クリスマスソングを!! | 音楽の歴史とROCKなお話し!!                (翔ちゃんのブログ)

クリスマスソングを!!

SLADEって以前もちょこっと特集したんですが、イギリスでは結構国民的バンドで、1973年頃、日本でも結構人気はあったんですよ!
今回の一曲目は、彼らのクリスマスソング!


Slade - Merry Christmas Everybody 1974





スレイド(SLADE)は、1966年にイギリスウェスト・ミッドランズ州ウォルバーハンプトンで結成されたロックバンドである。1970年代にはグラムロックブームの一翼を担いつつヒット・チャートを席巻し、1980年代に入っても人気を得た。現在はハード・ロックバンドとしての評価もされている。

ボーカル・ギター ノディ・ホルダー(Noddy Holder)
ギター デイヴ・ヒル(Dave Hill)
ベース・バイオリン・キーボード ジミー・リー(Jimmy Lea)
ドラムス ドン・パウエル(Don Powell)

イン・ビトゥインーズ(N'Betweens)名で1966年結成。同年キム・フォウリーのプロデュースでシングルをリリースしているが、この時点では単発に終わる。
その後元アニマルズのチャス・チャンドラーに見出され、1969年アンブローズ・スレイド(Ambrose Slade)名義でファースト・アルバム『ビギニングス(Beginnings)』を発表。このアルバムはスレイドのディスコグラフィーでもファースト・アルバムとして扱われている。
ここまではビート・ロックやサイケデリック・ロックの影響下にあるサウンドを聴かせていたが、チャンドラーの指導によりイメージ改革に乗り出すこととなる。スレイドへの改名、派手な衣装、ポップなメロディーに豪快かつタイトなリズムを合わせたサウンドは、全てこの時期に始められた。
また、時期を同じくしてライブ・パフォーマンスに対する評価が上がり、1972年発表のライブアルバム『スレイド・アライブ(Slade Alive!)』は英国チャート2位まで上昇。すかさず発表したスタジオ盤『スレイド?(Slayed?)』は1位を獲得。ティーンエイジャーから厚い人気を得、以降2枚のアルバムも1位を獲得。シングルも計6枚が1位に入るなど、英国内では1960年代のビートルズと並び称させるほどのチャート人気を得た。 圧倒的な人気に乗りアメリカ進出も目論むが、芳しい成果は得られないまま終わる。英国でも1974年頃からチャートアクションが鈍り始め、1977年にはポリドールとの契約も切られてしまう。スレイドのサウンドと相通ずる面があるパンク・ロック全盛の時代においては、しばらく低迷を味わうことになる。

1980年以降1980年、パンクのブームが終わり、NWOBHMの勢いが増すと、スレイド自体も徐々に人気を取り戻し、レディング・フェスティバルでの演奏も高く評価され、再びシングルがチャート上位に顔を出すようになる。
そしてスレイドの復活を決定的にしたのは、1983年にクワイエット・ライオットが『Cum on Feel the Noize』をカバーして大ヒットさせたことだった(オリジナルは1973年発表。英国チャート1位)。これによってオリジナルのスレイドへの注目度が上がり、『My Oh My』『Run Runaway』が英国チャートトップ10入り。アメリカでも『Run Runaway』が20位に入り、同地では1970年代を超える成功を収めた。
1991年、ホルダーが体力の限界を感じ脱退したことをきっかけに、23年間の活動を終えた。この間一度もメンバー交代を行わなかった。
近年はパウエルとヒルが新メンバーを迎え、スレイド・ツー(SLADEⅡ)名義での活動を行っている

キッスのジーン・シモンズが、スレイドからの影響を公言している。
『Coz I Luv You(コズ・アイ・ラヴ・ユー)』『Skweeze Me Pleeze Me(スクィーズミー・プリーズミー)』など、間違ったスペリングをタイトルに用いた曲が多いが、これは意図的なものである。読み書きが不自由な人が使う、発音通りのアルファベットを並べる表記法を採ったものである。自分らの音楽を労働者階級の音楽だといっている事と関係がある。

1973年のシングル曲『Merry Xmas Everybody』は、現在でも英国内ではクリスマス・ソングの定番として親しまれている。時期に合わせて何度か再発され、そのたびにチャート・インするという、日本における山下達郎の『クリスマス・イブ』のような位置にある曲である。

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