改:第6話.夏の少年【南回帰線】 | 風月庵~着物でランチとワインと物語

風月庵~着物でランチとワインと物語

毎日着物で、ランチと色々なワインを楽しんでいます。イタリアワイン、サッカー、時代劇、武侠アクションが大好きです。佐藤健さんのファンで、恋はつづくよどこまでもの二次創作小説制作中。ペ・ヨンジュンさんの韓国ドラマ二次創作小説多々有り。お気軽にどうぞ。

第6話.夏の少年【南回帰線】

喧騒の中を通り過ぎると、ルナはヨンジュンを見上げた。
「凄いわ。何であんなに泳げるの?」
彼はクスリと笑うとルナの鼻をつついた。
「手と足を動かし水をかく。水面から顔を出したら息をする。ルナもしてるだろう」
「もう~」
「それよりルナを必要以上に見られる方が心配だ」
ヨンジュンは口を尖らせるとブツブツと言い続けた。
「綺麗だと言いながらルナの身体をジロジロ見られるのはいい気がしない。本当は他の男性にルナの姿を晒(さら)したくないけど、綺麗だとか、可愛いとか、あんな女の子を彼女にしたいとか言われると、凄く嬉しい」
ルナは優しく微笑むだけで何も答えなかった。

水上バンガローへ戻った二人はバルコニーに出た。
「ヨンジュン」
「うん?」
「さっきのこと、気にしてるの?」
「いいや」
ルナはデッキチェアーに座るヨンジュンの手を取った。
「海へ行きましょう。私はまた魚を見つけるわ。その間ヨンジュンは泳いで来て」
「ルナ」
「たくさん遊ぶんでしょう。それに泳いでるヨンジュン、とっても素敵」
はにかむ彼の手を取りルナは階段を下りた。

昼下がりの午後、青空の向こうに小さな雲が浮かんでいる。雨の後でジリジリと熱くなった太陽は二人の身体を容赦なく照りつける。
「日焼け止め塗ったのに焼けてるわ」
「直ぐに日に焼けるよ」
「念入りに塗ってくれたじゃない」
クスリと笑った彼はルナの胸元へ手を伸ばした。
「あっ!」
長い指が少しだけ水着を下げた。

「ほら焼けてる」
白い胸のふくらみが半分だけ色を変えている。
「僕の胸は二色じゃない」
彼は笑いながら胸を張った。
「悔しかったら僕の様にしてみたら」
「ヨンジュンったら、悪戯ばかりして」
ルナは笑いながら小さな拳で彼の胸を叩いた。

ヨンジュンはゆっくりと泳ぎ出した。穏やかな波に身を任せ、思いのまま泳いでいく。逆らうでもなく漂うでもなく、水をかき息を吐き、それを幾度も繰り返す。立ち上がった彼は呼吸を整えた。隆起した胸と肩は寄せる波を大きく撥(は)ね返す。
『ルナは怖かったのかな』
ヨンジュンは浅瀬に座るルナを見た。
『でも楽しそうだ』
それは少年の日のようだった。幼い頃はああして水辺に座っていた。少し大きくなって波間で泳ぎを覚えた。最初は足が着かなくて怖かった。だから疲れるまで胸が苦しくなるまで泳いだ。
『夏の日の小さな僕』

ヨンジュンは岸へ向かって泳ぎ始めた。やがて波が腰の高さになると彼は立ち上がり歩き出した。長い足は抵抗する水を押し返し、逞(たくま)しい胸は太陽と水しぶきを弾いていく。
『大人になった僕』
だけど違うのはそれだけだ。僕はあの頃と同じだ。

「ヨンジュン」
目の前で夏の少女は顔を上げた。
「いっぱい泳いだ?」
「泳いだ」
ヨンジュンはルナの隣へ腰を下ろした。
「気持ちいいね」
「うん」
雲は姿を消し、真っ青な空と海の間に白いボートが浮かんでいる。
「子供の頃は海に来ると泳ぐのに夢中だった」
「でも空も海も覚えているでしょう」
「覚えてる。とても綺麗だった」
「同じね、今も」
「同じだ。でも今は僕の隣にルナがいる」

シャワーを浴びて髪を乾かすと、二人は早めにディナーの席へ着いた。海に落ちた夕陽はまだ燃える余韻を残している。テーブルの上にはディナーが並んでいる。

*小エビのフレンチ・カクテルソース

*オイスター(岩ガキ)のレモンバター風味

*ロブスターの香草焼き

「小海老って書いてあるのにこんなに大きいよ」
「きっとロブスターの大きさが基準なのよ」

美味しい料理が絶え間ない会話と笑顔を作る。ルナはフォークを置くと声をひそめた。
「あの黒いドレスの人、またヨンジュンにウィンクしてる」
「えっ?」
ヨンジュンは顔を上げた。
「そのあと私を見て少し笑うの」
ルナは小さく口を尖らした。
「平気よ、私!」
両手を腰にあて可愛い仕草で怒るルナにヨンジュンは笑い出した。
「怖くないよ、ルナ」
「えっ?」
「僕にも怒ってよ」
「からかってるの?」
「可愛いって言ってるんだ」
二人は顔を見合わせ笑い合った。

食事を終えたヨンジュンは席を立つとルナを優しくエスコートした。彼は黒いドレスの女性の横に来るとルナをグイと抱き寄せた。
「早く部屋へ戻ろう」
いつもより甘く低い声がディナーの席に響いた。

二人はバスタブの中にいた。
「あんなことしなくていいのに」
ヨンジュンに背を抱かれたルナは少しだけ振り返った。
「したかったんだ。僕はルナが大好きだから」

ヨンジュンは上半身裸のまま、うつ伏せで眠っていた。
「風邪をひくわよ」
彼は答えず小さな寝息が聞こえた。ルナはスーツケースを開けると、そっと自分のパジャマを取り出した。鏡に映る自分の姿にルナは口元を緩めた。
『今日は袖も折ってないし、ちゃんとズボンも履いている』
ヨンジュンはベッドの上で無防備に眠っている。
『とっても素敵なのに、何でこんなに可愛いの』

ルナは彼を抱きかかえるとパジャマを着せた。
「腕を通して」
ヨンジュンはルナの肩にコトリと頭を付けた。
「何で僕にパジャマ着せるの?」
「昨晩、ちょっと寒かったって言ってたじゃない」
どうしようもなく眠い彼の目にルナのパジャマが映った。
「そのパジャマ、可愛いなぁ。早く着ればよかったのに」

ルナは大きな身体を寝かし付けた。
「ルナ」
「なぁに?」
「愛したかったのに。ごめん、眠いんだ」
「いいのよ、ヨンジュン」
「ルナ…ルナ」
彼は甘える様にすがりついた。
「明日また遊びましょう」
ルナはクスリと笑うとヨンジュンの頬に手をあてた。
「お休みのキス」
彼女は優しいキスをすると静かに口唇を離した。
「もう一つ、約束のキスよ」

夏の少女は優しい優しいキスをする。夏の少年は微(わず)かに微笑むと、柔らかな胸に顔を埋めた。

次回:第7話.ココティエ広場

(風月)