婦はそう言ってジュンサンの名を誤魔化した。

そうしてホテル暮らしを始めて幾らも経たぬ間にチェリンと再会した。チェリンは大はしゃぎだった。
「やっぱりミニョンさんと私は運命で結ばれているのよ」
「運命ねぇ。僕はそんなもの信じないけど」
「街角で偶然に出会ったじゃない」
「偶然なら僕がソウルへ行くと予言した女の子の方に運命を感じるよ」
「ミニョンさんったら、ニューヨークへ帰って、もう女の子を口説いたの」
「可愛い子なんだ」
「わざと言ってるの?」
「プレゼントも貰ったんだ。見る?」
「興味ないわ」

チェリンの気分などお構いなしに、ジュンサンはポケットからトランプを取り出した。
「これは何か分かる?」
「トランプでしょう。それもミッキーマウスの絵柄って、ずいぶん幼いのね」
「子供だもの。だけどミッキーマウスではなくミニーちゃんだ」
「そんなの、どっちでもいい」
「よくない。シンシアがくれたカードには意味がある」
ジュンサンはカードを裏返した。
「ハートのエース?」
「そう、僕の胸を焦がす最高の恋人ハートのエースを見つけたら、シンシアへこのトランプを返しに行くんだ」
「その約束、直ぐに出来るわ。私を連れて行けばいいもの」
ジュンサンはクスリと笑うとチェリンを見つめた。
「簡単過ぎる。シンシアは僕のソウル行きを予言した女の子だよ。そんな簡単な問題を出すとは思えない」
「子供でもミニョンさんがハンサムだって分かるわ。直ぐに会いたいから簡単な問題を出したのよ」
「君はどう?僕に会いたいから簡単な問題を出したのか」
「私たちは本当に偶然会えたじゃない」
「マルシアンに仲の良い先輩がいるんだ。キム次長が言ってたよ。オ・チェリンという女性から電話があったって『イ・ミニョンさんはいらっしゃいますか。私、彼の恋人なんです』」
「いいじゃない、聞いたって。それで私とミニョンさんが偶然会えるとは限らないわ」
「待ち伏せしてた?」
「してないわ」
「なん~だ。つまらないな」

僅(わず)かな沈黙のあと、彼の口から思いもよらぬ言葉が発せられた。
「待ち伏せしていても堂々と出てきて『こんにちは。私、オ・チェリンよ。よろしくね』って言えばよかったのに」
「そんな、だってそれは…」
チェリンの脳裏にジュンサンが転校してきた日の自分の姿が甦った。
「どうしたの。その手口まさか使ったことあるのかな」
「やめて」
「震えているね」
「何でもないわ」
「やり過ぎたかな」
「何でもないったら」
涙ぐむチェリンをジュンサンは抱き寄せた。
「悪かった、ふざけすぎた」
「私、苦しい恋なんてしたくない」
「苦しい恋なんて君には似合わない」
「ミニョンさん、一緒にいて。もう何処にも行かないで」
「分かった。何処にも行かないよ。チェリンの傍(そば)にいるから」

そう言ったのに…。ミニョンさんは私の傍(そば)から離れて行った。彼の目は直ぐにチョン・ユジンを追うようになった。二人は皆を巻き込み、サンヒョクを苦悩の淵(ふち)に追いやり、私に苦しい恋をさせた。ユジンがどんなにミニョンさんを好きでも、私がミニョンさんを好きな気持ちには敵(かな)わない。

苦しい恋なんてしたくない。そんなもの大嫌い。オ・チェリンにはいつもハンサムでお洒落な恋人がいるのよ。泣きながらさ迷い、夜毎一人でお酒を飲んで泣くなんて、そんな苦しい恋なんて。

高校のバレーボールの授業を思い出した。そこにはジュンサンに熱い視線を送る私がいた。運動神経も抜群だったジュンサン。私はユジンとジンスクに言った。
「素敵、カン・ジュンサン」
「そう?」
「男性の魅力って知ってる?知性と野性と…感性!ウフフ~彼って全部持ってる」
「ウェ~気持ち悪くなってきた」
ジンスクはそう言ってトイレに立った。あのときユジンはどうしていただろう。彼女は何も言わなかった。少し首を傾(かし)げて、ただ微笑んでいた。
「それからどうなったんだっけ」
チェリンは目を閉じると頭に手を当てた。ジュンサンとサンヒョクが言い争いになった。ジュンサンはゲームを抜け出した。ユジンは大きなヤカンを持って席を立った。それから少し経って戻って来たジュンサンは顔と髪が濡れていた。前髪から滴(したた)る髪と冷たい風に晒(さら)された顔が、あまりにも素敵で見とれていたら、ジロリと睨(にら)まれた。
「見るなよ」
「濡れてるわ、私のハンカチで拭いて」
「要らない」
振り払われても少しも辛くはなかった。ユジンと噂が立っても苦しい恋とは思わなかった。ジュンサンは私の初恋、彼のこと大好きだったから。

あの水飲み場で二人は何か話したのだろうか。今となっては知るよしもない。知ろうとも思わない。ただ私たちは今、苦しい恋をしている。

次回:第704話.命懸けの愛

(風月)