FREEって好きですか? | 音楽の歴史とROCKなお話し!!                (翔ちゃんのブログ)

FREEって好きですか?

バンド結成前は全員がブルース・ロックのグループに所属しており、かなりのキャリアを積んでいた。アレクシス・コーナーに才能を認められ、バンド名を与えられた上に(コーナーが組んでいたバンド「フリー・アット・ラスト」から)、レコード会社(アイランド・レコード)も紹介してもらった。
音数が少なくシンプルだが、個性的でパワフルな演奏は、初期のハードロックを形作った。評論家受けもよく、メンバーの若さからは想像もつかないくらい(特にアンディ・フレイザーは参加当時16歳)渋いロックは同時にクールさを兼ね備えていたが、キャリアを持つ者同士故のエゴが頻繁に衝突し、1971年5月の一橋共立講堂における初来日公演の直後に解散。
その後各人が独自の活動に入ったが、コゾフ・カーク・テツ・ラビットの同名アルバムが好評を博したことと、重度のドラッグ癖で活動に支障をきたしていたコゾフを救おうという意図のもと、1972年2月に再結成。同年6月にオリジナルメンバーに山内とラビットを加えた陣容で『Free At Last』を発表した。
しかし、まもなくフレイザーが脱退。山内が正式メンバーとなり、ロジャースがギターを兼任するようになる。この体制で1972年7月、エマーソン・レイク・アンド・パーマーとともに再来日(コゾフは不参加)。山内の凱旋が実現した。1973年初頭、『Heartbreaker』発表後、バンドは自然消滅のような形で解散した。
その後ロジャースとカークはバッド・カンパニーを結成。コゾフはフリーに関わったメンバー全員の参加を得てソロ・アルバム『BACK STREET CRAWLER(バック・ストリート・クロウラー)』発表後、新メンバーを集めアルバム名と同名のバンドを始動させたが、1976年に心不全で死去。山内はフェイセズに参加。フレイザーとラビットも音楽活動を続けた。
『ファイアー・アンド・ウォーター』に収録され、シングル化もされた『All Right Now』は、その後さまざまなロック・コンピレーション・アルバムに収録され、ロック・クラシックとなっている。
(ウィキペディア参照)


Free - All Right Now RARE



此方は珍しいというか、バッドカンパニーのコンサートで!
!Wishing Well