改:第696話.ウェディングディ【連枝の行方.第二部⑦】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

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第696話.ウェディングディ

【連枝の行方.第二部『世界は愛に満ちている』⑦】

シャルル・ドゴール空港を飛び立った飛行機はニューヨークへ向けて順調な飛行を続けていた。窓の外は穏やかな青空が広がっている。機内で休息を取る人々がいる中でミニョンが眠りに落ちても、今は何の違和感も感じない。目覚めたミニョンはフローラの顔を見るとニッコリと笑った。
「嫌な夢は見なかったようね」
「うん」
「もし見たら私の腕をつかんで」
「夢の中だよ」
「何処だって私はいるわ」
「この頃、悪夢は見ない」
「いい傾向だわ」
「幸せだからかな」

そんな会話も長くは続かなかった。前方に大きな積乱雲が見えて来たかと思うと、周囲は雲に覆われるようになった。積乱雲が急激に発達したのだ。あっと言う間に機体は嵐の中に飲み込まれた。窓には強い雨が叩きつけ、雷鳴と共に稲妻が走る。ガタガタと機体が揺れると、人々は顔を強ばらせ身体を竦(すく)めた。赤ん坊は鳴き声を上げ、恐怖におののいた子供や女性から悲鳴が上がる。もっとも怖かったのは硬直してシートに張り付いたままの男性なのかも知れない。震え出した男の隣に座っていた少年は心配そうに声を掛けた。
「おじさん、大丈夫?」
「だ、大丈夫だ」
「泣かないで。怖くないから」
少年は読んでいた絵本を差し出した。
「アスティとタルトって言うんだ。色んな所へ冒険に行くんだよ。怖い目にもあうけれど、二人で協力して乗りきるんだ。だからこの嵐も冒険だと思えばいいよ」
「そ、そうか。ありがとう、坊や」
少年が見上げた顔は冷や汗が流れ真っ青になっていた。
「何処か痛いの?」
「呼吸が…息が出来ない」
驚いた少年はシートベルトを外すと大きな声で叫んだ。
「おじさんが苦しがってる。誰か来て!」

駆けつけた客室乗務員は乗客へ問い掛けた。
「お客様の中にお医者さまはいらっしゃいますか」
フローラは直ぐに立ち上がった。
「小児科医です」
「こちらへ」
フローラの顔を見ると男性は荒い息のまま名前を呼んだ。
「タルトだろう…」
「そうよ」
「これは光栄だ。タルトに診察して貰えるなんて」
「持病は?何か薬を飲んでいる?」
「喘息(ぜんそく)の薬を、これだ」
薬の成分を見たフローラはドクターバッグから鍼(はり)を取り出した。
「投薬は行わない。今は鍼(はり)を使うわ」
「怖いな、初めて見る」
「大丈夫よ。痛みはないわ。呼吸を整えて血圧を安定させるから」
傍(かたわ)らに来た少年は力強い声で告げた。
「タルトを信じて。タルトはいつもアスティのピンチを救うから」

徐々に呼吸が楽になると男性は安堵の表情を見せた。
「ありがとう、タルト」
「ニューヨークへ到着したら病院へ行ってね」
「君の診察を受けたいけれど」
「私は小児科なの。あなたはちょっと大き過ぎるわ」
「アスティは診ているのに?」
「彼は大切なパートナーだから」
「二人は結婚するんだろう。モンマルトルの丘で見たよ」
嬉しそうにウンウンと頷(うなず)くフローラに男は言った。
「アスティと話せるかな」
「あ…ええと」
「僕の名前はアンソニー・ハワード。彼なら僕の事を知っていると思うけど」

その事を聞いたミニョンは直ぐにアンソニーの元へやってきた。
「あなたはもしかしてハワード財閥の」
「えぇ、そうです。今は父の姓を名乗っていますが、母はレミー・フレットです」
「レミーの」
「息子です。デザイナーをしています。行き詰まって…母に会いに行ってきました。そうしたら母は留学する若い女の子に夢中だった。才能があるって」
「オ・チェリン?」
「あなたはニューヨークで頑張りなさい。自分の道を信じるまま行きなさいと…そう言われました」
アンソニーは少年が手に持つ『アスティとタルト』へ目を向けた。
「母を恨んではいません。この本は児童書ですが、僕にたくさんの勇気をくれましたから」
「僕たちもニューヨークへ戻ります。また新たにチャレンジしましょう」
「えぇ、僕はタルトに助けて貰ったから。こんな幸運ってなかなか無いですよね」
アンソニーは言った。
「お二人の結婚式をコーディネートさせてもらえませんか。アスティとタルトのウェディングディを」

次回:第697話.花々の旅立ち

(風月)