改:第701話.恋人は初恋の人【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第701話.恋人は初恋の人

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

シンシアはもと来た道を戻ることにした。自分が近道と思っていた道は、どうやらあの家の庭に通じているようだ。そういえばテワンおじいちゃまはいつも、あの道からやって来た。シンシアは立ち止まると後ろを振り向いた。
「あれはテワンおじいちゃまのお家?」
じゃあ、ミニョンお兄さんは何処から来たのかしら。パリから帰ってきたばかりだと言っていた。その前は何処にいたんだろう。

シンシアは小高い築山の上に立つと爪先立ちをして彼方(かなた)を眺(なが)めた。長く伸びた木々の枝葉が幾重にも重なり、その姿を隠している。
「見えない、お家が見えないよぅ」
そう叫んでジャンプしたら仲良しの小鳥が枝の上で羽根を震わせた。
「お願い、小枝を退(ど)けて」
「ジェイ、ジェイ」
ブルージェイは怒ったように甲高い鳴き声を上げた。
「木の実も虫も横取りなんてしないから。私はあのお家を見たいだけなの」
シンシアは胸の前で両手を重ねると目を閉じた。
「風よ、私の願いを叶えて」
サワサワと小枝が揺れると舞い上がった風が視線の先を左右に広げた。
「ミニョンお兄さんだ」
小さく見える横顔は風を受け、空を見上げると両手を広げた。その姿は絵本で見たどの王子様より美しく魅力的だった。

シンシアはオーウェン邸に無事到着した。ボーッとしながら歩いていた彼女を、ブルージェイの仲間たちが導いてくれたのだ。
「ジェイ、ジェイ。ダニエルおじいの家はここだよ」
「シンシア、どうしたの。お熱があるの?」
「ううん、違うの。私は大丈夫よ。ありがとう、皆」
小鳥たちが鳴き声をあげて飛び立つと、シンシアは腕を伸ばしインターホンを押した。
「こんにちは」
「どなたかな」
「シンシアです」
「おぉ~愛しの天使ちゃん、今日は一段と綺麗だ」
いつもの明るいダニエルの対応に、シンシアはやっと落ち着きを取り戻した。

中へ入ったシンシアはテワンを見つけると一目散に駆け寄った。
「テワンおじいちゃま~」
「シンシア、待っていたよ」
「ごめんなさい。王子様と会っていたから遅くなっちゃったの」
「王子様?それはそれは」
「とっても素敵だったのよ」
シンシアは二人の間に座ると嬉しそうに話し出した。
「近道をしようとしたらいつの間にか知らないお家の庭に出ちゃったの。そこに王子様がいたのよ。お名前はミニョンって言ってた」
「ミニョン?」
「パパと同じだから私、ビックリしちゃった」
テワンとダニエルは顔を見合わせた。
「あのお家はテワンおじいちゃまのお家?」
「さぁ、どうかな」
「王子様と何を話したんだい」
「ええとね。私はシンシアよって言って、その後スケッチブックとミニーちゃんのトランプが落ちて、ミニョンお兄さんが拾ってくれたの。ミニョンお兄さんは私の絵を見て『心の中に建てる家だね』って言ったの。これ、テワンおじいちゃまへ見せる絵なの。私が描いたお家よ」
それからシンシアは少しだけ下を向いた。
「でもね、私の口が勝手に動いてお兄さんへ言ったの」
「何と言ったんだい」
「ソウルへ行くわって」
「シンシア、そんな事を言ったのか」
驚いたダニエルは思わず頭を抱えた。
「あぁ、あれはシンシアの声だったのか」
「ダニエルおじいちゃま、どうしたの」
「大丈夫だから続けて。それから何を話したのかな」
テワンに諭(さと)されシンシアはまた話し出した。
「お兄さんは少し困ってた。パリから帰って来たばかりだって。だから私、トランプを一枚あげたの」
「トランプは全部揃っていないと遊べないよ」
「お兄さんもそう言ってた。でもね、お兄さんにハートのエースを見つけたら、私の所へ返しに来てねって言ったの」
シンシアは急に表情を曇らせた。
「ソウルは幼稚園より遠いんでしょう」
「そうだね」
「ディズニーランドより?」
「う~ん、もっと向こうだな」
「やっぱり」
泣きべそをかいたシンシアはテワンの胸に顔を埋めた。
「せっかく王子様に会えたのに」
「さぁ、泣いていないで描いてきた絵を見せてごらん」
シンシアはスケッチブックを開いた。
「テワンおじいちゃまのお家よ」
「これは素晴らしい。ありがとう、大切にしよう」

テワンが帰宅するとジュンサンはいつにも増して上機嫌だった。彼はお喋りをしながらテワンの後を付いてきた。
「今日、庭に出ていたらとても可愛い女の子が迷い込んできたんです。初めはリスか野うさぎかと思いました。そうしたら愛らしい目で僕を見上げたんです」
「珍しいな。ミニョンが女の子に夢中になるなんて」
「パパも見たら僕と同じことを言いますよ」
「幾つくらいだ」
「まだ小学校前かと。手足が長くて本当にお人形のようでした」
ジュンサンの言葉は更に弾んだ。
「その子が言ったんです。僕がソウルへ行くと」
テワンは冷静な声で答えた。
「それでソウル行きへ興味でも湧いてきたのか」
「不思議に思い、ドンヒョンにソウルの空きがないか聞いてみました。そうしたら本当にあったんです」
「ソウルに空きだと?」
「はい、マルシアンです。あの事務所はパパがソウルに留学した時に作ったんでしょう。前任の理事の方は今月いっぱいで退職されるとか。後任は僕にやらせて下さい」
「ミニョン」
「パリの事務所へ出向して大きな賞も獲得しました。今度は自由な発想でやってみたいんです。お願いします。僕は本気です」
ミニョンの熱意に押し切られ、テワンはソウル行きの許可を出した。

そんなある日、シンシアはテワン邸の庭木に紛れ、ジュンサンを眺めていた。シンシアは肩に止まった小鳥に呟(つぶや)いた。
「きっと恋人と再会するわ。二人いる…二人とも恋人は初恋の人よ。三人目は私だとよかったのになぁ」

次回:第702話.偶然の街角

(風月)