【強風注意報『ヨンジュンのオフの過ごし方』】
ドアが閉まる音がする。パタパタと急ぎ足で近づいてくる。ウトウトしていたルナは、その気配に目を覚ました。
息をひそめたヨンジュンは、こっそりと寝室のドアを開けた。
「ただいま…」
「ヨンジュン」
「起こしちゃったかな」
「ううん、大丈夫」
ヨンジュンはフッと息を吐くとルナの元へ駆け寄った。
「気分はどう?」
「さっきより楽になったわ」
ヨンジュンはルナの傍(かたわ)らに腰を下ろすと、体温計に目をやった。
「38℃か、高いな」
「さっきより楽になってきたから」
「油断しちゃダメだよ。風邪を甘くみちゃいけない。おばあちゃんが言ってた」
ヨンジュンはルナの頬に手に寄せた。
「冷たくて気持ちいい」
「風が強かったから」
「寒かったでしょう。ヨンジュンは風邪を引かないでね」
「ありがとう」
途端に彼は大きなクシャミをした。
「お風呂上がりだから冷えたんじゃない。何か着て」
「うん」
ヨンジュンは、そそくさとカーディガンを羽織った。
「薬を飲む前にいい物を飲もう」
ヨンジュンはニッコリ笑うと、白い袋から大きめの瓶(びん)を取り出した。
「柚子茶?」
「そう、柚子茶を飲むと早く良くなるよ」
ルナはしがみつく様にンジュンに抱きついた。
「一人でいて心細かったろう」
「うん」
「大丈夫だよ。一緒にいるからね」
ヨンジュンは柚子茶の瓶を持って立ち上がった。
「お湯を沸かしてくるよ」
ドアに手を掛け彼は振り返った。
「ここへ持ってこようか」
「ううん、リビングへ行くわ」
「大丈夫?」
「一緒に行きたいの」
起き上がった彼女の後ろで、窓に当たった風がヒューッと冷たい音を立てた。
ヨンジュンはティースプーンで柚子ジャムを掬(すく)った。
「このくらいかなぁ」
マグカップにスプーン2杯分を入れ、沸騰したお湯を注ぎ込むと、ポコポコと不規則な音を立てて柚子ジャムを溶かし始めた。ところが、スプーンに掛った熱湯が勢いよくヨンジュンの手に跳ね返った。
「熱っ!」
慌てたヨンジュンは大きく手を振った。
「大丈夫?」
「あぁ」
「ちゃんと冷やした方がいいわ」
ルナは直ぐ様、水を出しヨンジュンの手を押さえた。
「ダメだよ。熱があるのに」
「後で痛くなったら大変よ」
「ごめん、ルナ」
「私、良く効く火傷の薬を持ってるから」
「水で冷やしたから、もう大丈夫だよ」
「でも…」
「君が先だ」
ヨンジュンはまた柚子茶を作り始めた。かき回すスプーンがカップとぶつかりカラカラと音をたてる。
「出来たよ」
「ありがとう、いい香り」
ルナは柚子の香りを吸い込んだ。
「ヨンジュン、お薬をつけて」
「いいよ」
「ダメよ」
ルナはバッグから薬を取り出した。軟膏に含まれた亜鉛と消毒薬の香りがツンと鼻を刺激する。
「この薬、持ち歩いてるの?」
「うん、切傷や擦り傷にも使えるし、傷の治りも早いから」
「ふうん」
ルナは薬に蓋(ふた)をすると飲みかけの柚子茶に口をつけた。
「おいしい」
「よかった。薬を飲んだら歯磨きをして休んで」
「うん、ヨンジュンも寝る前にもう一度薬をつけてね」
「どっちが病人なんだ」
「どっちも」
ヨンジュンはクスクス笑い出した。
「僕らはそこまで一緒か」
歯磨きをするルナの後ろにヨンジュンはタオルを持って立っていた。
「歯磨きくらい一人で出来るわ」
「やりたいんだ」
彼はルナの口元を拭き終わると、ルナの身体を抱き上げた。
「あっ、ヨンジュン!」
「連れて行ってあげる」
「すぐ傍(そば)じゃない」
「ちゃんと寝るんだ」
嬉しそうなルナはヨンジュンの首に腕を絡めた。
彼はルナをベッドへ運ぶとパジャマへ着替え始めた。
「ヨンジュンも、もう寝るの?」
「うん、歯磨きしたら僕も寝る」
「お薬つけるの忘れないで」
「分かった」
部屋の向こうでカチャカチャと歯ブラシがぶつかる音がする。ルナはその音を聞きながら、そっと顔を出した。
「どうしたの。気分でも悪い?」
「ハンドクリームを塗らなくっちゃ」
「ハンドクリーム?」
「うん」
彼女はバッグからオレンジ色の容器を取り出した。
「私、水仕事が多いから手が荒れてしまって。寝る前にちゃんと塗らないと酷くなってしまうの」
ルナは恥ずかしそうに手を隠した。
「僕が塗ってあげるよ。ルナはベッドへ行って」
ヨンジュンは彼女からクリームを受け取ると、もう一つテーブルの上の薬を取った。
「これはルナの、これは僕の。一緒に塗ろう」
ヨンジュンはルナの手に丁寧(ていねい)にクリームを塗っていった。
「これもオレンジの香りだね」
「食材を扱うからその方がいいかなって」
「そういうことか」
ヨンジュンの長い指が丹念にルナの指をマッサージしていく。
「スベスベだよ」
「そんな事ない」
ルナは手を引き戻した。
「これからは僕がやってあげる」
「ヨンジュンはお薬塗ったの?」
「塗ったよ」
彼はそう言って手を見せるとベッドの中へ滑り込んだ。
「だるいなら離れていた方がいいかな。ルナの楽な姿勢でいいよ」
彼の細かな気遣いはとても嬉しい。目を潤ませたルナはヨンジュンに背中を預けると横を向いた。
「腕はどうしようか」
「いつもと同じ、ヨンジュンの腕枕がいい」
彼は嬉しそうに腕を差し延べた。
「苦しくない?」
「うん」
「鼻声だな。泣いてるわけじゃないよね」
「違うわ」
風のうねる音が聞こえる。
「私やっぱりこっちの方がいい」
ルナは寝返りを打つとヨンジュンの胸へ顔をうずめた。
「大丈夫だよ」
彼は逞(たくま)しい腕で彼女を抱き寄せた。
「ルナ、眠って」
彼女は涙を拭(ぬぐ)うと、厚い胸の中で穏やかな眠りに落ちていった。
(次回:第7話.イチジクと洋梨)
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(雪音)